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【グラフ警察出動案件】グラフも台本も間違えるフジテレビ、それを指摘できない萱野稔人さん

フジテレビと言えば、安藤優子さんの変な円グラフしかり、池上彰さんの変な折れ線グラフしかり、個人的には「ちゃんとしたグラフを作れないメディアの代表格」として君臨しています。

そんなフジテレビで、久しぶりに意味不明な折れ線グラフが登場しました。グラフが登場した番組は「FNNプライムニュース α」です。(今回取り上げるデータは2018年9月28日(金)です)

番組内で、労働力調査によると女性の就業率が初の7割に突破したことを受けて、以下のようなグラフがコメンテーターの萱野稔人さんから提示されました。

そして萱野稔人さんは次のようにコメントされました。以下、要約です。

・就業率が高まるのは、女性の社会参画の高まりという点で評価できる。
・個人的な注目は、就業率の高まりが出生率に影響するかどうか。
・日本において女性の就業率は上がっても、出生率は変わらない。
・日本は出生率が低いと言われていて、その原因として女性の就業率の低さが上げられる。
・女性が「キャリア」と「子育て・出産」を両立できず、どちらかを諦めてしまう。結果的に出生率が下がってしまう。
・もし、このまま就業率が上がっても、出生率が上がらなくなると、少子化対策として就業率の上昇が有効ではないと思われる。今後、就業率と出生率は分けて考えなければならない可能性がある。

個人的にはグラフにもコメントにも「はぁ?」です。1つ1つ検証していきましょう。


提示されたグラフが明らかにおかしい

合計特殊出生率は1.4程度で、コンマいくらを押し上げようと政府が尽力していることを知らない人はあまりいないでしょう。いわんや、報道をや。

なぜ報道の最中に提示された折れ線グラフの第2軸は、上限が「10」なのでしょうか。これでは殆ど変化が無いように見えます。

実際は以下の通りです。

青線が15〜64歳就業率(労働力調査)でメモリは左軸、橙線が合計特殊出世率(人口動態調査)でメモリは右軸です。

合計特殊出生率の上限を1.7に設定してグラフを作ると、2006年の1.32から緩やかに上昇していることが分かります。

ちなみに、散布図で表現すると以下の通りです。

たった12時点ですが、相関係数は0.83、強い相関を示しています。

一番最初に提示されたグラフと見比べて下さい。受ける印象はかなり違うのではないでしょうか。

日本は今、就業率も高まっているし、特殊出生率も上がっています

このデータからして萱野稔人さんの「女性が「キャリア」と「子育て・出産」を両立できず、どちらかを諦めてしまう。結果的に出生率が下がってしまう。」というコメントは的外れだと言えます。


なぜ提示されたグラフは2006年から始まるのか?

ところで、なぜ提示されたグラフは2006年が起点なのでしょうか。2005年には、いわゆる1.26ショックと呼ばれる合計特殊出生率の過去最低の落ち込みがありました。

せめて時系列でデータを推移させるなら、そうした重要な時点を含めた推移を見たいところです。

そこで1973年(沖縄復帰以降)から2017年までの歩みをグラフで表現してみました。

1984年以降、一貫して減少し続ける合計特殊出生率は、やがて2005年を底打ちにして、緩やかに戻ろうとしています。

就業率は緩やかに上昇し続け、1991年ごろから横ばいが続いています。やがて2004年ごろを境に再び上昇し始め、安倍政権以降、一気に上昇して行きます。

散布図では以下の通りです。

〜2003年ごろまでは、合計特殊出生率と就業率は負の相関関係にあったと思われます(左上から真ん中下へ)。それが2004年〜2005年から、正の相関係数を示し始めました(真ん中下から右上へ)。

恐らく他意は何ら無いのでしょうが、それより以前のデータで作成していたら面白い(Unique)報道になったと思うのに。残念です。

それとも、最初から伝えたいストーリーがあって、その意に沿わないデータは不要だったのでしょうか。


女性の就業率と合計特殊出生率の関係

萱野稔人さんが女性の就業率・合計特殊出生率を含めた男女労働問題に詳しいとは思えず、恐らく台本に則って言わされただけだと考えますが、それにしてもトンチンカンなコメントでした。

「日本は出生率が低いと言われていて、その原因として女性の就業率の低さが上げられる。」

と言われて「???」となった人も多いと思うので、最後に2つの指標の関係を整理しておきましょう。

実はデータ的は「就業率が高いと出生率も高い」と言われているのです。言い換えると、就業率が低いと出生率も低いのです。

そもそも女性の就業率と合計特殊出生率はOECD諸国のデータを見ると、1980年以前は負の相関関係にありましたが、1980年代を経て1990年代以降、正の相関関係に転じました。

以下の図は内閣府男女共同参画局の資料からの抜粋です。2000年において2つの指標は正の相関関係にありました。

時間軸で見ると、以下のように変化していることがわかっています。

その理由として資料では以下のように説明します。

このような変化が起こってきた背景としては、女性労働力率が各国ともに上昇する中で、日本やイタリアのようにほぼ一貫して合計特殊出生率が下がり続けている国と、1980年代半ば以降、米国やオランダ、ノルウェー、デンマークのように出生率が回復してきている国とがあることによるとみられる。

就業率と出生率の因果関係までは不明(正確にいうと適切な因果推論が描けておらず理論的根拠は曖昧)ですが、実際にはなんらかの相関関係が窺い知れます。この関係が1980年代になんらかの理由で変化があって、負から正へと転換されているようです。

これらのことから、少子化対策としても労働力不足を補うためにも、女性の就業支援は極めて大切だと言われています。

萱野稔人さんは「このまま就業率が上がっても、出生率が上がらなくなると、少子化対策として就業率の上昇が有効ではないと思われる」と発言されましたが、2005年を境に、他OECD諸国と同じように正の相関関係を示し始めたので、政策的には何も問題ないと考えている官僚は多いはずです。


正の相関関係は単なる疑似相関?

こうした風潮に待ったをかけるのがドイツのマックス・プランク研究所研究員であるKögel氏らです。Kögelは2004年に以下の論文を発表しました。

abstractを読んでいただければ分かりますが、氏らは「OECD諸国内で女性の就業率と出生率の関係は現在も依然負の関係」「女性の労働力参加の増大は出生率の低下と結びついているが、その関係は1985年以降に弱まった」と主張しています。

要は、2つの指標の相関関係は見せかけの正の相関という可能性を示しているのです。見せかけの相関をもたらす変数として、シカゴ大学山口一男教授は「労働市場で柔軟な働き方ができない度合い(=仕事と家庭の両立度、フレックス制や託児所併設等の職の柔軟度)」と説明されています。

その詳細は「女性の労働力参加と出生率の真の関係について: OECD 諸国の分析」(山口先生)に詳しく書かれています。

要は、次の2点です。

①女性の就業率の高さは依然として低い出生率と結びついているけど、女性が柔軟な働き方ができると出生率は増加する。

②女性の就業率増加の出生への負の影響は、柔軟に働けるほど減少し、その効能が十分高ければ負の影響は0になる。

第3の変数が邪魔をして、実は負の相関にあるのに、正の相関にあるように見えてしまっているようです。

少し前に「原因と結果」の経済学という因果推論の本が流行りましたが、ここで取り上げている山口先生の論文やKögel氏の論文も、その延長線上だと捉えればいいでしょう。

時間がある方は論文を、ぜひご一読ください。下手なビジネス書よりこちらの方が面白いですよ。


たった1時間調べればわかることを報道しないメディアにどんな価値がありますか?

フジテレビ、および萱野稔人さんも、どうせ報道するならここまで報道して欲しかったです。こんな話、たった1時間ほどググれば見つかりますし、整理できます。

金曜日の疲れた夜、ニュースを見てるビジネスマンに1時間の情報整理は難しくても、それを代わりにやる機能的価値がメディアにあるから、みんなニュースを見るのでしょう。

こうした情報を調べられないほどに報道機関の調査能力は低下しているのでしょうか? それとも、ここまで調べた話は視聴者にはわからないと思っているのでしょうか?

切込隊長こと山本さんが以前、池上問題を取り上げ、以下のようなコンテンツを書かれています。

たぶん本件についても、ある程度は同じ構図なのではないでしょうか。

萱野稔人さんに何の罪もなく、事前に作られた台本を読み上げただけだったのではないかと感じています。だとしたらコメンテーターは単なるシンボルでしかなく、立派な肩書きがあれば済むのです…。

一方でちゃんと自身の知見に基づいてのご発言なら「もう少しちゃんとやって欲しい」の一言に尽きます。

そう、そろそろ「ちゃんとして欲しい」。これに尽きます。

時間がない、経費がかけられない、そんな理由でコンテンツの中身がどんどん薄くなっていく。その薄さに耐えられなくなって、読者がどんどん離れていく。すると、ますます時間も経費も削減されていく…。

果たして、それでいいんでしょうか。本件も完璧に調べ尽くしたわけではなく、専門家からすると「浅い!」と喝を入れられそうな内容ではあります。ちゃんとすることの難しさを痛感しますし、フジテレビのような大メディアの予算からすれば、もっと大人数で、時間をかけて調査できるはずなのになぁ…と思わざるえません。


データ分析って楽しい!

とまぁ、こんなことをつらつら書き連ねておりますが、基本的には「データを使って社会現象を読み解くって意外と楽しい!」ぐらいの感覚を抱いていただければ幸いです。

ちなみに上記本では、オープンデータを使って様々な社会事象を読み解き、いかにバイアスを持って判断しているかを明らかにしております。

書籍のお題を挙げると…

・「世界から愛される国、日本」に外国人はどれくらい訪れているのか

・なぜネットと新聞・テレビで支持率がこんなに違うのか

・結局、アベノミクスで景気は良くなったのか

・東日本大震災、どういう状況になれば復興したと言えるのか

・経済大国・日本はなぜ貧困大国とも言われるのか

・人手不足なのにどうして給料は増えないのか

・海外旅行、新聞、酒、タバコ…若者の◎◎離れは正しいのか

・地球温暖化を防ぐために、私たちが今できることは何か

・糖質制限ダイエットの結果とデータにコミットする

・生活水準が下がり始めたのか、エンゲル係数急上昇の謎

経済問題からダイエットまで、幅広くデータで読み解いております。書籍で見かけたらぜひ立ち読みして頂き、面白かったらぜひお買い求めください!

以上、お手数ですがよろしくお願いいたします。

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