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#ふとまに 六十七

#ふとまに  六十七

*読みくだし

ものきにの
のりはおろかに
あらためす
もとおをこせは
われもきにけり


*書きくだし

模の熟の
法は疎かに
改めず
元を熾せは
割れも来にけり

*意訳

取り入れた知識や技術を基にさらなる発展を極める……
その手法は 手抜きをして
改善を怠り
結局もともとあったものを単に拡張しただけなら
ただ破綻や不具合をもたらすだけのこと



*十楽註

私たち日本人の特徴的な才能として、おそらく筆頭に挙げられるのは、海外文化圏の事物文物〜知識技術を理解吸収する圧倒的な速さと、その後の独創的な応用力でありましょう。

実際、このふとまにを通じて『ヲシテ』という神代文字(かみよもじ)を学んでいると、縄文時代の末期から弥生〜古墳時代を経て、いよいよ本格的に大陸からやってきた渡来人たちの影響を受けることとなった時期、たとえば『漢字』を導入するに至るプロセスにも、ただ漫然と『渡来人の文字』を借用しているのではない合理的な紐付けが工夫されていることを知るのです。もしくは、古代言語の起源と派生には、私たちの想像を超えた真実が眠っているのかも知れません(【以下引用】参照)。

【以下引用】

漢字の音読みと呼ばれるものは、「中国での発音に基づく漢字の読み方」であると教えられ、そう信じてきましたが、多くの音読みは、やまと言葉の発音のバリエーションとして考えることが十分に可能です。

例えば、「一」を表す言葉は日本語では「ひと(hito)」ですが、漢音では「いつ(itu)」、呉音では「いち(iti)」です。
筆者(引用元)は発音の近似からこの3語を同根と見ます。

また宙に舞う「てふ(蝶)」は、現在「ちょう」と呼ばれていますが、これは「とふ(飛ぶ)」の変態と考えています。
一方音読みの「ちょう」には「鳥」「跳」「頂」「超」などの漢字があり、「とふ・とう」には「登」「頭」がありますが、いずれも「D:飛ぶ・上に行く・上にある」等の意味です。

また「かきる(限る)」は、当理論では、「かく(離く)」+「きる(切る)」の合成で、
「B:離す・分ける・隔てる」等の意味であり、「かく」が名詞化すると「かき(垣)」になります。
一方音読みと信じられている「隔」「画」「殻」「郭」も「かく」と読みますが、いずれの意味も「限り」なのです。

他にも例を挙げれば枚挙するに限りがありません。これらの偶然?は何を語っているのでしょう。

【引用元】
やまとことばのみちのく(大和言葉の道奥) 語源探求の試み(2)
https://gejirin.com/mitinoku2.html


【参考資料】


①ふとまに解読ガイド
https://gejirin.com/futomani.html

②ホツマふとまにカード128
ふとまに百二十八(ももふそや)歌