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【洋画】「ベルファスト」《第3章》~宗教紛争もイギリスという国も実に分かりにくいので

戦争は憎悪と復讐の連鎖によって起きる?

「カトリック教徒を追い出す」という映画「ベルファスト」のプロテスタントの憎しみは、いったいどこからきているのか。
 
その謎を解き明かすひとつの鍵が、プロテスタント教会の聖職者による説教のなかにひそんでいるように思えます。

「ベルファスト」の少年バディたち敬虔なプロテスタントの一家が日曜礼拝に出向くと、牧師は自派の正当性を激しい口調で説教し、人間の原罪とされる<七つの大罪>に触れる。牧師の口舌がカトリック攻撃を助長、煽動したのではないかと思わせる場面だ。(映画「ベルファスト」より)

プロテスタント教会の牧師は、プロテスタントを信仰しない者は「悪魔の道に進まざるを得ない」と信者に説いて、カトリックを攻撃し、バディ少年は悪夢にうなされるようになります。
 
わたしはカトリックの学校に通っていながら、キリスト教も、宗教全般についても、いまだに分からないのですが、バディ少年に対する牧師の説教は、一種の洗脳ではないかと思います。
 
それと、プロテスタントとカトリックのどちらが正義かというより、イスラエルとパレスチナの今もつづく紛争のように、結局は、長年の憎しみと復讐の連鎖によるものではないか……教義の違いというより人間くさい摩擦や対立から雪だるま式にふくれ上がった集団的な偏見や差別、憎悪や復讐心から、宗教組織や国家間の衝突が戦争という不幸なかたちになるのではないか。
 
まして、キリスト教は最大の宗教人口を抱える超大な組織です。
「The world’s religious population in 2020」によれば、全宗教(無神論者を含む)77億9千万人のうち31.3%を占める24億4千万人、多数派はカトリックだそうです。

カトリック教会で、なぜ性的虐待が起きるのか

ところで、ローマ法王庁の頭痛のタネは、しばしば報道されるように、カトリック神父の未成年者に対する性的虐待とか。
 
アメリカでは映画「スポットライト 世紀のスクープ」(トム・マッカーシー監督、2015年)、フランスでは映画「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」(フランソワ・オゾン監督、2018年)が公開され、悲劇の実態がよく知られるところとなりました。

最近もカトリック神父の性的虐待が明るみに。(2023/02/18 NHK「週刊ワールドニュース」)

また、この2月にはポルトガルのカトリック教会で、「聖職者が1950年からの70年間に10歳から14歳の少年に性的虐待をおこなった」ことが明るみに出ました。(同上より)
 
その要因としてよく挙げられるのは、プロテスタント系の牧師には妻帯が認められる(俳優・大竹しのぶさんの亡き父親が牧師だったというのは有名な話)のに対して、カトリック系の神父には妻帯が許されていないからとか、カトリック教会が保護者の目からも閉ざされている場であるとか、さまざまありますが、いずれにせよ、カトリックが監督が行き届かないあまりにも巨大な組織になってしまったことがいちばんの原因ではないかと思われます。

韓国にもキリスト教信仰が広く根づいており、映像作品のテーマとなることも多い。ドラマ「プリースト~君のために」(2018年)では、悪魔祓いに獅子奮迅の働きをする若き神父(扮するはヨン・ウジン)が、カトリックの総本山バチカンから自国の教区長までの指導(指示・命令)をもどかしく感じる場面。

宗教とその内紛は、外部からは分かりにくい

無宗教のわたしには宗教の存在意義が分からないし、まして創価学会と日蓮宗本部との決裂のように、宗教紛争は外部からひじょうに分かりにくいのですが、宗教史は「世界史」の教科書に載っている程度なら覚えています。
 
――ルターの宗教改革運動が起こり、カトリックを“腐敗堕落”と批判してプロテスタント(プロテスト=抗議の意)が生まれ、さらにピューリタン(清教徒)がアメリカに<自由と希望>を求めて渡っていった――。
 
ところが、20世紀も終盤に差し掛かったイギリスのアイルランド島北部で、かつての大英帝国が<国教>とした多数派のプロテスタント系住民が、あえて少数派のカトリック系住民<内戦>を仕掛けたのはなぜなのか、というところがどうしても分からない。
 
そこには両派が衝突した長い歴史があったようですが、『キリスト教の本』(1996年、学習研究社刊)を読んでも、結局、分からずじまいでした。

イギリスと北アイルランドの関係も、複雑だ

それに、宗教だけでなく、イギリスという国じたいがよく分からない。
 
映画「ベルファスト」の舞台となっているアイルランド島の北部に位置する北アイルランドは、イギリスの一地方なのに、島南部はアイルランド共和国(首都:ダブリン)。
ならば、アイルランド共和国は、名のとおり独立国かと思いきや、イギリスに属する自治領だと言うのです。
 
また、イギリスのEU離脱をめぐって、北アイルランドはイギリスに反してEUに残留したのに、南のアイルランド共和国はイギリスとともにEUから離脱……と、なぜそのような“ねじれ現象”が起きたのかがよく分かりません。
 
こうなったら、イギリスのオクスフォードに一家で滞在した古英語研究の先生に聞くしかないと思い立ち、映画「ベルファスト」の話題が出たところで、「そもそもイギリスはどういう地方から成り立っていて、北アイルランドとはどういう関係にあるんですか」と、尋ねてみました。
 
すると、ノートのはしにささっと書いてくれたのが、下の概略図です。

知人が書いてくれたイギリスの概略図と書き込み。

彼の話によれば、通称イギリス(英国)の正式名は「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」(略称UK)。

イギリスのパスポートには、たしかに<UNITED KINGDOM――>と刻印されていた。これは韓国のサスペンスドラマ「キマイラ」(2021年)のワンカットで、連続爆破事件の犯人に疑われたイギリスの医師があわや本国に強制送還されようかという際に渡されたパスポートと航空チケット。彼を追う刑事役の「刑務所のルールブック」「イカゲーム」パク・ヘスも飄々としてよかったが、「南山の部長たち」に出演した暗い目の医師役イ・ヒジュンの熱演が光った。

つまり、イギリスは、「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」(あれっ? 南のアイルランド共和国ではなく北アイルランドとの連合!?)という連合体であって、首都ロンドンがあるイングランド、それにスコットランド、ウェールズ、北アイルランド、アイルランド共和国で構成されているとのこと。
 
ここで頭を整理してみると、北アイルランドは、たんなる一地方というより、イギリスに組み込まれながら、もともと独立志向の強い地域で、カトリックとプロテスタントの信者が共生する一方、南のアイルランド共和国は、ほぼ全体がカトリック、イングランドウェールズはほぼプロテスタント、最後のスコットランドは国教会派が多数でカトリックがそれに続き、イスラーム教など他の宗教信者も多いというぐあいに、<イギリス>全体では信仰する宗教・宗派がまだら模様のように入り組んでいる国家ということのようです。

「権力に屈しない姿勢は私たちの歴史だ」

でも、どのような宗教・宗派であったとしても、<生>を祝福し<死への怖れ>を鎮め、<善行>を説いて<悪行>を戒めるものだとすれば、<闘争>を煽ることなどもってのほか。
 
闘うべき相手は、国家や組織の権力者のはずです!
 
今年に入って大規模に行われているフランスの「年金改革反対デモ」に参加したパリの小学校教員シルビー・アマンタさん(59歳)は、こう言っています。
 

「フランスでは街頭で声を上げて獲得してきた権利がある。権力に屈しない姿勢は私たちの歴史だ」

2023/2/15付朝日新聞・宋光祐パリ支局長の記事「仏の「街頭政治」届くのか」より

(つづく)


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