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ぼくの名刺は魔法のカードにはならない、けれど

7月なので、名刺を発注した。

――いや、さも理由があるかのように「なので」などと書いたけれど、特に理由はございません。もう随分前から「名刺を新しくつくれ~!」などと脳内で扉をドンドコ叩いている僕がいて、ふと聞こえてきたその声に答えただけ。すまんな……脳内僕……何年待たせたのかもうわかんねえや……。

ここ数年ほどは、すっかり出番が減っていた名刺。

リモートワークが普及する以前からオンラインでのやり取りが中心になりつつあり、オフ会に行く機会も減っていた昨今。同時期に増えつつあったVRの取材ではそもそも名刺の概念がないため、「別に急いでつくらなくってもええかー」と、優先順位が限りなく低くなっていたわけです。なので、名刺に書かれたTwitterのIDもずーっと古いまま。……さすがにそれは修正しておくべきでは??

振り返ってみれば、オフ会での名刺交換は楽しかった。

ブロガーがつくる名刺は個性豊かで、素人目にも拙さがわかるものの、その手作り感にかえって温かみを感じられる。どんなツールを使ってデザインし、どのサービスで印刷したのか。互いに情報交換をしながら和気あいあいと楽しむあの空間は、「名刺の取り扱いのビジネスマナーなんぞ知ったことか!」と言わんばかりに自由で、まったく堅苦しさがなかった。

もちろん、だからと言ってビジネスシーンでの名刺交換が苦だったわけでもなく。むしろ、趣味の領域とは別の意味で多種多彩な名刺を見られて、そちらはそちらで刺激的だった。仕事柄、IT系のベンチャー企業の方とお話をすることも多く、強すぎるほどの個性に「ナニコレスゲーッ!!」などと内心で叫びながら、腰を120度曲げて名刺を受け取ることもしばしばあった。そのまま靴でも舐めようかという勢いである。

あと、誰もが知る大企業の名刺が出てくると、妙にテンションが上がっていた記憶がある。――これ、僕だけかしら。大企業ともなれば、名刺のデザイン自体はシンプルで洗練された印象を受けるのだけれど、体感としては、目の前でレインボーな光の粒子が飛び交っているように感じる。ガチャのSSR演出のように。そう、大企業の名刺は、SSR名刺なのだ。

そんなSSR名刺を見るたびに、「ウワーーーーッ!! 誰もが知る大企業の名刺だアアアアア!!!!」などと椅子から転げ落ちんばかりに興奮していたのだけれど。ついさっき、名刺を整理していたら、自分の名前が印刷された大企業の名刺が出てきて、「ウワーーーーッ!! 誰もが知る大企業の名刺だアアアアア!!!!」と椅子から転げ落ちそうになった。

そういえばそうでした。勤めてました。わはは(すっとぼけ)。

会社勤めをやめてからもう随分経つけれど、当時の「名刺」はたしかにSSRだったなと思う。人見知りで話し下手な自分ですら営業職が務まってしまう、魔法のカード。

会社の説明をする必要は一切なく、すぐに本題に移ることもできるし、「あ~! あの商品好きです~!」と話を振ってもらえたら、雑談を挟みつつ相手の好みを聞き出し、そのまま自然な流れで商談に入れる。知名度こそパワー。僕も知名度が欲し……くはぜんぜんないけれど、企業としてはやっぱり強いよね。

そう、魔法カードは強い。モンスターカードだけでデュエルに勝つことはできないのだ。でも一方で、ろくな特殊効果も持っていない今の自分のカード=名刺を作るのも、それはそれでやっぱり楽しいなあとも思う。

1枚の紙片にどのような情報を載せ、いかにして自分のことを相手に伝えるか。以前までのそれと比べて、どのような変化を加えるか、あるいは加えないか。情報とデザインの取捨選択を考える時間は、文章を書くためにパソコンと向かい合っている時とはまったく違う。脳の普段は使わない部分を使っているような、そして、自分で自分を再定義しているような感覚がある。

勤め先での肩書きや役職が変わり、新しい名刺を手にした時にこみ上げてくる実感があるように、フリーランスにも、自分の手で名刺を更新することで感じられる変化がある。己の手で書き換えた名刺の前と後とを比較して、自身の仕事ぶりや考えの変化を実感できる。それが、なんだかおもしろい。

ここ最近は目の前の作業に追われるばかりで、なんとなく「ライター」を名乗りっぱなしだった自分。今回の名刺のリニューアルによって、ようやく1つの区切りを付けられたように思う。……まあ、早く作り直しとけって話なんですが。

心機一転、がんばったりがんばらなかったりしていこう。


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