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2024年ヴェネツィア国際映画祭のラテンアメリカ映画&more

 2024年7月23日、ヴェネツィア国際映画祭(8月28日~9月7日)のラインナップが発表されました。この記事ではラテンアメリカ映画と気になる映画の情報をまとめたいと思います。

ルイス・オルテガ『Kill​​ the Jockey』

 『永遠に僕のもの』が日本でもスマッシュヒットを記録したアルゼンチンのルイス・オルテガ監督、新作『Kill​​ the Jockey』がコンペ入りしました。『永遠に僕のもの』は2018年カンヌある視点部門でしたが、三大映画祭のコンペは初となります。『Kill​​ the Jockey』(スペイン語題は『El Jockey』)というタイトル通り、成績不振やパートナーの妊娠など人生の岐路に立たされる騎手の話とのことです。

・主演はNetflix『ペーパー・ハウス』トーキョー役で一躍有名になったウルスラ・コルベロと、『BPM』以来国際的に引っ張りだこのナウエル・ペレーズ・ビスカヤートです。彼は今年のベルリンパノラマ部門に出ていたアンドレ・テシネの新作にも出演していました。『エマ、愛の罠』主演のマリアナ・ディ・ジローラモも出演します

・撮影監督はアキ・カウリスマキ作品の常連、フィンランドのティモ・サルミネンです。意外なコラボレーションですが、リサンドロ・アロンソ繋がりだそうです(『約束の地』『Eureka』で撮影を担当)

・アルゼンチンの映画会社レイ・ピクチャーズが国際共同制作に参加しています。最近ではルクレシア・マルテル『サマ』、チリのフェリペ・ガルベス『開拓者たち』を手掛け、ルクレシア・マルテルの新作『Chocobar』も進めています。本作はアルゼンチン、スペイン、メキシコ、デンマークの共同制作です

・本作はアルゼンチン国立映画協会(INCAA)から資金提供を受けました。しかしハビエル・ミレイ大統領は以前から芸術を敵視し、「大統領選に勝利したらINCAAを廃止する」と公約に掲げ、現在は事実上の閉鎖状態となっています。下のツイートは今年3月、INCAA閉鎖に抗議する市民をブエノスアイレス市警が鎮圧している動画です。これを読んでくれた皆さんにはアルゼンチン映画界の苦境を知っていただきたいです

ウォルター・サレス『I'm Still Here』

 『セントラル・ステーション』『モーターサイクル・ダイアリーズ』のウォルター・サレス監督、『オン・ザ・ロード』以来実に12年ぶりの長編実写映画となりました。ヴェネツィアのコンペは『ビハインド・ザ・サン』以来23年ぶりです。最近ではガザ地区侵攻の停戦を求める署名に、濱口竜介や黒沢清らと共に名を連ねていました。

・原作はマルセロ・ルーベンス・パイヴァによる同名の小説です。彼が11歳のとき、下院議員の父ルーベンス・パイヴァは独裁政権による拷問の末殺害されました。しかし公式には「行方不明」とされ、その真相は長らく明かされませんでした。1男4女を抱えて未亡人となった妻ユニス・パイヴァは、真相究明を求める活動に取り組み、軍事政権と対立することになります

・ユニスを演じるのは、実の親子であるフェルナンダ・トーレスとフェルナンダ・モンテネグロです。フェルナンダ・モンテネグロはブラジル人女性として初めてアカデミー賞にノミネートされた現在94歳の大女優です。2人がユニスのさまざまな年代を演じます

・共同脚本のひとりムリロ・ハウザーは、2019年カンヌある視点部門グランプリを受賞した『見えざる人生』(カリム・アイノズ監督)の脚本家でもあります

・国際配給権はソニー・ピクチャーズ・クラシックスが取得しています(日本は含まれていません)

・ウォルター・サレスはパイヴァ家と長年の友人で、2015年に出版された本書を映画化するチャンスを慎重にうかがっていたそうです

・マルセロ・ルーベンス・パイヴァは2016年リオパラリンピックの開会式の芸術監督のひとりに選ばれましたが、政府からの文化勲章の授与を辞退しています

・ルーベンス・パイヴァが殺害されたのは1971年のことですが、2014年に当時の拷問の実態を暴露した元軍人が何者かに殺害されるという事件がありました。軍事政権の悪夢は現在のブラジルにも影を落としていることが分かります

・長編実写映画は12年ぶりで「久しぶりにウォルター・サレスの名前を聞いた」という人も多いと思いますが、実はドキュメンタリーを何本か撮っています。ジャ・ジャンクーに密着した『Jia Zhangke, um Homem de Fenyang』(2014)、環境破壊を扱った『Vozes de Paracatu e Bento』(2018)など

パブロ・ラライン『Maria』

 だいぶ前から決まっていたようですが、パブロ・ラライン『Maria』が順当にコンペ入りしました。ヴェネツィアのコンペは『Post Mortem』『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』『エマ、愛の罠』『スペンサー ダイアナの決意』『伯爵』に続いて6回目です。

・マリア・カラスを演じるのはアンジェリーナ・ジョリー。脚本は『スペンサー』のスティーヴン・ナイトです。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』でアカデミー助演男優賞にノミネートされたコディ・スミット=マクフィーも出演します

・海運王アリストテレス・オナシスがマリア・カラスを捨ててジャクリーン・ケネディと再婚した話は非常に有名なため、『ジャッキー』のナタリー・ポートマン再登場を望む声もありましたが、本作ではそこまで描かれません

・撮影はブダペスト、パリ、ギリシャ、ミラノで行われました。ミラノではスカラ座の内部で撮影許可を得ています

・衣装のほとんどはマリア・カラスが実際に着用していたものを基にしており、動物愛護団体とも協議し、新たな毛皮は使っていないとのことです

・撮影は『キャロル』のエド・ラックマンです。パブロ・ララインとは『伯爵』でタッグを組み、昨年アカデミー賞にノミネートされました。トッド・ヘインズの新作『Fever』(ミシェル・ウィリアムズ主演)が現在撮影中です

・2023年のカンヌマーケットでは全米脚本家組合(WGA)ストライキの影響で目立つ作品が少なかったのですが、本作はストライキ前に脚本が完成しており、多くの関心を集めたようです

・その後追加キャストやロケ地が決まり、2023年10月からクランクインとなりました。全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)のストライキが終わったのは11月でしたが、独立系プロダクションがその前に暫定合意を結んだため、10月から撮影することができました

・アンジーは本作の前に監督作『Without Blood』を撮影していました。2024年9月のトロント国際映画祭でワールドプレミアとなります。原作はアレッサンドロ・バリッコの同名小説です。ブラピと親権を争っていた6人の子供のうち2人が出演しているようです

・イタリアのプロデューサーのロレンツォ・ミエーリは、本作、ルカ・グァダニーノ『Queer』、アンジー『Without Blood』のいずれにも名を連ねています

アティナ・ラヒル・ツァンガリ『Harvest』

 ヨルゴス・ランティモスの盟友にして「ギリシャの奇妙な波」の立役者、アティナ・ラヒル・ツァンガリの新作がいよいよお披露目です。楽しみすぎて涙が出てきます。ずっと待っておりました。

・原作は英国の巨匠ジム・クレイスが2013年に刊行した同名小説で、ブッカー賞候補となりました。中世スコットランドの村で、森の向こうからやってきた3人の部外者を巡る物語とのことです

・舞台は英国ですが、実はラテンアメリカ映画とも繋がりがあります。脚本のジョスリン・バーンズは、ルクレシア・マルテル『サマ』、タチアナ・ウエソ『Prayers for the Stolen』、アピチャッポン・ウィーラセタクン『メモリア』など、多くのラテンアメリカ映画のプロデューサーを務めています。本職はドキュメンタリーで、『ストロング・アイランド』と『Hale County This Morning, This Evening』で2年連続アカデミー賞にノミネートされています

・ケン・ローチとほぼ全作品を一緒に製作してきたレベッカ・オブライエンが、アティナ・ラヒル・ツァンガリと組んで2020年から温めてきた企画です。そのためワールドプレミアはカンヌではないかとずっと噂されていました

・撮影はサフディ兄弟や遠藤麻衣子監督、福永壮志監督でおなじみのショーン・プライス・ウィリアムズです。2023年のカンヌ監督週間に監督作『The Sweet East』が出品されていました

・テキサス生まれのケイレブ・ランドリー・ジョーンズにとって、スコットランド訛りは難しい挑戦となったようです。撮影は2023年9月から始まっており、ちょうどその最中に出席した昨年のヴェネツィア国際映画祭ではずっとスコットランド訛りで会話していたそうです

・本作はEUのクリエイティブ・ヨーロッパ・メディア・プログラムから資金提供を受けていますが、2020年1月のEU離脱により、この映画が最後の英国作品となりました

・余談ですが、ヴェネツィアより先にトロントのラインナップが発表され、そこで「北米プレミア」と書かれていたため、必然的にワールドプレミアがヴェネツィアだと判明していました

・長編映画は『ストロングマン』以来9年ぶりですが、英国でテレビシリーズ『Trigonometry』や『Upload』の数話の監督を担当しており、前者は2020年のベルリンで上映されました

その他情報

・2024年のヴェネツィアコンペには日本映画がありませんでしたが、日本とまったく関係がないわけではありません。ワン・ビン『青春(帰郷)』の撮影は前田佳孝さん、ヨー・シュウホァ『Stranger Eyes』の撮影は浦田秀穂さんです。前田さんは2023年カンヌのとき「コンペで正式招待を受けてレッドカーペットを歩ける日本人は僕だけ」的なことをツイートしていた記憶があります

・2024年のヴェネツィアは、2018年に『ROMA/ローマ』が金獅子賞を取って以来初めてNetflix作品がコンペにない年です。Netflixといえばヴェネツィアでしたが、潮目が変わってきているのでしょうか

・三大映画祭初コンペとなったシンガポールのヨー・シュウホァはタレンツ・トーキョー修了生です。是枝さんも「タレンツ・トーキョーはあまり知られていないのがもったいない」と言っていましたが、結果を出し続けていて素晴らしいです
ベルリン:ファン・ゴック・ラン『Cu Li Không Bao Giờ Khóc』(ベトナム)(最優秀新人作品賞)
カンヌ:チャン・ウェイリャン『Mongrel』(シンガポール)(カメラ・ドール スペシャルメンション)
ヴェネツィア:ヨー・シュウホァ『Stranger Eyes』(シンガポール)(コンペ)

・現時点で日本配給が決まっている作品(他にもあったら教えてください)
ハリナ・レイン『Babygirl』(ハピネットファントム・スタジオ)
トッド・フィリップス『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(ワーナー・ブラザース)
ペドロ・アルモドバル『The Room Next Door』(ワーナー・ブラザース)

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