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古谷実という作風が逆転し過ぎて病気か?といわれた漫画家について

古谷実といえば「稲中卓球部」のイメージが強いはずだ。あの奇妙奇天烈なコロコロコミック的ギャグはもう圧巻。とにかく終始アホがふざけまくる。一向に止まらん。あのギャグ漫画でブレイクした漫画家である。

しかし2作目の「僕と一緒」、3作目の「グリーンヒル」から少し不穏な空気を漂わせ始め、かつ巻数も短くなり4作目の「ヒミズ」で一気にダークサイドに堕ちる。

稲中のファンはその後の作品を見て「おいどうした古谷! お腹痛いのか? 休め!」と思ったに違いない。そのあまりの方向転換に「古谷実精神病説」も流れた。

そのころから古谷実はもうがっつりメインストリームからサブカルチャーに移行し、その後「シガテラ」「わにとかげぎす」「ヒメアノ〜ル」「サルチネス」とバイオレンスな描写が目立つ作品を発表。

最新作の「ゲレクシス」はあの世でもこの世でもない怖い世界でなんともシュールな笑いが展開される奇作を送り出した。

今回は古谷実という、独自の世界を邁進することを決めた奇才について書きたい。

古谷実との出会いは「僕の健康」

古谷実の作品を最初に読んだのは、もう10年前だが今でもはっきり覚えている。高校1年生の夏にバンド練習で博多のスタジオに入った時だった。休憩中になんとなくアンソロジーコミック「稲作」を手にとったのがきっかけだ。

その第一話「僕の健康」の1ページ目の台詞である。

「ある朝ウンチをしたらウサギが出た」。まず、このワンフレーズで笑いすぎて軽くゲロを吐いた。こんなの初めてだった。人って笑いすぎたらゲロ吐くのだ。論文を書きたい。

「僕の健康」ではその後、検便が必要になった主人公が学校に次々とウサギを持ち込む、で最終的に高校生になって彼女にうんこがウサギだと打ち明けて、隠れて野糞をするとワニが出る。「それでも好きだよ!」と彼女にフォローされる。みたいな漫画で、もう本当に腹抱えて笑った。イスから転げ落ちて床を転がった覚えがある。

稲中から入った人は中期古谷作品で「え?」となる

その後、稲中を全巻買って、同じくらい笑った。この人の不条理な笑いがもうツボなのである。

それですっかり古谷実の魅力に取り憑かれてネカフェで「ヒメアノ〜ル」を読んで真顔に戻った。

「え?」と。「あれ〜? アシが描いたマンガ?」と。

「ヒミズ」も「サルチネス」も「わにとかげぎす」も、稲中から入った人はみんな「ん?」となるに違いない。巻数も異常に少ない。稲中が13巻続いたのに対して、その後の作品はだいたい5巻以内で終わっている。

しかし、このダークサイドの作品もすごく人間関係を緻密に描いていて、めちゃめちゃ面白いのである。古谷実という人物が分からなくなるくらい、ヒューマンホラーを描くのが上手いのだ。

中期の古谷作品はもう本気で怖い。その辺のバタバタ人が殺されるサイコサスペンススリラーマンガに比べて、もう本気で怖いのだ。

考えてみれば古谷作品の主人公は、ほぼみんな「その辺にいる真っ当な人」である。ただし共通項として卑屈で、コミュニケーションに困っていて、どこか生きづらさを感じていることはキーポイントだ。特に「いじめ」と「犯罪」が古谷実の中期作品の特徴になっている。

彼らが「ほんの小石を踏むくらいのアクシデント」をきっかけにだんだんと道を踏み外していく様に、リアリティがある。これは自分に起きてもおかしくない出来事だという怖さ。



この前、六本木の喫茶店で仕事をしていたら隣に20代前半くらいのキャバクラのボーイが来て、スマを使って博多弁で話し始めた。「いや〜ミクはもうきついやろ〜。(ピー)されたらしいけん。あの(ピー)使って他の店に落としたほうが(ピー)やけんね〜」。彼がなんとなく古谷マンガの主人公に見えたのは言うまでもない。

古谷実は「ゲレクシス」でまた笑いに戻ってきた

稲中、僕と一緒、以来、スリリングな作品を描いていた古谷実の最新刊(といっても2017年)が「ゲレクシス」だった。偶然、書店で「ゲレクシス」を見つけたときに、表紙を見て「おや? 古谷実はついに人間を辞めたのか」と思ったのを覚えている。

ゲレクシスは「生きるべきと死ぬべきの比率がちょうど半分になった人」を指す。古谷実はこの作品でギャグに戻ってきた感じがあった。

というより、それまでのバイオレンスな作品を経て、より人間的に深みを増しつつ、古谷ギャグが戻ってきた感じだった。ものすごくとっぴな設定なのに、感情移入しやすい。ゲラゲラ笑えた。

1巻を読み終えて感動したあまり、周りの友だちに「やばい! 古谷の新刊えぐい。これやっと10巻レベルで続く作品出てきた!」と言い回ったが、2巻であっさり終わった。すごいめちゃくちゃなラストで、でもそれが古谷作品っぽくて楽しい。

ただ、個人的には古谷実の長期連載をもう一度読みたい! 稲中以降はだいたい5巻以内で終わるので、まだ古谷実のダークサイドを通っていない方は怖いもの見たさで読んでみることをおすすめする。ネカフェ3時間パックで、3作品くらいはいけるはずだ。

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