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中庸のすすめ

『犀の角のように、ただ独り歩め』

 スッタニパータ ”集成した経典”
=原始仏教(仏教初期)の経典に記された”ブッダのことば”

 私たちの悩みは人間関係から起こると看破したブッダは、学識が豊かで真理をわきまえた、ごく少数の優れた友人との交流を勧める一方で、真に独立した人格を形成するため、常づね、人びととの繋がりから離れていることを、求道者の方法論として奨励しています。

『犀の角のように、ただ独り歩め』

 インドの犀は、群れではなく単独で生活行動をすることが知られているそうです。

 ブッダの、この教えはまた、

"派閥に頼まず頭(かしら=リーダー)に依らず"

 つまり、ある集団や党派に属さない生き方を、弟子たち求道者に奨励するものでもあります。

『犀の角のように、ただ独り歩め』

 超支配勢力は、この現世現実に、たくさんの対立のタネを仕込んできました。
 日本・幕末の攘夷論と開国論も、いまにして思えば、超支配勢力の入れ知恵から発生した対立だったのです。

 幕末の日本は割れ、幕府にはフランスが、薩長にはイギリスが付きました。
 どちらが勝っても、日本は超支配勢力(ロスチャイルド家)の手に墜ちるよう、あの内戦(明治維新)は企図されていたのです。

 対立のあるところに、必ず、超支配勢力による仕掛けがある。

 現在、私たちが生きる現世現実で起こっている対立は、

・G7とBRICs
・アメリカとロシア・中国
・グローバル全体主義と反グローバル全体主義
・グローバリズムとナショナリズム
・共産主義と国家主義

 シンプルに整理すると

"独裁体制Aと独裁体制B"

と、なります。

 なんのことは有りません。
 いま話題の、

・グローバル全体主義と反グローバル全体主義
・グローバリズムとナショナリズム

 どっちにしたって、できあがってくる体制原理には

"[独裁]のふた文字"

……が。

 ガッカリだね。
 これは、超支配勢力の仕業であって、私たち日本人が築き上げようとしている世界観ではありません。

『犀の角のように、ただ独り歩め』

 対立原理・二元論には、決して乗らない。
 対立事象が起こってきたら、ひたすら、

『中庸』

あるのみです。

 中庸とは、

どちらにも片寄らないで
中道を進み
つねに変わらないこと

>>(中庸とは)過不及のない平常の道理で、道理は天に基づいて人間に本性として賦与される。
本性に従って存養省察して喜怒哀楽の中和を得れば、
天地は順応し万物は生育し、人間と自然の統一調和が保たれる<<
(小学館 日本大百科全書)

『犀の角のように、ただ独り歩め』

『中庸』

私は、超支配勢力に、
これ以上
騙されないためにも
『中庸』のこころで、
対立原理・二元論には
一切、与しません。

私たちの日本も、
『中庸の策』を採るべきです。

平和憲法・平和主義・全方位外交

それらは、縄文と徳川
そして敗戦後の昭和に煌めいた

『和のこころ』の体現です。

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