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韓国映画「君の誕生日」と「KCIA 南山の部長たち」をめぐって(Ⅲ)

ニッポンはいつまで上等国民のつもりか?

「君の誕生日」は、作品の背後に、朴槿恵(パク・クネ)元大統領の秘話が隠されていたことは前回までお話してきたとおりです。

今回の「KCIA 南山(ナムサン)の部長たち」(2020年)は、朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領がターゲットとなる暗殺秘話です。

KCIA南山の部長たち公式サイトdownload

「KCIA 南山の部長たち」ストーリー
イ・ビョンホンが主演し、1979年に韓国で起きた衝撃的実話を映画化した。迫真のサスペンス。KCIA(韓国中央情報部)の部長は絶対的権力者である大統領を敵に回す。

(WOWOWの番組解説より)

朴槿恵氏と朴正熙氏は親子の間柄ですから、「君の誕生日」「KCIA 南山の部長たち」を関連させてお話しようとすると、どうしても“父と娘の負の連鎖”に触れることになってしまいます。

それだけだと誤解されそうなので、一言お断りしておきます。

テレビのワイドショー(TBS系「ひるおび」ほかの情報番組)は、“嫌韓意識”もあらわに、「韓国の大統領って、どうしてみんな末路が哀れなんでしょうね」などとしたり顔で言ったりします。

来年3月の韓国大統領選の行方を占う際にも、与党=進歩系候補は有名女優による不倫告発と市長時代の部下たちによる不動産不正疑惑と親族の不祥事が明るみに出され、野党=保守系候補は検事総長時代の職権乱用と配偶者が学歴詐称や元ホステスだったという疑いにより、相互に非難合戦を繰り広げているといった様相は、たしかに韓国メディアが連日報道しているとおり、国民が白ける政治家の劣化状態だと思います。
(新年が明け、野党=保守系候補は支持率低下のため選挙活動を一時中断するというニュースが流れてきました)

でも、それを「これはもう泥仕合、みっともないですね。政策論争ができないんですかね」などとテレビ司会者がコメンテーターの意見を引き取って、次の話題にさっさと移っていくという捨て台詞とも取れる進行は、どうしても腑に落ちないのです。(☛)

(☛)“仮病”で辞任したアベ元首相のフェイク答弁、公文書改ざん、モリカケサクラ疑惑などにはフタをして、ただひたすら権力者のご機嫌をうかがう、といった我がマスメディアのほうが卑怯で「みっともない」と思うのですが、これも“内憂外患”という古典的な手法なのでしょうか。

(☛)昨年12月19日に放送されたTBS「報道の日2021」は、往年の“報道のTBS”を取り戻すべく力の入った9時間番組でしたが、“元首相の犯罪”については残念ながら完全スルーでした。
なお、同じTBS系の「サンデーモーニング」は、昨年11月の1週だけ視聴率ランキングから外れましたが、12月最終週まで13~14%台を確保し、健闘していたことだけは言い添えておかないといけないでしょう。

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(↑)TBS「報道の日2021」の全面広告(2021/12/19朝日新聞)

そうしたマスメディアの韓国に対する“無邪気な”差別感情、そして、あたかもニッポンが(実は経済・IT技術・芸術文化のいずれの面でも韓国より下位にあることを直視できずに)韓国より上等国民であるかのようにふるまう愚かな“上から目線”は断罪しつつ、また、かく言う自分のなかにひそむ“内なる差別”をもたえずチェックしながら、「KCIA 南山の部長たち」にまつわる二、三の事柄についてお話ししていきたいと思います。

韓国大統領~父娘の負の連鎖

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(↑)韓国大統領職を父娘の二代にわたって務めた朴正熙氏と娘の槿恵氏

繰り返しになりますが、朴槿恵(元)大統領の実父は、朝鮮戦争後に南北に分断された大韓民国を1963年から軍事独裁的に率いてきた朴正熙(パク・チョンヒ)氏です。

その朴(父)大統領が暗殺されるまでの40日間の権力闘争の内幕を描いた、イ・ビョンホン主演「KCIA 南山の部長たち」「インサイダーズ/内部者たち」のウ・ミンホ監督)を、娘の朴槿恵氏は観ようという気持ちにはなれなかったでしょう、きっと。

朴(娘)氏は、1974年に母が父の身代わりのようにして射殺され、その5年後にこんどは父が腹心の手で暗殺されるという、“悲劇の娘”でもあったわけですから。

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角田房子著『閔妃暗殺 朝鮮王朝末期の国母』

その朴大統領夫人の悲劇を目撃した生々しい証言がありますので、ここに転載します。
引用する箇所は、角田房子著『閔妃暗殺 朝鮮王朝末期の国母』(新潮文庫、1993年刊)のプロローグの部分で、駐韓大使をつとめた後宮虎郎氏に「ソウル時代の思い出の中で、いちばん印象の強いものは?」と著者が何気なく尋ねた折りの返答です。

「やはり、朴(パク)大統領夫人が射殺された事件ですね。あれは一九七四年の八月十五日、韓国では光復節(クアンポクチョル)と呼ぶ独立解放記念日の式典会場で起こった事件です。会場は中央国立劇場で、舞台は煌々(こうこう)とまばゆいほど明るく照明されていましたが、客席は効果をあげるためわざと薄暗くしてあって……、あの暗さは犯人にとって非常に好都合だったでしょう。/あの日は、各国の大使が招待されていましてね。私は二階の前から二番目の席だったので、舞台の上で起こったことはよく見えました」

暗殺者の文世光(ムンセグワン)が放った銃弾は、陸英修(ユクヨンス)大統領夫人(☛)の頭部に命中し、夫人は当日の夜死亡したのですが、著者は、この後宮氏の目撃談をきっかけに、1895年に李氏朝鮮王朝26代国王の高宗の妃である“国母”と慕われた閔妃(ミンビ)が日本の兵士、警察官、壮士ら複数によって暗殺された事件に関心を寄せるようになります。

(☛)追記:朴(父)大統領夫人の銃撃犯についてはのちに疑惑が持ち上がっていたようなので下欄に引用します。ケネディ大統領暗殺犯がオズワルドだったかどうか、いまだに論議されているのとよく似ています。(2022.1.7)

「一九七四年八月十五日、光復節記念行事で何度かの銃声が鳴って大統領夫人陸英修(ユギョンス*読みは異なる)女史が非業の死を遂げた。当局は、在日同胞の文世光(ムンセグァン)の銃による犯行だと発表したが、さまざまな機関や人が疑惑を提起した。二〇〇五年、MBCとSBSは各々二度の放映を通して、文世光ではない可能性もあることを具体的な事実と実験を通して提示した。」(『韓国現代史60年』徐仲錫著・明石書店・2008年刊)  

このとき、朴(娘)氏が、母親が撃たれる場面を目撃したかどうかはわかりませんが、“悲劇の娘” の姿がTVニュースで映し出されるたびに、うつむき加減で、憂いをおびた悲しげな表情がずっと気になっていました。

まるで、全身に暗い人生が凝縮されているように見えたものです。
(最近、釈放された朴槿恵氏には頸椎ヘルニアの持病があったと報道されていましたので、前屈みの姿勢はその病気のせいだったのかもしれません)

それに比べ、上掲写真の父と並ぶ娘時代の朴槿恵氏の顔は、なんと幸せに満ち溢れていることでしょうか。
保守派にかつがれた出馬とはいえ、大統領になるべきだったのかどうか…。
(最近、朴槿恵氏の妹である朴槿姈(クンリョン)氏が来年の大統領選に出馬表明というニュースを聞いて、なんだか妙に不安な気持ちになりました)

<メモ> 主な韓国大統領の系譜
●初代   李承晩 1948年7月~1960年4月 ※4・19革命で失脚し米国亡命
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●第5~9代 朴正熙 1963年12月~1979年10月 ※在任中に暗殺
:
●第11~12代 全斗煥 1980年9月~1988年2月 ※退任後に死刑→無期懲役→特赦
●第13代  盧泰愚 1988年2月~1993年2月 ※退任後に懲役17年→特赦
●第14代  金泳三 1993年2月~1998年2月
●第15代  金大中 1998年2月~2003年2月
●第16代  廬武鉉 2003年2月~2008年2月 ※退任後に捜査を受け自殺
●第17代  李明博 2008年2月~2013年2月 ※退任後に懲役17年の刑
●第18代  朴槿恵 2013年2月~2016年12月 ※退任後に懲役22年の刑
●第19代  文在寅 2017年5月~現職
(WEB百科サイト「ウィキペディア」のデータより作成)

KCIAが表舞台に躍り出た<金大中事件>

映画「KCIA 南山の部長たち」は、国内外の謀略工作を担ってきたアメリカのCIAにならって、KCIAと呼ばれた韓国中央情報部(南山地区にあった)が舞台となっていますが、KCIAの存在が日本でも知られるようになったのは、1973年の<金大中(暗殺未遂)事件>からです。

金大中(キム・デジュン)氏(のちに大統領となり北朝鮮との初の南北首脳会談を実現してノーベル平和賞を受賞)は、朴(父)大統領の軍事独裁主義に対する民主主義の旗手として、1971年の大統領選に立候補し善戦したわけですが、そのため、朴(父)氏の「政敵」と目され、身の安全が脅かされるようになっていきました。

金大中氏は大統領選の敗北後、交通事故を装った暗殺未遂事件をきっかけに、日本に半亡命し、東京・飯田橋のホテル(*)に滞在して、自民党の有力議員・宇都宮徳馬氏をはじめリベラル保守系の日本の要人と精力的に会談を重ねていました。

(*)その「ホテルグランドパレス」は開業の翌年に<金大中事件>の舞台となって全国に知られ、仕事で利用していただけに複雑な思いでしたが、昨2021年6月、コロナ禍の営業不振により49年間の歴史に幕を閉じました。

ところが、金大中氏は1973年8月、KCIAによって“白昼堂々”、ホテルグランドパレスから拉致され、KCIA工作船から海に投棄されかかる寸前、日本側の追跡ヘリに見つかり、KCIAは上陸後やむなく金大中氏を韓国の自宅前の路上に置き去りにしました。

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(↑)KCIAによる暗殺がまたも未遂に終わり、拉致から5日後に解放されて記者団に囲まれる金大中氏。(韓国中央日報より)

金大中氏は、股関節に重傷を負いながらも発見され、のちに足を引きずりながら歩かざるをえなくなる(工作船内での拷問によるもの)わけですが、解放直後に記者たちが集まり、会見で真相を暴露したのが<金大中事件>の全貌です。

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(↑)<金大中事件>の一部始終を映画化したのが、日韓合作の阪本順治監督作品「KT」(2002年公開/日韓合作/佐藤浩市、キムガプス、香川照之、在日韓国人2世の白竜らが出演/荒井晴彦脚本)ですが、日本のヤクザが極秘裏にKCIAの拉致に協力するなど事件の全体像が描ききれたかどうか、評価はわかれたそうです。


(つづく)


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