I am weak but I can sing -"Singing Reed"
"Singing Reed”は2014年に生まれた。
それまでの作曲は常に誰かに編曲をしてもらったり演奏をしてもらっていて、
やっと自力で曲をかけるようになってから書いた、2曲目の曲だ。
Blais Pascal(1623-1662)の人間は考える葦であるというフレーズにちなみ、
私は弱き葦でしかないが歌う葦である、と歌っている。
思えばこの曲が創作の原点にあった。
今も変わらず、同じことを形を変えて、繰り返し繰り返し、歌っている気さえする。
せっかく自力で作れるようになったものの、
この曲の再現にはなぜかいくつもの人の声が必要で、
かつては生徒さんたちに発表会で歌ってもらい、
また今このタイミングで、歌ってくれる人を探している。
私は、骨格を作ったに過ぎない。
複数の人が編まれることでやっと完成する、
そういう定めの曲なのだと思う。
Project Singing Reedについて
この曲を歌い、動画を送ってくれる方を募集しています。歌ってもいいよ、という方、ぜひお声がけください!(30名を目標としてます)
Day after day I came near to drowning
Draggin’ on painfully slow
Take another breath, sail near to the wind
Draggin’ on painfully slow
Bunch of sorrows are given
But now forgiveness is here
So let me use it to make a song
I know I’m ready to forgive
Once I’ve seen the signs of Change
Knocking on my window with a steady rhythm
I’m but a reed, I need to be lead
But I am a singing reed
I’m in need of a rethinking my reading
But I AM a singing reed
来る日も来る日も溺れそうになっている
痛々しいほど時が経つのが遅い
あらためて一呼吸して、危険をおかして風上へ向かう
あまりにもゆっくりと
悲哀の束を贈られたけれど
今、ここには寛容がある
ではそれを曲にしましょう
許す準備が整っていることに、わたしは気がついている
あるときから、変化の兆しがわたしの窓を淡々としたリズムでノックしている
わたしは弱い葦だけど、歌う葦である
情けなくて、導いてもらわないとやっていけないけど、わたしは歌う葦である
解釈を間違えて、考え直さなければならないことも多いけれど
とにかくわたしは歌う葦である
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