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私のサッカーノート/#24 牧原 玲奈(東海第一代表 中京大学)

①サッカーとの出会い
私は5歳の時に兄の影響でサッカーを始めました。小学生まで男子のクラブチームでプレーをしていましたが、ついていくのに必死でサッカーを楽しめない時期があり、1か月くらい練習をサボることがありました。それでも辞めることはなく、中学時代は名古屋の女子のクラブチームに入団。周りの子たちが上手で最初はついていけるか不安でした。でも、練習を重ねるにつれてしっかり技術が身に付きました。試合ではゴールを奪えるようになったことが嬉しくてサッカーが心から楽しいと思えるようになりました。
高校時代は女子サッカー部に入部。苦い思い出は朝から始まる1500m走とサーキットトレーニング。毎日憂鬱でしたがそのおかげで今の私は試合でハードワークできる選手になりました。また、入学当初はほとんどの部員が未経験者で連携プレーをとることの難しさを痛感しました。キャプテンとして何もできない自分の不甲斐なさに挫折したこともありましたが、2年後に創部初の東海大会出場したことは今でも私の誇りと自信です。卒業後は進学と就職で迷いましたが、母や仲間、顧問の後押しもあり今でも大学でサッカーを続けることができています。とても感謝しています。

②大学生活と大学サッカー
最初は不安だった大学生活も残り約4ヶ月。入学当初は慣れない一人暮らしや課題に追われる日々でしたが、大学生活では部活が一番充実していました。私は毎年、大事な時期に怪我をしていて何度も悔しい思いをしたし、自分の弱さに苛立つこともありました。なによりも一番悔しかったのはあと一歩のところでインカレ出場を逃したことです。本当に悔しかった。もう二度とあんな思いはしたくない。だから、私は絶対に自分の代でインカレに出場すると強く決心しました。
しかし、コロナで新チームのスタートが遅れ、チームはなかなかまとまらず良くない状態が続きました。それでも『インカレに出たい』という気持ちだけはみんな同じ。たくさん話し合い、チームの目標を改めて再確認しそのための準備をコツコツと積んできました。すべてはインカレ出場のため。迎えたインカレ予選では首位に立ち、私が入学当初から目標にしていたインカレ出場の夢がやっと最後の年で叶いました。
私はこの自粛期間を経て多くの人の支えがあって、当たり前にサッカーができていることに感謝の気持ちでいっぱいです。インカレでは中京大学らしい全力のプレーでチームの目標を達成します。

③将来のビジョン
大学卒業後は中学時代に所属していた名古屋のクラブチームでサッカーを続けます。私を育ててきてくれた愛知県にサッカーで恩返しをしたいですし、もっと女子サッカーを発展させていきたいです。卒業後もしっかりと目標を設定し、常に向上心を持って日々取り組んでいきたいです。きっと今まで以上に上手くいかないことばかりだと思いますが、サッカーを楽しみながら自分を成長させたいですし、先輩たちのプレーを見て多くのことを学びたいです。
また、サッカーと仕事の両立のために私生活では体調管理を怠らず、仕事は責任と自覚を持って行動できる人になりたいです。これまでを振り返るとサッカーを通して多くの壁にぶつかりましたが支えてくれる家族や仲間のおかげで乗り越えることができました。サッカーのおかげで多くの人との出会いと経験ができたことは私の財産です。だけど、私のサッカー人生はまだ通過点にすぎません。これからも私にはたくさんの試練が待っています。自分を成長させることができる環境に飛び込めること、サッカー選手を続けられることに感謝の気持ちでいっぱいです。私のプレー見た人が笑顔になれたり勇気を与えられるような選手になれるように頑張ります。

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