海の外に吹く風まかせ
明日なにが起こるかわからない。
拙作映画「フローレンスは眠る」が突然、海を渡ることになった。
来月(2017年5月)、ロサンゼルスで開かれる映画祭に、正式出品作として選ばれた。
『New Filmmakers Los Angeles Monthly Film Festival』
という映画祭。日本ではまったく知られていない。ぼくも知らなかった。
実はエントリーされていたことさえまったく知らず、いきなり「Congratulations!」とメールを頂いた。
あわてて調べたところによると、毎月、世界中の新人監督の作品を紹介し、配給業者やスタジオ、製作会社との交流を促すという目的で開催されている。そのうえで年に一回、選ばれた作品の中からベストアワードをきめるという映画祭。今年で10年目になるそうだ。
とりあえず<英語字幕版>を作っておいてよかった。
「映画は国際言語である」
という言葉を盲信し、前作「369のメトシエラ」を作った時も<英語字幕版>をつくった。英題は「The Neighbor」とした。
映画祭にエントリーというよりも、直接海外の劇場にかけてみたかった。他の国の人たちが、極めて日本的な映画をどう受け取るのかが知りたかった。
とりあえずは映画大国アメリカ。ロスでお世話になっている方に相談した。
「中国や韓国にくらべて、日本人社会なんて針の先ほど小さい。アメリカでは超がつくマイノリティです。白人社会の真ん中で挑戦しなさい」
と励まされた。
どうせ最初から無謀。その言葉を鵜呑みにして、ウエストハリウッドの劇場を開けてもらった。
そこは100年近く続く老舗のシネコンで、オーナーから
「宣伝はどうするんだい?」
と、きかれた。まったくコネもルートもない。
「LAでは”LA Weekly"と”LA times"の劇評が影響力がある。そこの編集部にDVDを送ったら?」
毎週のように新作がたくさん公開されている土地柄だ。わけのわからないアジア映画が相手にされるわけもないが、他にあてもないので編集部に送った。
結局、日本と同じ方法をとることにした。皆で手分けして、チラシ手配り大作戦。
「This is Japanese film I made」
ロサンゼルスで行き交う人に、テキトーな英語をまくしたて、映画のチラシを配った。けっこうみんな受け取ってくれる。やはり映画の街、映画好きは多いのかもしれない。
さらに大学の映画学科を狙った。ロスにある大学には大半、映画学科がある。そこで勉強をしてる学生――若い人たちにこの映画を観てもらいたかった。どんな感想を持つのか、それが知りたかった。
UCLAを始め、ロス市立大学、AFI、などなど毎日勝手に忍び込み、学生にチラシを配る。
ときおり警備員や大学教授、事務局員に誰何された。
「チケットを売らなければかまわないよ」
とんでもなくおおらか。日本じゃ考えられない。いい国だな、アメリカって。
カリフォルニア州立大学ノースリッジ校に忍び込んだ。映画学科にはおそろしく立派で大きな劇場が建っている。
同じようにチラシを配っていたら、スタッフが青い顔をして、ケンジとぼくのもとにやってきた。
「大変です! 学部長という方が、これを配ってるのは誰だ、呼んでこいって…」
学部長!? さすがにヤバイと血の気が引いた。
観光ビザだし、強制送還かもしれない。目の前が真っ暗になった。
呼ばれた部屋に入ると、年の頃は60前、恰幅の良い白人男性がぼくらのチラシを眺めている。
たぶん青ざめた顔色をしていたであろうぼくたちを振り返ると、彼はチラシの写真を指差し、
「Nice Looking!」
と云われた。
「は?」
「これは、いい絵柄だよ!」
どういうこと?
「お前たちは何ものだ? うちの大学生か?」
ぼくたちはこれまでの経緯を正直に説明をした。
すると彼は、
「いつまでロスにいる?」
と、聞いてきた。
「来週はいるんだな? じゃあ、この映画をうちの学校で上映し、特別講義をして欲しい」
あっけにとられるとはこのことだ。
拙作が急遽、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校の「国際映画」という授業でかかることになった。
当日になって、授業を担当する教授にご挨拶に伺った。すると彼女は開口一番、
「見たわよ、LA timesに劇評が出てたじゃない! 素晴らしいわ!」
と、叫んだ。
ダメモトで編集部に送ったDVDが、なんということか、前日にLA times、LA weeklyの両紙に劇評が掲載されたのだ。劇評はweeklyの方はボロクソ、timesの方は好意的な記事を書いてくれていた。まったく意見が違うところが面白い。教授はそれを読んでいたのである。
「だから今日は本当に楽しみにしてたのよ」
劇場は本当に立派な施設で、それまでかかったどの劇場よりもいい設備が揃えられていた。
学生が集ってくる。4~50名はいただろうか。アジア系の学生は一人もいなかったようだった。
「アメリカ人というのははっきりしています」
同時通訳をしてくれた女性が教えてくれた。
「面白ければ、見終わったあと質問は止まりません。でも面白くなかったら、誰も質問せず、すぐに終わります」
脅かされたぼくたちは上映中、緊張しすぎて中にいることができず、カフェテリアで学部長とお茶を飲んでいた。
気もそぞろなぼくたちを前に彼は、
「北米での配給は決まってるのか?」
と、聞いてきた。
「おれの妻がDVDの配給会社にいるんだ。もし必要だったら紹介するよ」
彼はその場で電話をしてくれた。その時はここに、と番号と名前を書いたメモをくれた。
アメリカの映画関係者というのは、人脈をとても大切にする。すぐに知人を紹介してくれる。インディーズの連中は特にみな優しい。お互いが協力しあおうという土壌があるのかもしれない。
新聞の記者といい、学部長といい、教授といい、自分たちの空想以上の出会いや出来事もある。
予測不能とはこういうことをいうのだろう。
しかし、待っていてもなにも起きはしない。人間社会の化学反応は、自ら動いてこそ起こるのだ。
ノースリッジ校での特別講義は、とてもありがたいことに盛況で終わった。学生たちは映画のことだけでなく、日本のこともずいぶん質問してくれた。なかには初めて日本を知ったという学生も少なからずいた。比較文化を専攻する学生にとっても外国映画は勉強になるのだそうだ。
「アメリカで撮影する時は、ボランティアでも手伝いたい」
そういってくれた学生もたくさんいた。
質疑は2時間過ぎても終わらず、教授が締めた。
ほとんど友だちもいなかったぼくたちにも、ずいぶん仲間が増えた。
来月は久しぶりにLAに行く。
ぼくたちの映画の上映は、5月13日(土)18:30から。場所はLAダウンタウンのサウスパークセンター。映画祭この月は「アジア映画」の特集だそうだ。
ぼくたちにとって次に繋がるためには、配給業者や投資家、または製作会社とのパイプをつくることがいちばん大切なことだと、常々考えていた。こうした機会を与えてもらえたことは、本当にうれしい。
いちおう、レセプションとか上映後はQ&Aがあるそうで、iPhoneのグーグル翻訳が大活躍しそうな気配。今回はなんと評されるのか、やっぱりドキドキしてはいるんだけど。
↓こちらが映画祭のHP。「フローレンスは眠る」の英題は「Where Florence Sleeps」です。
https://www.newfilmmakersla.com/events/event/monthly-film-fest-may-13th-2017/
なにかあるかもしれないし、何もないかもしれない。
明日、どんなことがあるかなんて誰にもわからない。
不安もある。でも、わからないから面白いと、開き直ってもいいはずだ。
明日は明日の風が吹くもんさ。
(2017年4月8日記)
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