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もう中学生

家に遊びに来ては、キータンと一緒にお昼寝をしていたのに、もう中学生になってしまった。別居してると他人の子どもと同じで、成長は早く感じる。

誘われていたバンドに参加するらしく、エレキギターを探しているとのことだ。入学祝いに贈ろうとしたが、まだエレキにするのか他の楽器にするのかは分からないとか。一応はピアノのレッスンは通うようだ。物語も毎日書いてるというので、持ち歩きできるように電子ノートを贈った。

高校は部活が自由で制服が可愛い学校に決めていて、バンド仲間と一緒に同じ高校に入りたいと言っていた。女子バンドを組んで制服で活動なんて、想像しただけでワクワクしてくる、のだが・・・。後で娘に進学は大丈夫なのかと聞いたら、自由な校風の高校の偏差値で入学は大丈夫だが、大学費用はそれなりに大変になりそうだ。

保育園から仲の良かった成績優秀な男の子は、進学のために県庁所在地の中学に行くそうだ。そのまま県でもトップクラスの高校に進学し、保育園の時からの目標である東大医学部を目指すようだ。いつも争っていた友人が居なくなるとどうなのかな、自由に楽しい時間も大事だろうが、悩ましいところでもある。定員割れを起こしそうな、自由で明るく部活やバンド活動も認める高校と、上位大学を目指す進学校と、中高6年間の過ごし方はどちらが将来に優位なのだろうか。


60年も前だが、仲の良かった友人が挨拶もなく、中学は高崎市に部屋を借りて転校し、県下トップの高校に入り、東大医学部に入った。親は開業医であり、父親と同じ道を小さい頃から決められていた。小学生の時から塾に通い、ピアノ教室にも通っていた。

彼と仲が良いというより、彼の姉と会えるのが楽しみで、何度か遊びに行った。お姉さんは話しも面白く、あの当時は珍しい紅茶が用意されていて、行くと紅茶とビスケットが出て、彼抜きで読んだ本の話をした。子どもはお臍から生まれるなどという、解剖書まで持ち出して丁寧に間違った知識を教えてくれた人でもある。

お姉さんもピアノを習っていて、アップライトピアノが置いてあった。近くのサイドテーブルに『車輪の下』があった。当時は川端康成の『伊豆の踊子』に感激して、川端康成・横光利一・井上靖・夏目漱石・芥川龍之介・太宰治などという優等生的な純文学を読み、文章を書く練習をしていた。ヘルマン・ヘッセやシュトルムやゾラなども読んだが、当時は内容が暗くて馴染めなかった。

お姉さんはこういうのが好きなん。聞くと、それはY君が読んでたもの。わたし、そういう本よりもこういうのが好き。そう言うと姉さんに招かれて部屋に入り、棚に並んだアガサ・クリスティーやエラリークイーンを見せられた。高校の後半頃から早川ミステリを読み始めたのは、お姉さんの影響もあったのかな。

早川ミステリや岩波文庫を持ってると、何となく大人になったように感じたものだった。そう思えてしまうのは、初めて入った女の子の部屋のせいかもしれない。今の女の子の部屋とは違うが、整然と片付けられて、他の部屋の匂いとは違う穏やかさが感じられた。

自宅に戻り、あらためて『車輪の下』を読んだ。文庫本よりも少し大きな、新書版だったような記憶がある。

Y君が高崎市に一人で移り、志望の高校に入学して、希望通りに東大医学部に合格した。噂では、県下トップの高校の中でも、トップクラスの優秀な成績だったようだ。その後の噂は全く聞かなくなり、小学校の合同同窓会でも知る人は居なかった。

60歳になる頃に、彼は繁華街で開業してると聞いた。頭が良くても人付き合いが苦手で、普通の開業医や研究職は似合わなかったらしい。都会の繁華街で外国人や水商売の人を看てるとか。勉強も出来なかったくせに、Y君を少し見下したような物言いに、ピアノの近くに置かれた『車輪の下』を思い出した。

Y君は家にピアノがあるのに、直ぐに帰らずに学校のピアノを弾いていた。小学生の時に作曲もして、音楽の先生が褒めて、音楽室で聞かされたこともあった。歳を重ねてきて、子どもの頃の思い出や『車輪の下』などを思い出すと、人の幸せは何なのか分からなくなってくる。彼にとって下校までの短時間を、音楽教室で過ごすのが幸せであったのか、唯一心が安まる時間だったのか。優秀な成績で東大医学部を出て医師となり、誰から見ても最も高い頂点へと登って、そこで見た人としての幸せとはどの様な形をしていたのだろうか。


ムリをさせても一生子どもの面倒はみられない、話しはしても選ぶのは自分自身で、自覚できたときには頑張れるだろう。親として今の成長が間違った方向に伸びないように、見守るだけにした。という教育方針らしい。時期が来たら、音楽やバンド活動ではなく、都会で住んでみたいという希望もあるそうだ。いろんな人を知り、物語を書いていきたいという希望があるそうだ。少しだけジイも似たような思いもあったので、元気に何にでも挑戦する姿が羨ましい。

自分で選んだ道を進み高台に登ったときに、大人になったその前には、素晴らしい景観が拡がっている事を願っている。


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