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2010年代最も重要な映画監督:アレックス・ロス・ペリーとは何者か

 先日あるニュースにより3重の意味で衝撃が走りました。あのアレックス・ロス・ペリーの「Her Smell」が『ハースメル』の邦題で公開決定したからです。

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 2つ目の驚きは配給がイオンエンターテイメントだったこと。2020年7月に女性騎手の実話を基にした『ライド・ライク・ア・ガール』、8月に私が激推ししているマリエル・ヘラーの『幸せへのまわり道』と3ヶ月続けて良作を公開しています。イオンは配給のイメージがないかもしれませんが買付担当の人は素晴らしい仕事ですね。

 そして3つ目の驚きは情報解禁が9月10日で公開が9月25日であること。2週間しかない!

 アレックス・ロス・ペリーはこれまで日本で1本も劇場公開されていないにもかかわらず、2010年代でもっとも重要な映画監督のひとりとして認知され、「アレックス・ロス・ペリー論」のようなものがいくつも書かれているというなかなか興味深いことになっています。

 公開まで2週間しかなくては宣伝もままならないと思うので、『ハースメル』公開を記念してアレックス・ロス・ペリーの過去作について紹介しつつ、勝手に宣伝に協力したいと思います。

「Listen Up Philip」(2013)

 第1作がヒットした小説家のフィリップ(ジェイソン・シュワルツマン)は第2作を発表しようとしているが、ガールフレンドのアシュリー(エリザベス・モス)との関係、人々の反応、自分自身の傲慢な性格などから徐々に精神を乱し、逃避を求めるようになる。

 長編3作目にしてロカルノ国際映画祭コンペティション部門で審査員特別賞を受賞し、サンダンス映画祭でも評判となった出世作です。

「Queen of Earth」(2015)

  湖の別荘に泊まりにきた2人の女性、キャサリン(エリザベス・モス)とバージニア(キャサリン・ウォーターストン)。キャサリンは人生に起こった変化で精神が不安定になっており、仲が良かったはずの2人は今まで語らなかった思いをぶつけ合ううちに狂気の様相を呈するようになる。

 この2本は人間の最も嫌な部分を真正面から描いています。結局自分が悪いのだけれど辛くあたってしまうこと、隠し事がバレて開き直ってしまうこと、言葉にはしないけれど他者を見下していること、そんな暗い情念は誰しも経験があるのではないでしょうか。

 あまりに観ていて辛いため一部の批評家からは「不愉快」「見苦しい」「狂気」とさんざん叩かれましたが、それこそがアレックス・ロス・ペリーの露悪的な人間描写の底知れなさです。

『彼女のいた日々』(2017)

 ブルックリンの2つの家族の物語。若いオーストラリア人(エミリー・ブラウニング)が来たことで、彼らの家庭内のバランスが崩れる。そしてこれまで語られてこなかった不満があらわになる。

 2組の中年夫婦。誰も彼もが暗い顔で愚痴しかしゃべりません。愚痴は関係性を何も変えることはないため、物語はほとんど動かないし登場人物が何かの解決を得ることはありません。それでも1本の映画を成立させられるという卓越した観察眼。ロメールをNYに置き換えて究極まで突き詰めた映画と評価されました。

 日本で劇場公開はされませんでしたがビデオスルーされ、各種配信サイトで見られます。

『プーと大人になった僕』(2018)

 ここでなぜか突然ディズニーの巨大予算映画の脚本を担当して世界中が騒然となります。

 結局このあとアカデミー脚本賞受賞者のトム・マッカーシー(『スポットライト 世紀のスクープ』)、アカデミー脚色賞ノミニーのアリソン・シュローダー(『ドリーム』)がリライト担当として雇われ、彼の書いた部分はあまり残っていないらしいです。豪華なリライト陣だ。

『ハースメル』(2018)

 女性3人組の人気パンクロックバンド“サムシング・シー”。メインボーカル“ベッキー・サムシング”の音楽性と過激なパフォーマンスは熱狂的なファンを生む一方で、ドラッグやアルコールに溺れていく。
 ある事件によりバンド活動を休止し表舞台から退いたベッキーは、アルコールやドラッグを絶ち、少しずつ自分を取り戻そうと日々葛藤していた。ベッキーは自分の過去と向き合い、再びステージに立つことを誓う。

 そして最新作『ハースメル』がついに公開となりました。主演は本作でアレックス・ロス・ペリーと3回目のタッグとなるエリザベス・モス。この映画のエリザベス・モスも基本的に観る人を不快にするキャラ作りが徹底されています。正直言って体感時間の9割は不快です。それでもそんな不快な描写を貫徹した先に見えるものは何なのか。これは単なるハッピーエンドのサクセスストーリーではありません。ぜひ観てみてください。

 駆け足で紹介してきましたが、アレックス・ロス・ペリーが脚光を浴びているのは2010年代のポストマンブルコア世代の旗手とみなされているからです。

 といってもマンブルコアも曖昧な概念だしポストマンブルコアもなんだかよくわかりません。サフディ兄弟とかエイミー・サイメッツとかそのあたりでしょうか。マンブルコアは予算かぎりなくゼロでも長編が撮れることを証明しましたが、マンブルコア世代がそこそこ有名になって予算がつくようになり、それでもインディーズ映画がやるべきことは何かという問題意識から生まれたのがポストマンブルコアであるように思います。

 でもWikipediaの「マンブルコア」の記事にはアレックス・ロス・ペリーの「The Color Wheel」(2012)が載っているじゃないかと言われるかもしれませんが、これ私がかなり昔に作った記事なんですよね。違うと思ったらどんどん修正してください。

 そういえば“マンブルコアのゴッドファーザー”アンドリュー・ブジャルスキーが「4歳の娘をプーさんの映画に連れて行ったけど他のアレックス・ロス・ペリーを見せようとは思わないね」とツイートしていました。そりゃそうだ。

 アレックス・ロス・ペリーについてもっと知りたい方は済藤さんのこちらの記事をどうぞ!


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