見出し画像

憲法答案の書き方

 憲法答案も基本的三段論法あてはめの三段論法で構成される。
 なお、基本的な答案の書き方三段論法については、以下の記事を参照してください。


Ⅰ 基本的三段論法

1 憲法が直接適用される場合

 この場合、憲法98条1項の適用が問題となる。そのため、基本的三段論法の大前提となる要件-効果は以下の通りである。

  • 要件:憲法の「条規に反する」こと

  • 効果:「効力を有しない」

 憲法の「条規」には、主観的権利を保障するものと、客観法規範を定めるものがある。
 このうち、後者については、各条規ごとに特有の答案の書き方があるため、本稿では扱わない。
 前者の「条規」に反するか否かの判断は、以下のような構成要件要素に分解できる。

  • 憲法上の権利制約されていること

  • ② ①が正当化されないこと

*権利の「制約」と「侵害」
 正当化されるか否かを問わず、憲法上の権利に制限が加えられている状態を憲法上の権利の「制約」という。
 他方、正当化されない憲法上の権利の制約を憲法上の権利の「侵害」という。

*追記(R6/6/5)
 
大島先生から「芦部以来の通説は憲法98条1項は形式的最高法規性を言したもので、自由の基礎法であることが実質的最高法規の根拠となると考え」ており、「そのため無効の根拠を憲法98条1項だけに求めるのは自明ではなく、法的三段論法もそれだけでは説明できない可能性がある」という趣旨のご指摘をいただいたため、本文を一部修正しました。
 なお、「違憲・無効」の根拠論などについては、ちゃんと調べた上で、さらに追記する予定です。

憲法判断の方法・対象については、別記事にする予定です。

2 憲法が間接的に適用される場合

 憲法が直接的に適用される場合とは異なり、個別法の憲法適合的解釈が問題となる。
 憲法適合的解釈とは、憲法が全法秩序における最高法規であることを前提に、憲法上の要請を見据えながら法令を解釈することである。憲法適合的解釈では、単に法令を違憲無効とすることと比較して、より創造的に憲法が作用する(宍戸常寿「日本(シンポジウム 憲法適合的解釈についての比較法的検討)」比較法研究 78号(2016年)4-7頁)。
 憲法適合的解釈の方法を用いた裁判例は、以下の三類型に分けられる。

  1. 当該規定の意義を明らかにするもの
    →最大判昭和29・11・24刑集8巻11号1866頁(新潟県公安条例事件判決)、前掲最判平成 7・3・7(泉佐野市民会館事件判決)が挙げられている。最大判昭和58・6・22民集37巻5号793頁(よど号ハイジャック記事抹消事件判決)もここに含まれよう。

  2. 違法性阻却ないし免責に関する規定の解釈に関するもの
    →最決昭和 53・5・31刑集32巻3号457頁(外務省秘密漏洩事件決定)、最大判昭和41・10・26刑集20巻8号901頁(全逓東京中郵事件判決)など

  3. 行政裁量の統制に関するもの
    →前掲最大判昭和42・5・24(朝日訴訟判決)、前掲最判平成 8・3・8(剣道受講拒否事件判決)など

 間接適用の場合、答案の書き方も個別法に従うことになるため、本稿ではこれ以上扱わない。


Ⅱ あてはめの三段論法

1 ①について

 ①のあてはめの三段論法における大前提と小前提は以下の通りである。

  • 大前提:いかなる利益を制限すれば、「憲法上の権利の制約」になるのか(ⓐ)

  • 小前提:問題となる法令や処分が当該利益を制限するものであること(ⓑ)

 ⓐは、さらに、ⓐ-⑴とⓐ-⑵とに分けて考えることができる(『憲法事例問題起案の基礎』20頁)。

  • ⑴ 憲法がどのような権利(自由権)を保障しているのかの確定

  • ⑵ 当該事案で問題となっている具体的な利益(自由)がⓐ-1の権利に包摂されることの論証

 ここでは「自由権」と「自由」の区別が重要である(大島先生の下記ポスト参照)。

 以上は三段論法の順序に従った説明であるが、実際の思考過程はこれと異なり、ⓑ→ⓐの順で考えることになる。
 なぜなら、ⓐ-⑵の「具体的な利益」は、問題となる法令や処分によって制限されている利益(ⓑ)から、逆算的に導かれるからである。

*答案上の順序(私見)
 問題は答案の書き方ですが、自分の書きやすい順序で構わないと思います。
 予備校等では、"三段階審査"に従って「保護領域→介入→正当化」の順序(ⓐ→ⓑ)で論じるよう指導されることもありますが、そもそも三段階審査は、ドイツの憲法判例を理論化・図式化したものであり、「答案の型」ではありません(『憲法ガールⅠ』25頁・50頁、伊藤先生の下記ポスト参照)。
 少なくとも、筆者のロースクールでは、ⓑ→ⓐの順序で答案を書いても、特に指摘されることはありませんでした。

 ⓑ→ⓐの順序で書いた場合の答案の型は、以下の通りである。
 ただし、住基ネット訴訟判決(最判平成20年3月6日)などのように、利益侵害の有無が問題となる場合には、ⓐ→ⓑの順序の方が書きやすいと思われるため、柔軟に対応するべきである。

 法N条は、「……」と規定し、【生の自由】を規制するものである。本件規制は、【憲法上の権利】(憲法N条)の制約にあたるか。
(1) 憲法N条は、「……」と規定し、【憲法上の権利】を保障している 。
(2) 【生の自由】は、〜であるから、【憲法上の権利】に包摂される。
(3) したがって、本件規制は、【憲法上の権利】の制約にあたる 。

2 ②について

 制約される憲法上の権利が絶対的な保障を受ける場合(内心の自由など)、正当化の余地がないため、論じるまでもなく②の要件が充足され、違憲となる。

 他方、多くの憲法上の権利は、絶対的な保障を受けるわけではなく、「公共の福祉」(憲法13条後段)による制約に服する。
 もっとも、「公共の福祉」は、憲法上の権利に対する制約の正当化事由となるものではなく、いかなる場合に憲法上の権利の制約が正当化されるのかは、被制約権利の性質に応じて具体的に引き出されなければならない(佐藤幸治『日本国憲法論 第2版』152頁参照)。
 ここまでの内容を答案にすると、以下のようになる。

 もっとも、【憲法上の権利】も絶対的な保障を受けるものではなく、「公共の福祉」(13条後段)による制約に服する。
 本件制約が「公共の福祉」によるものとして許容されるか否かは、制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容・性質や具体的な制約の態様・程度等を較量して判断する。

 なお、「公共の福祉」の指示対象については、「憲法上の権利を制約する理由となる法益(反対利益)」という理解と、「反対利益と憲法上の権利を調整する原理」という理解がある(長谷部恭男編『注釈 日本国憲法⑵ー10条-24条』〔土井真一執筆〕144頁)。上記の説明では後者の意味で用いられているものと考えられる。
 判例においても、薬局距離制限規定事件判決(最大判昭和50年4月30日民集29巻4号572頁)は、異なる文脈で「公共の福祉」を引用しており、過渡期的な判決であったと理解できる。

【参照】薬局距離制限規定事件判決(最大判昭和50年4月30日民集29巻4号572頁)
「規制措置が憲法22条1項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは、これを一律に論ずることができず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない。」
「この場合、右のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務であり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべきものである。」

 もっとも、利益衡量基準のままでは、事件ごとの場当たり的な比較衡量(ad hoc balancing)に陥り、恣意的な判断につながる危険があるため、「審査基準」によって判断を枠付ける必要がある。
 審査基準の典型例は、規制の目的とそれを達成するための手段との両面から検討する「目的手段審査」と総称される手法である。目的手段審査には、以下の厳格度が異なる3種類の審査基準があるとされる(曽我部真裕「第4回 違憲審査の方法⑵ー(狭義の)違憲審査の方法」法学教室2020年478号62頁)。

  • 厳格審査基準

  • 中間審査基準(厳格な合理性の基準)

  • 合理性の基準

 これらの基準は、二重の基準論、表現の自由に関する内容規制・内容中立規制二分論、職業の自由に関する目的二分論などに基づいて使い分けられることになっている。

*目的手段審査以外の審査基準
 判例は、審査基準を設定せずに利益衡量を行うことが多いです。また、汎用的な目的手段審査の基準とは異なり、より類型に特化した具体的な基準(準則)が設定されることもあります。
 このような判例の基準や学説上の準則を使いこなすことも重要です。しかし、最初のうちは、目的手段審査の基準を使いこなすことの方が重要だと思います。
 例えば、令和4年度予備試験憲法出題の趣旨では、「全逓東京中郵事件判決(最大判昭和41年10月26日刑集20巻8号901頁)が採った、労働基本権を尊重する必要性と規制する必要性とを比較衡量するという手法のほか、いわゆる厳格な合理性の基準(規制目的が重要なものであり、手段が目的と実質的に関連していなければならないとする基準)のような違憲審査基準を用いるということも考えられる。」と記載されています。
 なお、本稿では、憲法が間接適用される場合や客観法規範が問題となる場合は除外していることに留意してください。これらの事案では、目的手段審査が妥当しない(妥当するとしても、その中身が異なる)ことがあります。

 審査基準は、当該事案における利益衡量を枠付けるものであるため、一般的な法規範とは異なり個別具体的なものである。したがって、どの審査基準を用いるか(=審査基準の設定)は、事案に応じて決定される必要がある。
 そうすると、②の要件では、審査基準の設定の場面と適用の場面で、二段階の事案分析が求められることになる。本稿では、前者を「事案分析Ⅰ」、後者を「事案分析Ⅱ」と呼ぶ。

【参照】平成21年新司法試験の採点実感等に関する意見
 提供された素材を読みこなし,事案に即して考える力が求められているが,いわば定型的に「問題となるのは,違憲審査基準である。」という趣旨を記載する答案が多く,旧司法試験の場合とはまた別の意味で,答案がパターン化しつつあるのではないかとの懸念がある。例えば,事案の分析をほとんどせずに,直ちに違憲審査基準の議論に移行し,一般論から導いた審査基準に「当てはめ」て,そのまま結論に至るという答案が相当数見られた。このように,審査基準を具体的事案に即して検討せずに,審査基準の一般論だけで規則の合憲性を判断するのでは,事実に即した法的分析や法的議論として不十分である。

*補足的なコメント
 「二段階の事案分析」というと小難しく聞こえますが、仕組みとしては、民法の注意義務違反の認定と同じです。
 すなわち、注意義務違反の認定では、当該事案における不審事由の内容に応じて注意義務の内容を具体化させた上で、その具体的義務に違反したかどうかを判断します。
 ここでは、不審事由の内容に応じて注意義務の内容を具体化させる場面が「事案分析Ⅰ」、その具体的義務に違反したかどうかを判断する場面が「事案分析Ⅱ」に相当します。

*目的手段審査の基準設定適用については、以下の記事を参照してください。

Ⅲ 結語

 繰り返しになるが、本稿の内容は、憲法が直接適用される場合であり、かつ、主観的権利制約が問題となる場合における答案のフォーマットについて解説したものである。予備校ではこのような答案のフォーマットを「自由権パターン」と呼んでいるようである。
 初学者としては、まずこの「自由権パターン」を使いこなせるようになることが重要であるが、「自由権パターン」はそれほど万能なものではないことを意識して使う必要がある。
 憲法が間接適用される場合や客観法規範が問題となる場合については、「自由権パターン」が通用しない。また、「自由権パターン」が通用する場面においても、判例や学説によって、当該事案類型における判断準則が確立されている場合には、目的手段審査の基準を用いることが適切でない場合もある。

他にも、以下のような記事を書いているので、ぜひ参考にしてください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?