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匿名掲示板で「メロエッタの奇跡」を見た話

※『SV』のDLC『藍の円盤』のネタバレ注意
※前置きが長いのでタイトルの内容を読みたければ
この辺(本題)から読むことを推奨


前置き

近年、ゲームにおけるロマンは喪われつつある。

……とのっけから主語の大きい戯言をかましたが、これは別に僕の本心ではない。単に文頭に置きたいだけの、座りのいい言葉である。
しかし、インターネットが発達しすぎた故に喪われたロマンに近しい「少年の眼」は確かに存在する。その中でも僕の人生と共に歩んできた『ポケットモンスター』というゲームを見ていると、つくづくと過去を振り返ることがある。

『BW』の頃だっただろうか。こんな事件があった。当時まだ発売前だった『BW』のポケモンを流出させ、逮捕された事件である。


このような行為は「リーク」などと呼ばれ、日本では上記のように著作権法に基づく逮捕例が存在する。ところが、海外ではそれが圧倒的に緩い。恐らくジャーナリズムに基づいた情報統制の自由の一貫なのだろうが、如何せんユーザーが否定の声を上げたいのは論を俟たないだろう。加えて現状は改造でさえも多くが容認されているという状況にあり、世界大会優勝者のほとんどが非正規データのポケモンを使っているという界隈では有名な話も存在する。
そしてこのリークがもたらした懸念は、2013年発売の『XY』にていよいよ現実になってしまう。データが解析されたことにより、AZが所持していた特別な姿のフラエッテの配信中止、ひいては『XY』の続編であった『ポケモンZ』の開発中止になったというのだ。もちろんこれは噂であり、実際には『ポケモンGO』の開発と重なったなどの有力な説がある。しかし、『BW』のリバティガーデン島のビクティニを最後に、幻のポケモンを用いた専用マップのイベントがなくなっているという裏付けもある。
いずれにせよ、プレイヤーにとって好ましからざる状況であるのは火を見るより明らかである。

こうした事態が発生しているにも関わらず、現在に至るまで海外ユーザーによるリークは横行している。
とはいえ僕自身はバグ・裏技が好きでもあり、かつては『DP』の「なぞのばしょ」を発見した功績もあることから、梯子を外すようだがリーカーを真っ向から否定する気にはてんでなれない。
ただ僕が述べたいのは、リークの横行によって「ユーザーが協力し合い、手探りで攻略していく」というネットコミュニティのよさが喪われたことである。最早犯罪だということを度外視しても、リークとは違い、どこにも情報が出ていない状態から目的のものを探し当てたのであれば喜びもひとしおだし、我々の眼も輝くのである。懐古厨のような言い草なのは承知の上だが、冒頭で述べた「ロマン」や「少年の眼」といったワードは、僕の中で言語化すると概ねこのようなものである。ゲームとはかくあってほしいのだ。

『ポケットモンスター』において有名なそんな出来事と言えば、『BW』の海底遺跡の暗号解読だろうか。「海底遺跡」といえば『BW』の時点では隠しマップがあることで有名であり、そこへ行く手順を示すのがマップ各所の石板に刻まれていた象形文字のような暗号であった。この暗号は『RS』におけるレジ系の点字のような既存のものではなく、独自に考えられたオリジナルの文字が暗号になっており、おまけに公式認可の攻略本でも「ここには載せませんがこれ以外のフロアもあるので是非自分の手で探してみましょう(概略)」などとファミ通の攻略本みたいなことを抜かしていたため、完全に1から解読する羽目になったのである。僕みたいにインターネットを利用していた人間でないと当時の子供は攻略はまず無理だったであろう。
そんなコテコテの暗号に挑んだのは2ちゃんねるの「ポケモン板」の住民であった。その内容については、概ね以下の動画を参照する。

​​

本題

さて、ポケモンに関する事例に限らず、「不特定多数の協力により、ある事態が進展する」というのはかつての匿名掲示板ではよく見られたことである。良くも悪くもこのような状況になって、スレッドが加速することは「祭り」などと呼ばれもしたし、2ちゃんねるの一つの象徴でもあった。
しかし当然のことながら、ある程度人種の坩堝が可視化された現代に、「祭り」を起こすことは難しい。その上、リークによって未知の門は閉ざされつつある。ユーザーの未知は、リーカーの既知というケースが大半なのだ。

そんな令和のインターネットの片隅で、一陣のつむじ風が吹いた。『SV』のDLC『藍の円盤』において、世界中のどこにも出ていなかったメロエッタの入手方法が、とある掲示板の民によって発見されたのだ。
僕はこれを「メロエッタの奇跡」と呼びたい。そのために、当事者として備忘録も兼ねて、あらましをここに記録しておきたいと思う。

まず、事の発端であり、舞台となったのは電子匿名掲示板「ポケモンBBS」である。2014年3月に発足したポケモンBBSはポケモン最大手のまとめサイト「ぽけりん」が運営している掲示板であり、同サイトの多くの記事はこのBBSに頼っている。
僕は確か9年程前にとある事件で負った傷が癒えないまま、好きなポケモンの話題なら匿名掲示板でもいいか……ということでTwitterの垢開設とほぼ同時期にここに入り込んだのだが、これがなかなかどうして長く続いている。今は訳あって外しているが、長い間独自哲学を以ってコテハンもつけていたくらいである。
10年程度の歴史があれば掲示板のトレンドも当然移り変わるわけで、僕みたいなコテハンが大量にいた時期もあったり、全くポケモンに関係ない話題が乱立していたりしたこともあったのだが、今は「なんJ的」な対立煽りと固定ミームに、ちょくちょく真面目な考察スレ・総合スレが混じるといったよくある具合に収束している。果たしてそれが僕にとって棲みやすいかと言われたら黙って首を横に振るしかないのだが、「ポケモン」というコンテンツが中枢である以上一定の集合知は享受できるからなのかもしれない。加えて2ちゃんねるなど他の掲示板と比較した時のメリットを述べるのであれば、管理人のけろ(「けろたん」の愛称でお馴染み)によってある程度の治安維持がきちんとなされていることだろう。

ちなみに、有名なネットミーム「ワザップジョルノ」の元ネタ(正確に言えば元ネタの元ネタ)となった「色違いボルケニオン」の情報をワザップに投稿したのはここのBBSの住民である。幻のポケモンのガセ情報で一度その名を知らしめた掲示板が、今度は本当に幻のポケモンを発見してしまうとは誰が予想しただろうか。

元スレ→https://pokemonbbs.com/poke/read.cgi?no=226822&l=1-


そんな普遍的な掲示板に12月16日の正午ごろ、このようなスレが建った。


これは『藍の円盤』の内容に未回収らしき伏線や、尻切れトンボで終わった内容があるのではないかという風潮から建てられた何の変哲もないスレだが、既に>>2の時点でメロエッタというワードが出ている。
というのも、メロエッタは既にこの時点で『SV』のデータ上に存在することが明らかになっていた。これは大手リーカーであるセントロ・リークスによる画像一枚のツイートが発端である。なんだ結局リークじゃん、と思うかもしれないが、重要なのは出現場所が分かっているというだけで、「出現させる方法は全く分かっていない」とセントロ・リークスが呟いていることである。「解析では分からない何か」があったのだ。そしてその後もリーカー含めて世界中の誰もがメロエッタの入手方法を報告することもなく、『藍の円盤』リリースから50時間が経過した。

ところが、上記のスレが建てられてから1時間後、状況が一変する。スレの>>45がメロエッタを発見したというのだ。
この時点で提示されていた条件は以下である。

・リーグ部のスピーカーで「ヒウンシティ」のBGMを選択
・「風が渦巻く場所」でカメラを起動
・カメラ機能の音楽を流して放置

>>45 (https://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=2076467&l=1-)

最初に答えを言ってしまえば、結果的にこの3つの条件の中で正しかったのは「『風が渦巻く場所』でカメラを起動」のみである。「風が渦巻く場所」というのはコーストエリアの草原にある、にわかにつむじ風が吹く場所である。これに関しては3-2の教室に現れるモブのセリフがヒントになっている。
昼に現れる2人の女性モブは「同じ場所で ぐるぐるまわると すっごくまわるの 知ってた?」「ドームの中に いつも風が吹いてる 草原があるの そこでまわると おもしろそうね」、夜に現れる男性モブは「草原を あるいていると どこか ともなく 風が吹いて 不思議な歌声が 聞こえたんだ」とそれぞれ話しているのだ。それにしてもモブの話す情報があまりにも少なく分かりづらいが、第一発見者は概ね上記のセントロ・リークスの画像から場所を推察したのだろう。
ちなみに「ヒウンシティのBGMを選択」が誤った条件に含まれていたのは、恐らく『BW』『BW2』においてメロエッタがフォルムチェンジするカフェがある街だからだろう。イッシュ地方の街ではここだけがBGMで選択できるようになっていたのだから、勘違いするのも無理はなかった。

かようにあまりにも不確定要素が多かったとはいえ、世界初の情報をもたらした>>45によってスレはにわかに活気づいた。
当然>>45は質問攻めに遭い、僕もいくつか訊いたのだが、得られた情報は「『藍の円盤』はクリア済み」「図鑑は全て埋めていない」「伝説を全部捕まえてはいない」「裏番長を撃破済み」ということくらいで、細かな部分は「色々試していたから分からない」のだという。
そしてこのうち唯一再現性がありそうな条件が「裏番長を撃破済み」ということである。裏番長とはブルーベリー学園の校長・シアノのことなのだが、6000BPほどを使用して一定回数特別講師を招かないとこの条件をアンロックすることができない上に、リリースから2日あまりではBPが貯まっていないユーザーが殆どである。ゆえに、僕を含めてこの条件をクリアしてみる住民は多かった。
最終的にはこの条件はてんで見当はずれだったわけだが、リアルタイムで文字通りの幻のポケモンを手探りで追いかけるさまは、自分の根本を突くような、何事にも代えがたい胸の高鳴りがあったと言えよう。

それからしばらくして、>>91が2人目の発見者となる。1人だけなら経験則上釣りの可能性を否めないインターネット掲示板という媒体において、「2人目」の登場はあまりにも大きい。これによって一気に信憑性が増してきたのか、ガセではないことを住民が認定しはじめる。
そして>>192では管理人のけろが「ぽけりん」にスレをまとめ、インターネットの海に情報を広める。いくら2人目が出てきたとはいえ少々早計過ぎる気がしないでもないが、結果的にガセではなくて本当によかった。
さらに>>200では、第一発見者である>>45が大きな証拠となるメロエッタが出現した際の動画を上げた。動画には哀愁のある「いにしえのうた」のメロディと共に佇むメロエッタが映っている。

これにより手持ちに特に条件がないことなどが判明したが、まだまだ真相は藪の中。対照実験を以って、完全に出現条件を特定するまでの検証が始まった……のだが、現状の情報があまりにも少ない。
スレ内では、ヒントを教えてくれる上述の「3-2の教室に夜の間だけ現れるモブ」すらどうしたら現れるのか定かでないユーザーも多く、ますます情報は錯綜していった。

個人的な感想を述べるのであれば、この時点で最早情報がガチとガセ、どちらに転んでも面白かった。昔2ちゃんねるの「オカルト板」などで壮大な釣りスレをかました人間がいたように、ガセでもその多くはスノッブに興じ、現地に凸して報告をすることなどで大いに盛り上がるし、ガチなら『ポケットモンスター』という世界規模のゲームにおいて、この世のどこにも出ていない発見ということになる。この点、令和のインターネットとは思えないような、我々が現代ではミーム消費として見る理想の古き良き「インターネット老人会」さながらの光景が見られたのではないだろうか。実際のところ昔のインターネットの住み心地が良かったかどうかは人によるだろうが、とかく集合知における「真実に向かおうとする意志」は尊いものである。

そうして全く進展がないまま350レスほどを消費してしまい、証拠の動画が出ているにも関わらず「手の込んだ釣りでは?」と疑念をもたげる住民も増えてきた。この時点で>>192でまとめられたことによりSNSの民に広まったにも関わらず新たな成功例が上がっていないのだから、釣りを疑うのも仕方ないだろう。
その間にも「夜限定で出現」「曜日限定で出現」「トリガーになる行動をしてもあくまで低確率で出現」といった条件の提唱や、果ては「ゲーフリが後々のイベントにする予定だったものをバグを起こしてしまい意図せず発生させたのでは」という説も出るほどであったが、どれも全くと言っていいほど決定的なものには至らなかった。
要するにガセにしては証拠が揃いすぎており、ガチにしては情報が少なすぎるという絶妙な状況だったのである。そしてこの如何ともしがたい状況を、僕以外の住民も「祭り」の雰囲気として面白がっていたようだ。

僕自身も検証班の1人として色々試してみたのだが、情けないことに暖簾に腕押しといった具合であった(後述する主人公の「くるくる」に関しては上述の女性モブのヒントから割と早くから試していたのだが)。ただ一つ言えるのは、リーカーにも察知されない特殊な手順を踏む可能性が高いと推測していた、ということである。
例えば『SV』にはナミイルカというポケモンがいるのだが、これをイルカマンに進化させる方法は、その姿が『SV』の発売前にリークされたにも関わらず判明していなかったという。蓋を開けてみるとその進化条件は『SV』のマルチプレイに使用する「ユニオンサークル」で進化させるというものであった。このような「特殊な手順」がリーカーの網を潜り抜けてきたという前例がある。ゆえに、メロエッタの出現手順が何であれ通常は行わない行為をするのだろうと思っていた。実際のところ、これは正解であった。


さて、何もないまま暫く平行線を辿っていた検証だが、その均衡が破れたのは>>567の書き込みであった。ご覧頂こう。

過去作未プレイのユーザーのために説明すると、「BWのメロエッタイベント」というのは最初に>>45について触れた辺りで書いた通り、『BW』『BW2』のヒウンシティのカフェで起こるイベントである。手持ちにメロエッタを入れた状態で、ギタリストの男性に話しかけるとイベントが発生、メロエッタが「いにしえのうた」を習得するというものだ。
その際に男性ギタリストの言うセリフは以下である。

キミの運んだ 風のにおいが
セピア色の 記憶のふちから
こんなメロディを 思い出させたよ
それは 母が好きだった歌…
古の ノスタルジー…
聴いてくれるかい…

ヒウンシティのカフェ「憩いの調べ」にいるギタリストのセリフ

スレで>>567が引用したのは太字の部分。加えて、『SV』のカメラのフィルター機能には「セピア」が存在している。
これが決定的な引き金になった。その僅か数レス後、>>572, >>573が先陣を切り、僕を含めて相次いで出現報告が上がった!
各々の条件は微妙に齟齬があったが、「つむじ風が吹く部分で主人公が右回りでくるくる回る」「カメラフィルターをセピア色にする」という条件は共通していた。そして>>603では動画も上がり、瞬く間に出現方法は拡散されることとなった。

僕は検証を手伝っただけで第一発見者なわけでもないし、「我々の勝利だ」と鬨の声を上げるような大それたことはしない。それでもこれだけは言わせてほしい。ゼロからの集合知が、リーカーの解析を上回ったのだと。

僕はゲームが下手だが、前置きで述べたように裏技やバグには目がない。それだけに、メロエッタが眼前に現れた時に、久しく僕の内側になかった有頂天の感情を覚えた。メロエッタの奏でる「いにしえのうた」が骨身に沁みていく……『BW』という10年以上前のゲームの、「セピア色の 記憶のふちから」思い出が蘇ってきた。そんな気分だった。
ここまでポエジーにならなくてもいいが、まだメロエッタに会っていないユーザーは、このイベントで聴ける「いにしえのうた」に是非酔いしれてほしい次第である。恐らく捕獲してしまうとその後は聴けないようなので。

なお、最終的に発覚したメロエッタの出現条件は以下。

1.マップを参考にコーストエリアのつむじ風が出ているところに来る
2.つむじ風の中心でスティックを使い主人公を「10秒以上」、「右回り」に回転させる(不安なら1分程度回るとよい)
3.カメラを起動させ、フィルターをセピアにする
4.「いにしえのうた」が聴こえてくればメロエッタが出現

https://pokemonbbs.com/post/read.cgi?no=2076467&l=1-


『SV』で主人公が旅立つとき、クラベル先生は「自分だけの宝を見つけてください」と言っていた。今のところ、僕の最大の宝はこのスレに参加し、「メロエッタの奇跡」を目の当たりにできたことである。
そして『SV』のDLCのタイトルでもある「ゼロの秘宝」もまた、このスレに眠っていたのではないかと思う。「ゼロからの集合知」から生まれた、まごうことなき秘宝なのだから。
僕はここのところインターネットを使っていていいことはあまりなく、最近はdiscordなどの身内の鯖に籠る日々を過ごしている。もちろんこれもこれで気が合うユーザーとコミュニケーションが取れて良いことである。
他方で、不特定多数とのコミュニケーションによりセレンディピティに出会えるというのもまた、本来のインターネットが持っていた性質のように思う。別に場所は掲示板じゃなくたっていいから、こうした出来事が増えて各々が「少年の眼」を取り戻せればこれ以上のことはないだろう。僕は、インターネットの可能性をどこまでも信じて生きていきたい。

それでは、僕は今からサーフゴーとシンクロしてサーフィンしてくるので今日はこの辺で。


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