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 どうやら姉に彼氏ができたようで、私は太陽が西から登ってきたかのような気持ちになった。いつかこんな日が来るだろうと、小学生くらいの頃から考えていたが、中学生になっても、高校生になっても訪れなかったので、じゃあ一生訪れないのかと思って、そんなことも考えなくなっていた日に、いきなり訪れた。

 相手は普通の人だった。趣味の話で盛り上がって、付き合うことになったらしい。姉と同い年で、29歳で、定職に就いておらず、バイトマンらしいが、そういうのは抜きにして、普通の人だった。

 実家に帰った時に、姉に服を借りようと思って部屋に侵入した時、ちょうど姉は彼氏と話している最中だった。彼氏のことは気にせずに私は姉と会話していたけど、そのまま彼氏とも会話することになって、大学生になって初めて、「姉の彼氏と会話する」というイベントが発生した。

 優しい声をした男性だった。声優志望らしい。姉を愛している感じがした。姉の妹だから、私にも親しい気持ちを抱いてくれているようだった。

 結局服は借りずに部屋を出て、姉は引き続き彼氏と話していた。

 なんだかモヤーっとした気持ちになった。姉に彼氏、姉に彼氏、姉に彼氏……?

 姉が世界で一番愛しているのは私だと思っていたが、違ったのか。いや、違うことは無いと思うけど、私と同時に、彼氏のことも愛しているのか。それなら、男性じゃなくて、いいじゃないか。てっきり姉は彼氏じゃなくて彼女を作ると思っていた。その方が、私も安心だったのに、どうして、男の人なのか。女の人に姉を取られるより、男の人に姉を取られる方が嫌だ。

 姉は、彼氏のためにクリスマスプレゼントを手作りしたそうで、嬉しそうに見せてくれた。何を手作りしていたかは言いたくないので言わないが、正直、ダサかった。手作りするより、オシャレなブランドで買った方が、よっぽどいいと思った。手作りの何かなんて、かなり上手く作らない限り、シロウト感が溢れ出て、芋臭い。そんなものを彼氏に使わせるなんて、どうかと思った。でもきっと、あの彼氏なら、めちゃくちゃ喜んでくれるんだろうなと思った。姉が手作りしたプレゼントを、大事に使うんだろうなと思った。余計に悲しかった。私は、姉から貰った羊毛フェルトのぬいぐるみを、飾らずに無造作に袋に入れて段ボールにしまってある。きっと姉の彼氏は、飾っている。姉も、彼氏からもらったらしい絵を、飾っている。ピンク色の髪の毛をしたキャラクターが微笑んでいる。アラサーなのに、中学生みたいな恋愛をしている姉と、姉の彼氏が、たまらなく憎くて、羨ましい。

 姉の彼氏は東京に住んでいるから、最近、姉は彼氏に会いに東京まで来た。東京なんて、私に会いにくる以外の目的で来たことないのに。東京に来て、私に会わずに帰って行った。母親から、ニコニコで帰宅した姉の写真が送られてきた。サンシャイン水族館で買ったらしい、コツメカワウソのぬいぐるみを抱いていた。買ってもらったんだなあと思った。姉はいつも私のお姉ちゃんで、なんでも私に買ってくれていたから、姉にも何かを買ってくれる人ができて、よかったなあと思った。涙が出た。姉には頼れる人がいただろうか。いつもみんなのお姉ちゃんで、妹の面倒を見て、親からも頼られて、姉が甘えられる人は、人生で何人いただろうか。

 姉は、最近の私のことを心配していた。私は私生活がゴタついていたので、しばらく実家に帰ったり、友達の家を転々としたりしていた。ようやく落ち着いたけれど、なんだか精神が不安定で、幻聴を聞いた。姉によく似た声が、意地悪そうに私を呼ぶのだ。やめろ、と私は言った。なんで?とその声はより近く私に問いかけた。うるさい、と言うと、奇妙な音が耳で鳴った。聞こうと思えば言葉に聞こえるような不気味な音だった。聞こえない、聞こえないと私は言って、顔をブンブン横に振った。声は聞こえなくなった。全身が痺れていた。すぐに姉に電話すると、私の話に呆れていた。なんだか安心した。怖い夢を見ると、決まって私は姉の部屋に行って、一緒に寝ていた。

 姉に彼氏ができたからと、変に構えたのは自分だった。姉はいつでも姉で、大好きなお姉ちゃんで、ずっと変わらない。



もこ