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白菊の・・・

 その人に初めて会ったのは、確か1年近く前になるだろうか。たまたま発見された冠動脈狭窄で、入退院を1年半も繰り返した治療も終わり、定期的な検査として地元の総合病院に通っていた頃だった。検診を終えて会計を待っているときに、老人用のカートをユックリと押しながら横を通り過ぎた。

 ほぼ白くなった髪は簡単にクシを入れただけのようで、寝起きのままとも見えた。着ている服も、厚着ではあったが普段の寝間着のように見えた。腰を曲げてシルバーカーに頼りながらヨロヨロと歩く前を、中年の小太りの女が面倒くさそうに振り返りながら歩いていた。こういう態度を取れるのは、実の娘なのかもしれない、そんな事をボンヤリと考えながら眺めてた。

 「ちょっと用事を済ませてくるから、この辺で待ってて」
そう言うと女はどこかへ行ってしまった。息苦しそうに立っているその人は、そのときは一見私よりも幾つか年上に見えた。

 長椅子の空きを探すように周囲を見回して、私と目が合って、一瞬驚いた様子だった。目が合ってしまったので、柄にもなく声を掛けてしまった。
 
 「こちらが空いてますよ。端の方が良いでしょう」
 6人掛けの長椅子の右端に座っていたので、立って勧めながら声を掛けた。シルバーカーに手を掛けたまま動きにくそうに見えたので、右手で握り拳を作り、手摺り代わりに手を掛けさせて座らせた。

 「ありがとうございます」
 恥ずかしそうに礼を言うと、下を向いたまま話し始めた。
 「細川先輩、むかしと変わっていませんね」と、とつぜん名前を言われ驚いた。
 「わたし、ずいぶんと変わったでしょう。もう長く寝てばかりになって、髪も白くなり、腰も曲がってしまい・・・」
 言われてあらためて横顔をのぞき見たが、まったく覚えがなかった。
 「高校の時の、文学部の1年後輩でした。いつも先輩の原稿をガリ版で削ってたの、わたしです」
 「はあ・・・」
 言われても、確かに高校時代は文学部に籍を置いたが、同時に剣道部や教師との交流のために読書会などを行い、生徒会長にもなってて、部活の記憶などほとんどない。

 「白菊の香をかぐ君の瞳(め)の黒き・・・
おぼえてます。わたしが花瓶に菊の花を挿していたら、先輩がとつぜん部室に入ってきて、しばらく菊の花を見てて、紙の端をやぶいてこの句を書いて渡してくれましたよね。そのあとで、季が違うか、なんて笑っていましたよね」

 まったく思い出せない。もう60年近く昔のこと、高校時代の思い出は、創作ダンス部の1年先輩だった人の、少し長いポニーテールだけだ。
 
 「わたし、入学して部活に誘われても、身体が弱くて運動部がダメで、本を読むのが好きで文学部をえらびました。みんなは帰宅部だよって言ってたけど、それも良いのかなって、なんて・・・。
 入学してすぐに、私のことを小さい頃から可愛がってくれてたおばあちゃんが亡くなり、あの日は祭壇に飾ってあった菊の花を持ってきて、部室に飾ってました。花瓶に生けてて、おばあちゃんを思い出して急に涙が出てしまって・・・。その時に先輩が部室に入ってきて、近くにあったワラ半紙のはしを破いて句を書いて渡されて・・・。すごく嬉しくて、ずっと大事に持っていました」
 高校の頃の思い出なんて、何があるのだろうか。
 
 「先輩、ダンス部の部長さんといつも一緒に帰ってて、みんながうらやましがってましたよ。部長さんも楽しそうに、はしゃいで話してましたよね。先輩が廊下を歩いてると、ソッと後ろに行って膝を曲げて、先輩も一緒に膝カックンって、あれ話題になってましたよ。校内で異性間の付き合いって少なかったでしょ、だからいつも部長さんと先輩だけが仲良く歩いてて、みんな羨ましかったんでしょうね。先輩が帰るのを見て、わたしがすぐに追いかけたことがあったのに、横から部長さんが、待ってなさいよ、なんて先輩に声を掛けてね」
 
 あの頃の友人の顔を思い出せるのに、最も大事な人である1年先輩の、ダンス部の部長だけが、名前も顔も思い出せない。60歳なかばで妻を喪い、10年も一人暮らしを続け、いよいよ後期高齢者扱いになるこの頃、むかしのことを思い出す。その思い出の中でも大切な人は、ダンス部の部長かもしれない。なのに顔も声も、まるでカスミの中に居るように、ぼんやりとしか思い出せなくなっている。
 
 彼女たち3年生のための予餞会は、生徒会長だった私が仕切っていた。様々なバンドや、当時売れ始めていた芸人を真似たコントもあった。最後に、贈る言葉として挨拶をしたが、直ぐ目の前の席に彼女がいて、原稿用紙を開くのも忘れ、彼女だけに対しての感謝の言葉を述べた。途中で感情がこみ上げて、言葉が詰まることもあった。終わって壇上から降りると、校長先生から褒められたが、その時に何を話したのかも覚えていなかった。
 
 忙しいというのか、無気力な半年が過ぎた時、彼女から電話があった。女優を目指して東京に行くという。その日は駅に見送りに行き、何も話せなかった。
 「わたしね、ママにピアノを習っていて、ママが自分の夢をわたしに託そうとしていたの。でも、わたし・・・近くにバレー教室があって、それに憧れてバレーばかり真剣に頑張っていたの・・・」
 子どもの頃の話をしていたが、少し小柄の、いつものポニーテールの髪を眺めていた。半年間も逢わなかったことが悔やまれて仕方なかった。会わなかった間、一人で悩んでいたようだ。
 
 「あのさぁ、今頃になって、少し迷ってしまって・・・。あの、もしダメだったら、帰ってきたら、ちゃんと付き合ってくれる。」そう言って手を握ってきた。
 
 

 「おかあさん、行くわよ」
 横から付き添いの女性が声を掛けて、その日は別れたのだけれど、文学部の後輩であったというだけで、名前を聞くこともなかった。振り返りながら頭を下げる、乾いた白髪の小さな姿を見送りながら、当時のことや名前も、句を書いて渡したことも、まったく思い出せなかった。
 
 後ろ姿を見送りながら、高円寺で会った時の先輩の言葉を思い出していた。
 「わたし、女優って柄では無かったみたい。帰ったら、付き合ってほしいな」
 「友達というよりも、僕は先輩と一緒に暮らしたいな」
 高円寺駅近く、小さな店の並んぶ商店街の、店の間の狭い道を入った下宿屋の部屋で、短くしたポニーテールの下の、ウナジの汗を嗅ぎながら話していた。はじめて抱いて、ああ、この人とズッと一緒にいられるのか。そう思っていたのに、その数ヶ月後、二度と逢えなくなるとは考えもしなかった。
 
 高校のことなど、もうすっかり忘れていたのに、白菊の後輩と会って、髪の毛の弾力と汗の香りを思い出した。

 今日は親水公園を歩いていると、前をあの白髪の人が二本のポールを使って、ゆっくりと一歩ずつ確かめながら歩いてた。もしかして、近くに住んでいるのだろうか。
 「おはよう、急に寒くなったね」
 「ああ、」
 ソッと近づいて声を掛け、一緒にゆっくりと少し歩いては、木々の葉が散るのを眺めた。
 「歩かないと、本当に歩けなくなると、娘が車で送ってくれて、・・・」
 
 原稿用紙を40枚くらい書いて、部室の机に置くと、みなガリ版を嫌がった。1年後輩の子だけが、黙ってガリ版に向かっていた。あの時の子が、ヨロヨロとポールにすがって歩いてる姿を見てると、自分自身も長い間ムダな時間を過ごして、ずいぶんと老いたものだと、胸を押されるような息苦しさを覚えてくる。

「季が合ってきたのかな」

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