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巡縁お散歩情報 上野のおきつね様のお話

こんにちは、観れば運気アップ読めば開運・お寺神社の情報サイト「巡縁」です。本日は大安吉日!最近お散歩してますか?


上野恩賜公園のお散歩

上野恩賜公園には多くの社寺があり、どこも大変魅力的で歴史があるスポットです。

上野恩賜公園にある社寺

上野恩賜公園には次の6ヶ所の社寺があります。

・上野東照宮
・五條天神社
・花園稲荷神社
・上野大仏
・寛永寺清水観音堂
・不忍池弁天堂(しのばずいけべんてんどう)

上野東照宮と、五條天神社、花園稲荷神社、不忍池弁天堂(しのばずいけべんてんどう)に参拝しましたので、今回は花園神社さまについてご紹介いたします。

花園稲荷

花園稲荷では上野恩賜公園にある多くの寺社の中でも、フォトジェニックな鳥居の写真を撮影することができます。

こちらでは縁結びのご利益がいただけます。白羽の矢の授与品があり、江戸時代には幾重にも茶屋が並び「白羽の矢」をお渡しし大繁盛していたという記録もあるそうです!
願いをかけて白羽の矢をいただき、満貫成就した際に、お返しに行くそうですよ。


明治時代に上野で3回開催された「上野公園地 内国勧業博覧会開業図」には、穴稲荷という記載も見られ、古くから上野の名所の一つとして親しまれていることがわかります。

彰義隊最後の激戦地

また、彰義隊の最後の合戦の地「穴稲荷の戦い」の地としても知られています。

徳川慶喜の警護や江戸の治安維持を行うための組織として結成された、彰義隊(しょうぎたい)ですが、大政奉還ののちも新政府軍の兵士を殺害するなどの敵対姿勢が治まらず、上野では彰義隊と新幕府軍の衝突がありました。300名を超える戦死者が出たと伝えられます。
本日、5月15日は日蓮宗によって法要が執り行われています。なんと今年で157回を数えるそうです。

有名な西郷どんの銅像の近くに「彰義隊のお墓」があります、ぜひお参りされてくださいね。

花園稲荷の御由緒

花園稲荷はもともと、「忍岡稲荷」(しのぶがおかいなり)とよばれていました。洞窟の上にあったことから、「穴稲荷」とも言われておりました。明治に入ってから、近くに寛永寺の花畑が広がることから「花園神社」と呼ばれるようになったそうです。

激戦の地であった穴稲荷を花畑から連想した名前に変えるとは、のちの人々の戦死者への手向の想いがあったのではと感じずにはいられませんでした。

現社殿は、お参りの際には爽やかな風が通り抜け、思わず微笑みが浮かぶような暖かなお社でした。

御創始の年月は不詳です。古くから此の地に鎮座し、「忍岡稲荷」が正しい名称ですが、石窟の上にあった事から俗称「穴稲荷」とも云われていました。

 承応三(1654)年、天海大僧正の弟子、本覚院の住僧晃海僧正が霊夢に感じ廃絶していたお社を再建し上野の山の守護の神としました。幕末、彰義隊の戦いでは最後の激戦地(穴稲荷門の戦)として知られています。後、明治六年に岩堀数馬、伊藤伊兵衛等の篤志家によって再興され、「花園稲荷」と改名、五條天神社が現地に御遷座になるに及び、社殿も南面して造営され神苑も一新されました。(旧社殿は俗称お穴様の処です)

 お穴様の左奥にありますお社は、古書に弥左衛門狐と記され、寛永寺が出来る時に忍岡の狐が棲む処が無くなるのを憐れみ、一洞を造り社を祀ったと云われます。

 社地はお穴様を中心にし約二千坪(今の精養軒や韻松亭を含む6600㎡ありましたが、明治の上地の為、現在は五條天神社と併せて約一千坪になりました。)

 白羽の矢ー縁談・商談・就職等の願かけにいただく神札で古くから行われている神事です。往古、池之端に掛茶屋が何軒も並び白羽の矢を売って大繁昌していたと云う記録があります。

頒布の資料より

旧社殿の「お穴様」にお参りしてみた

さて、旧社殿は現在神域として撮影禁止、かつ穴は柵状の扉によって管理されている場所となっています。ここ、本当に入っていいの!?といった印象です。

入っていいんです、でも、くれぐれも失礼のないように・・。

雨の日、しかも15時過ぎにお伺いしてしまったこともあり、感覚的にはとっても重々しく入りずらい印象でしたが、地元のかたがお供えした赤提灯の光と神秘的な雰囲気に吸い込まれるようにお邪魔しました。

突き当たりを左に曲がるとすぐにそこはお穴様の祠、雨音と湿った空気、薄暗い中に張り詰めた緊張が走り一歩も動けなくなったことを報告します。

祠の下には小さな穴がありました、狐の親子が住まった場所ということでしょうか。賽銭箱はその右側の壁に造られており、旧社殿はそちらの向きに作られていたのかもしれません。

引き返すことも考えたのですが、先日ライターさんが友人から聞いたという「お稲荷様にお供物を供えたが、気が変わって取り戻した。帰り道階段で誰もいないのに突き飛ばされた」という体験談を思い出し、手握っていた賽銭をさっと入れてお辞儀をして出てきました。

出た後もしばらくあの場所にいるような痺れを感じ、また徐々に広がるまっさらな開放感を感じました。話に聞く「胎内めぐり」に近い体験と言えるのではと感じました。

「胎内巡り」とは産れる前の胎内に戻った疑似体験を通し自らをリセットし、見つめ直す体験だそうです。

「お穴様」のご利益が安産とのちに知り、なるほどと思った次第です。

花園稲荷のおきつね様

お穴様と、幕末の志士たち

お穴様には現在も弥左衛門狐と言われたおきつね様のご一家がいらっしゃるのでしょうか、はたまた、明治を迎える混乱期に青春を燃やした青年たちの想いが眠るのでしょうか。

現社殿のお稲荷様は何も語らす、何も責めず、ただひっそりと笑っていらしゃいました。

近年は都内では珍しい千本鳥居から、若者が映えスポットとして撮影に並ぶこともしばしばあるそう、どうぞ、自分と同世代の若者が命をかけた場所であることにも想いを馳せて、お参りをしていただきたいと願います。

巡縁コラムのお知らせ

巡縁ではこれまでも多くのコラムを配信しています。
今回は「正しい参拝方法と、エリア別おすすめ縁結び神社7選!」をご紹介します。
お寺神社に来たものの、なんだかどうやってお参りしていいか不安だな・・そんな想いをしたことがある人は、ぜひお参りの参考にされてくださいね!

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