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死して屍、拾う者無し 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その53

「おい、パリスっ!
 起きろ、パリスっ!」

「風間。パリスはもう」

 堀込に言われなくてもわかっていた。パリスの頭は一部、欠けているのだ。
 しかし、わかっているのだが、その現実をどこか受け入れられない。
 一瞬にしてパリスとのことが脳裏に過ぎる。
 居ても居なくてもどうでもいい奴だし、何かと足は臭く腹立つ奴ではあったが、やっぱり…

 森本の重機関銃の連続した発射音が聞こえる。
 それに続き堀込は一号車客室に向かって銃撃を始めた。

「風間。パリスのケースを取ってくれ」

「え?」

「いいから早く」

 堀込に急かされるまま、トイレの陰から抜け出て、多目的トイレ前に置いてあったパリスのチェロケースを手に取り、堀込へ向かって引き摺り寄せる。
 堀込はパリスのケースを手に取ると、盾のようにして構える。

「俺が先行する。風間は俺の後に続け」

 堀込は一気に客室へ突入し、ケースを構えながら、客席に向かって銃弾をばら撒いて行く。

 弾倉が空になると、座席の陰に隠れ、空になった弾倉を交換する。
 俺も同じく、ケースを盾にして客室内の動くもの全てに銃弾を浴びせ、弾倉が空になると座席の背もたれに隠れた。

 自警団の連中と言えば、これまで
包丁だの高枝切り鋏、斧、それこそ竹槍、よくて猟銃が主な武装であったが、ここにいる連中は違う。そのほとんどが拳銃を装備しているようだ。
 座席のヘッドレストの上から自動小銃だけ出して引き金を引く。
 こっちは拳銃弾ではなく小口径高速弾ってやつだ。拳銃よりも貫通力に優れている。これでなんとか数に勝る自警団の奴らへ対抗出来ればいいのだが…
 そんな中、自警団の連中がキズナが座っているとされている、最前列の席周辺に集まり始めているのが見えた。

「風間、急がないと不味い」

 通路を挟んだ横の座席の陰から堀込は言った。

「どうした?」

「列車はそろそろ館林に着く。
 この車両には前方に出入り口がある。見ろよ、奴らはキズナの守りを固めて、次でキズナをそこから逃すつもりだろう。そうなったらお終いだ。
 館林に着く前か、奴らが非常停止ボタンを押す前に決着を付ける」

 堀込はケースからもう一つの自動小銃を取り出し、肩から下げ、フルオート射撃が出来るというショットガンをケースから取り出すと左手に持った。
 その時、俺は気づいた。

「堀込、ちょっと待てよ。お前大丈夫か?」

 堀込は顔面蒼白、太腿からの出血だけでなく、胸元から腹まで覆っている防弾チョッキも穴だらけ、血が流れている。
 しかし堀込は何も言わず、通路に躍り出て両手の銃を乱射し始めた。
 堀込に自警団員らの銃撃が集中するのだが、奴は全く怯まない。
 堀込は両手の銃を乱射しながら前へ前へと突き進む。



 車内は夥しい数の屍、そして血の海。例えようのない臭気が漂う。
 最前列付近にいた自警団員らは折り重なるようにして倒れている。誰も息をしていないようだ。
 そして堀込は最前列から数えて三列目にまで来て倒れていた。

「堀込」

 と呼び掛けても反応は無い。
 俺はしゃがみ込み、堀込を抱き起こすも、例のくどい顔はただ虚空を見つめるだけ、呼び掛けながら身体を揺らしてみても反応は無い。

 最前列の方から物音が聞こえた。
 俺は堀込の亡骸をそっと床に置き、自動小銃を構えながら中腰で最前列へと向かう。

 俺は折り重なる屍を踏みながら、最前列へ出ると、目指している1A席の陰で、誰かが頭を抱えうずくまっているのが見えた。

「両手を上げて立つんだ。変な真似をしたら容赦なく撃つ」

 頭を抱えていても、指と指の間からパーマのかかった髪と、スパンコールがあしらわれたヘアバンドが見える。
 キズナ ユキトだ。
 キズナは身体を小刻みに震わせながら指示通りに立ち上がった。顔は車窓側へ向いている。

「両手はそのままで、ゆっくりとこっちへ振り返るんだ」

 俺の言葉通り、キズナはゆっくりとこっちへ振り返る。


 屍折り重なり、静まり返ったこの車内に哄笑が響き渡る。

「馬鹿め!まんまと引っ掛かった」

 キズナ ユキトでは無かった。
 キズナ ユキトのフリをした、いつかの茶坊主であった。

「茶坊主かっ!」

「流血の罪をもつ者たちは、神の裁」

 茶坊主がいつもの台詞を言い切る前に、俺は自動小銃の銃床を奴の顔面に叩き込んでいた。
 2回、3回とこのまま銃床を叩きつけていたいのだが、ここで死なせるのは勿体ない。
 俺はキズナを捕まえた時の為に用意してあった、結束バンドを取り出した。それを使い、森本から教わった通りに茶坊主の手足を縛る。
 茶坊主の髪を鷲掴みにし、二号車まで引き摺ろうとしたその時、思いの外、茶坊主の髪が全て抜けた。
 俺が鷲掴みにしていたのは、キズナ ユキトに似せる為のカツラだったのだ。

「馬鹿が!また騙された!」

 俺は思い切り茶坊主の脇腹を蹴り上げると、奴は痛みに呻き声を漏らした。
 俺は茶坊主の地毛を鷲掴みにし、二号車へと奴を引き摺っていく。


 列車は知らぬ間に非常停止ボタンが押されたのか停車していた。
 そんな車内で俺は森本の姿を探し求める。

 森本は最後尾の車両のデッキ部分にいた。

「森本さん…、俺たちは完全にハメられていたよ」

 その後ろ姿に声を掛けるも、森本は胡座をかいたまま振り返ろうともしない。

「森本さん」

 森本の肩を掴み振り返らせるが、そのまま力無く仰向けに倒れる。

 森本もまた虚空を見つめていた。


 列車のドアコックを操作し、扉を強制開放する。
 左右を見て、対抗方面から列車の姿が見えないのを確認してから線路へと降り、コントラバスのケースを車内から引き摺り降ろす。

 線路際の鉄条網をペンチで切断し、線路沿いの道へと出た。
 俺は携帯電話を取り出し、電話帳から西松を選び発信する。

 何回も鳴らすが、西松は通話に出ない。嫌な予感がする。
 俺は西松の待機位置である、館林駅近くまで歩くことにした。
 コントラバスのケースの底面にはタイヤが付けられており、それによって背負わなくとも移動が出来る。
 俺も無傷では無いことからして、このタイヤは助かる。


 オーケストラの団員を装う為に着ていた、白のシャツが紅に染まっていた。
 もう歩けない。全身痛いのか痛くないのかさえもわからない。
 意識が朦朧としているのだ。
 しかし、それでも行かねばならぬ。西松が待っているのだ。


 どれくらい歩いたのかわからないのだが、西松が待機しているはずのワンボックスカーが見えてきた。
 俺は朦朧とする意識をなんとか奮い立たせ歩き続ける。


「西松っ」

 助手席の扉を開くと運転席に西松がいた。西松は俺の方を向いているが何も言わない。

「西松っ」

 もう一回呼ぶが、西松は俺を見ているようで、どこか明後日を見ているような眼差しをしている。

「おい、西松っ」

 あぁ、駄目だ…
 西松の額には大穴が開いていた。

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