かつてヅラリーノと呼ばれた男 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン2 その29
ハンバーガー店はジージョさんの魂の叫びによって、時が止まったかのように静まり返る。
誰もが皆、押し黙り、身動き取れないほどの緊張感に包まれた。
その緊張感の中、ジージョさんは心の余裕を取り戻したか、それとも余裕があるように見せたいのか、不意にニヤリと笑った。
「シロタン、君は自分のナニがお粗末な事を気にしてて、高梨さんへ見せられなかったんでしょ⁉︎
だから、やれなかっただけでしょ」
ジージョの一言に俺の怒りは一気に沸点に達した。
ジージョの野郎っ、ここまで下衆野郎だったのか!
「なんであんたにそこまで言われなきゃならないんだっ!」
「僕が何も知らないと思ってるの?
僕だって堀込達から君のナニがお粗末なことぐらい聞いているんだよ」
ジージョの顔色は真紅を超え紫に近くなりながらも、俺を嘲笑うかの様な表情を浮かべた。
「ジージョーっ!」
俺の怒りは頂点を超え、まさに怒髪天を衝きそうになった時、俺の前を巨大な人影が立ちはだかった。
「シロタン、冷静になって」
俺の頭上から機械で合成したような音声が聞こえた。
“仮面”だ。
俺は我を忘れ、大男である“仮面”が近づいて来ていたことに気付かなかった。
“仮面”は俺の両肩を抑え、
「ジージョさんは普通じゃないよ。ここは我慢した方がいい」
「“仮面”っ!離してくれ。ああまで言われて黙ってられるか!」
「駄目だよ、シロタン」
“仮面”の人間離れした力に俺は身動きが取れない。
「どうしたよ、ジージョ」
そんな中、ジージョでもなく、“仮面”でもない男の声が聞こえた。
その声の主は夏場にニカ月間、被り続けた帽子の臭いのような悪臭を漂わせる。
この声と悪臭には覚えがある。
通称、鉄兜。
かつて、高校時代はヅラリーノと呼ばれた男だ。
高校時代は常にパーティグッズのようなカツラを被っていたことからヅラリーノと呼ばれていたのだが、同じ狭山ヶ丘国際大学へ進学して以降は常に鉄のヘルメットを着用するようになり、鉄兜と呼ばれるようになった。
こいつの本名は知らぬ。知りたいとも思わない。
常に俺に対抗心を燃やし、常に突っかかってくる不快な野郎だ。
「鉄兜君か。シロタンは女の家に行っておきながら何もしなかったんだよ。腑抜けだと思わないか?」
ジージョの声には明らかに俺への侮蔑的な響きが含まれている。
鉄兜は高笑いをあげ、
「風間?童貞野郎にそんなこと出来るわけねえよ!
それと女の家でも糞を漏らして、それどころじゃなかったんだろー!」
この鉄兜という奴は鉄兜の下の顔が野卑た中年男風なら、声質も野卑た中年男的な響きを漂わせる。
そこが辛抱出来ないほど不快なのだ。
今すぐ鉄兜の鉄兜を剥ぎ取り、それを叩いて伸ばして、それを丸めて棒にして、それを奴のケツの穴に入れて口から出してやりたい衝動に駆られる。
「鉄兜っ!調子に乗るなよ!お前の鉄兜を剥ぎ取って、再びヅラリーノに戻してやるからなっ!」
「調子に乗ってるのはお前だろうが!仮面野郎に守られてるクセによぉ」
「“仮面”、離してくれ。鉄兜の野郎っ!ただじゃ済まさん!」
そんな中、“仮面”の腕が震えていることに気付いた。
俺はふと見上げるとその異変に気づいた。
“仮面”の頭部を覆う鉄の仮面には、ちょうど眼の部分に目の形をした穴のようなものがある。
そこは常に白く光っているのだが、真っ赤に光っているのだ。
「“仮面”、どうした?」
「シロ……っタンっ…、駄目だ、挑発に乗ったら駄目っ…だよ」
“仮面”の機械音声が途切れ途切れになっており、まるで息切れでもしているかのようだ。
しかも“仮面”は肩で息をしている。
これはどうしたことか?
「“仮面”、どうした?大丈夫か?」
「男同士でいつまで抱き合っているんだよぉっ!
そんなに抱き合っていたいなら、離れられないように縛り上げてやろうか?
なぁ、ジージョ」
「そうだよね、鉄兜君!
縛り上げてやろうよ!亀甲縛りなんていいと思うよ!」
「亀甲縛り!いいねぇ!風間に亀甲縛りなんてしたら、ボンレスハムみてえになるだろうな!」
突如として、人の叫び声を機械で加工し歪ませたような凄まじい爆音が俺の頭上で鳴り響く。
俺は反射的に両手で耳を塞いだその刹那、俺の身体は重力から解き放たれ、宙に浮いた。
急激に目の前にいる“仮面”の姿が遠ざかっていく。
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