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はじめまして。

とポと現れて、グダグダジメジメと、たった一つの事柄をこねくり回してようやくお話しする、という話法……?を用いた、自己紹介になっていない自己紹介文を掲載し、電撃デビュー!を果たしてから、ようやく1年が、過ぎました。ごきげんよう。お休みをいただいた関係でお久しぶりになっておりますあやめでございます。今回はアニバーサリー回ですヨ。つまり豪華ということです。長いです。先に言いました。お時間よろしいでしょうか。

と、このように話を逸らせて何千里、これまで皆様には「で、何を言いたいンだい?」というお顔を何度もさせてしまったことでしょう。ですが、ここまで辛抱づよくお付き合いいただいた皆様にはバレバレなように、私は大事なことほど、また、照れくさくなればなるほど、ちょっとふざけて、持って回った話し方を、言い回しをしないと、話せなくなってしまう「はにかみ屋さん」でありますから、ご容赦いただきたい、のです。傲慢です。駄文です。蛇足です。だから長くなるんです。わかりにくい文章です。分かってはいるのです。

この1年、やらせていただいて、1年経って、ようやく、それでも満足に堂々とできる訳ではないのですが、マア人に見せられるレベルにはなってきた、そんなタイミングで自己紹介を、こんなところで改めてしてみようと、電車の中で思いました。もうたくさん!というほど知っているのに、紹介するのです。面白いでしょう?面白くないことをわざわざ取り立てて面白がるのが私のポリシーなので、面白くないわけが、ないのですよ。おっと、2年目に突入した私はいささか強気ですね?

私の名前はあやめです。お花のアヤメとは関係があんまりありません。生まれたのは2月ですから、アヤメの見ごろでもなんでもありません。あんまりどころか、全然関係がないと言っても良いのかもしれません。でも私自身では、あの凛とした感じやら、紫色の高貴な感じやら、ツンとしている感じやら、でも群生?みんなでぎゅっと集まって咲いているかわいらしさやらが好きなので、関係があるんだ!と思っています。我が家の庭にも植わっています。自分で自分をツンとしているとか、かわいらしいとか、間違ってもそういうことを言いたいわけではないのです。ああいうふうになりたいな、私とは全然違くてかなしいな、と、こうです。持って生まれたものと、全然違うものに、人は憧れるのだと、思っています。現に私はヒョロヒョロ、頼りないガリガリの、不格好な見た目をしているのですが(※個人の感想です)、筋骨隆々、ムキムキな人に憧れを抱いています。どうでもいいですね。蛇足。思えば私は、蛇みたいな、とぐろ巻いてシャー!と、全くなつかないヤな生物でしょうね。そう思うと「蛇足」なんて、なんて皮肉でしょうか。

あやめという人間は、日本文学科、というところに所属しています。3年生からは、近代文学をやらせてもらうことになりました。明治というよりは昭和の頭ごろに興味がありますが、変わるかもしれません。つまり、すごく!やりたい分野、が決まっていません。ふんわり、たぶんコレが一番すきだな、と決めたので、あまり決定的なことはいえません。どうなるのか。それは私が一番わかりません。

あやめという人間は、日本文学科に、あるいは日本女子大学に、狙いを定めて受験してきた人では(すごく申し訳ない、けれど事実なので恐る恐るお知らせすると、)そういう人ではありません。大学受験の話……はまた別の回でじっくりするべきだと思うので踏み込みません。……と、このように大事なことをフイと言ったり言わなかったりする悪癖を持っています。さて、しかし、日本文学科というところが私の性質に合っているようで、居心地がとても良い、ということも、大きな声で言えます。そう!と思って入学したひとでなくても、とても良いところ、と納得できる、そして満足できる、充実した、そういう場所だと思って、通学しています。

あやめという人間は、このブログのテーマを、疑い深いけど、決定的な「証拠」がないために「ダウト!!!!」と決定的に言えない、モヤとするもの、「うそぉ?ほんとに?」と思われるもの、フィクションなのかノンフィクションなのか微妙なもの、このあたりに設定し、そうなるように書いています。でありますから、今回のこの自己紹介も、全部まっかな!ウソかも知れません。いや、ウソ、ではなく、「フィクション」ですね。……どうですか?善良なあなた、あなたといえども、私という存在を疑ってしまいますか……?疑えたあなたは、「日本文学」という学問の扉が開いている、と私は思います。文学の世界に、一歩、勇気をもって、踏み込んでみては如何でしょう。勧誘でした。勧誘は、まあ、とりあえずさておき、いや、ほら、私は一応日本文学科「公式」ブログ部の部員でありますから、しかも「日本女子大学」に所属していますから、上記のように大学の雰囲気であったり、日本文学の勧め(すゝめ?)であったり、こういう宣伝であったり、こういうことも、きちんといつかはしなければならないんだろうな、と思って、それでこういう、挑戦的なことを言ってみたのです。いつもてきとうなことを言う、ではいけないと思ったわけであります。おりしも?今回は入学したての皆様がご覧になるようなタイミングでもあります。まだ二日目の大学生活、如何でしょう。さて、こういう挑戦的なことを、言いました。言ったのですが、しどろもどろで、魅力が伝わったかどうか、わかりませんね。下手な言い訳はこれくらいにします。あきれて画面を閉じないでください。さておき、こと、私あやめの記事に関しては、半信半疑くらいで読んでいただけるのが一番うれしいのです。……さて、皆様に唐突にクイズです。この言葉は「フィクション(作り話、と言い換えてもいいですが)」でしょうか?…ね?疑い深いでしょう?ふふん!したり顔をした私が、画面の向こうでニヤニヤしていますよ??あなたが迷って惑って困って頭を捻って、下されば下さるほど喜ぶ、やっぱり蛇みたいな私でしょうか。

あやめという人間は、「こういうこと」を、お風呂とか電車のなかとか、急に思いついて、書き殴って、ぐちゃぐちゃのまま、読者の皆様方にたたきつけて、でも逃げ足だけは速く、それでスタコラ逃げていく、そんな卑怯かつはにかみ屋(本日二回目)なのです。そして、こんなことばかり一人で考えている、(ちょっと、ほんのちょっと)陰気な、変な人である、と自分を評価しています。そういう自分で下した評価を、怖がってもいます。枠にはまらないところの多い、不良品だと思っています。自信が、ありません。でありますから、長々々々くらい長い文を、よせばいいのに、書きます。伝わるか不安なのです。自意識も過剰です。つまり、なぜ自己紹介ができないかと言えば、紹介できるような部分も、こんな自分を形容する語彙も、ないからでありました。一年前にわたしの自己紹介にならない自己紹介をみて、モヤ、とした方は今、ここにいらっしゃるでしょうか。今回、アレの答え合わせができましたね。こんなつまらない答えでごめんなさい。冷めちゃいましたか、それとも、「覚」?「醒」?ああアホらし、付き合ってらんないぜ、そう思いましたか……?

ヱ!ほんとに思ったの?あ、あー、えっと、その、そ、それは、困ります、ね、嗚呼、こんなことなら、しゃべらなければよかった、あーあ。……あーあ!私はなんてバカなんだろう!そんな後悔の涙で今日も、私の枕は富士山くらい軽々超えるほど、高く高く浮きます。あなたのせいですよ!!グスン。

あやめという人間は、しかし、自分のこういう、「変」なところを、ある意味で誇らしく、面白く思っています。私らしい、といえば、変、だと自負しています。この程度では「変」とは言えないとおっしゃるあなたとは、多分お友達になれるでしょう。お手紙下さいね、なんて。ほらね?また冗談。照れたんです。皆様には、私がどこで冗談を言ったのか、間違い探しでもするみたいに、挑むみたいに読んでもらえたらいいな、と淡く思って、そんな風にブログを書いています。きっとあなたも、こんな「変」さをおもしろく思って読んでくださっているのでしょう?そうでなければこンな(無意味な)長文読んでいられません、時間に追われる現代人、忙しい忙しい、そんな貴重な時間を割いて読んでくださって、本当にありがとうございます。だから私も、張り切ってそのお気持ちにお応えしたいと思って、カラカラの脳みそをバリバリいわせながら、無い案を絞り出して、どうにか「面白く」しています。お許し、お赦しください、ご容赦を、お慈悲を……消えかけの声でお伝えするほんの蛇足でございますが、江戸時代の昔に一揆をおこした農民たちは、お上の御偉方にご容赦をいただくために、わざと農具を持って、「いやしい恰好」で、訴えをしていたとかいないとか。

あやめという人間は、今年も変わらず、つまり2年目もこのスタイルに変化をつける気持ちがありません。このままダラダラグダグダ、私の思うありったけの「変」、あるいは「(奇)妙」……「妙」ですとなにやら「良いもの」のようでもあるので、やはり「変」でしょうか、これを詰めた話をする、そういうつもりです。「面白い」に命をかけています。決して「面白くない」ことは、したくない、と思っています。そんな自分の態度を、ちょっとやりすぎだな、とも思っています。それこそ「変」です。ですが、面白いことが好きなのです(面白い、の価値・基準がちょっとずれているとか、そういったご指摘は、今はさておいておきませんか?)。ですから、いくら「変」でも、しょうがないのです、好きなので、そして、頑固なので、さながらしつこい油汚れです。

あやめという人間は、「中の人」という概念をもってやっています。

あやめという人間は、大事なことに限って全然喋りません。無駄なことはツラツラ、台本でも読んでいるかの如く長台詞をしゃべるくせに、大事なことは、たくさん話すのが照れくさいから、全然キチンとお話しできない小心者です、わるいこです。

あやめという人間は、この4月に3ねんせいになりました。

あやめという人間は、今度しりとりならぬ「頭とり」をやろうとしています。

あやめという人間は、飽きると全然集中しません。最悪、ということです。これらの性質から、文が短くなってきたら、それは大事なことを言っているか、それか、飽きて来た証拠です。つまり、飽きました。

こんな私の駄文を、まだ、懲りずによむのですか?(チラ、と上目遣いの、残念ながら醜女の、若さに任せて頑張って、そんな命懸け、懸命な、「可愛い(kawaii)」顔)(身内(妹、我が家の「良心」でもあります)に試しにわざわざ私のブログを読ませてみたところ、大ウケでした。さて、この事実に、あなたは、「フム、ならばまあいいものだろうかな?」とおもわれるか、それとも、「身内(妹)に読ませて強引に良い反応を引き出させる卑怯な奴だ」とおもわれるか、「かぞくにしかほめてもらえなかったのね……(憐みの目)」とおもわれるか、いずれでしょうか)

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