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メゾン 光草 【2】秘密のタマホテル

「光草」って珍しい名前でしょう?
けれどね、あなたの街にも生えている草なんですよ。
「あれ、この草はなんだろう?」と思ったらそれは光草です。
光草の中には一際輝くものがあるんです、それがメゾン 光草の「招待状」。

この辺りには何があるんだろう?
夏帆は引っ越したばかりの水雲町を探検していた。
「あっ!」
地図が風に吹き飛ばされる。
「待ってー!」
風が地図を弄ぶ。あっという間に見えなくなってしまった。
「どうしよう…」
この辺りはお母さんとも来たことがない。
目的もなく歩いていると目の前に古い小学校が見えてきた。

「この町には古い小学校があってね。
そこはもう使われてないんだけど、
一人のおじさんの亡霊がずっと掃除をしているんだって。
だから、校舎はいつもピカピカなんだって」
「そんな話、あるわけないじゃん」

軽く笑い飛ばしていた自分が憎らしい。
見るからに小学校は亡霊が出そうだった。
夏帆は空を見上げた。雨が降りそうだ。仕方ない。雨宿りしよう。
そう思った途端雷が空を切り裂いた。
「ヒッ」
すぐさま校舎に駆け込む。
安堵の息を吐くと、物音が聞こえた。
再び身をすくませる。音はどんどん近づいてくる。
恐怖よりも知りたさが勝った。夏帆は気になり、思わず一歩踏み出した。
夏帆の目にカナリア色の光が飛び込んできた。
「わっ!」
夏帆はつぶっていた目を恐る恐る開けた。
そこは建物の前だった。
建物の看板には『メゾン 光草』と金色の文字で書いてある。
「オメエ、ホテルはこっちだぜ。そんなとこにゃつっ立てないで早よ来い」
夏帆が振り向くと、清掃員の制服を着たおじさんが立っていた。
おじさんが建物の中に消えてゆく。慌てて後を追った。

中は見た目にかかわらずすごく広い。
辺りを見回した。なぜか懐かしい匂いがする。
「ようこそ、お嬢さん」
夏帆が見ると、女の人が立っていた。
「招待状を見せていただけるかしら?」
「招待状?」
「黄色い花です。もしかして、お持ちではないのですか?」
こくりと頷く夏帆に女の人は溜息をついた。
「また、ヤルクのせいね…あの人。まあいいわ」
「メゾン 光草にようこそ!」
「メゾン カグサ?なにそれ?」
問いには答えず、女の人は夏帆の頭の上に手を置いた。
女の人はしばらく一人でうんうん頷くと言った。
「夏帆さん・・・だよね?えっと・・・お部屋はこちらです!」
唐突に名前を呼ばれ、夏帆は戸惑った。
「どういうこと?」
「メゾン 光草に泊まってもらいます。お代は結構」
「無理です。帰ります」
「お好きなように」女の人はさらりと言った。
「あ、この辺りは心霊スポットになっているので、亡霊たちにはご注意を」
ビクッと夏帆の肩が震えた。お化け類は大の苦手だ。
「泊まります…」
女の人はにっこり笑うとポケットからメモ帳を取り出し、何か書き始めた。
女の人の隠したげな視線に気づいてはいたが、
今はお母さんにどうやって連絡を取るかが重要だった。
引っ越し初日から怒られては困る。
ごめんね、お母さん。夏帆は小さくつぶやいた。

部屋は質素だった。
「それでは、また呼んでください」
女の人が出ていくと、夏帆はベットに座り込んだ。ふかふかだった。
棚の上には小箱があった。
そっと、開けてみる。中に入っていたのは無くしたはずの地図だった。
「うそ…」これが心霊スポットの怪奇現象というやつだろうか。
窓の外を見ると、小さな灯りが揺れていた。

涼しくなったので、中庭を散歩しようとベランダに出た。
中庭には花畑があり、カナリア色の花が咲いている。
他にもアネモネににた赤い花もあった。
「オメエ、見ねえ顔だが、引っ越してきたんか?」
メゾン 光草の前で聞いた声がし、夏帆は振り返った。
そこにはあの清掃員のおじさんが立っていた。
「は、はい。そうですけど…」
「そうか」
「あの、あなた亡霊ですか?」
夏帆が尋ねた途端、おじさんは笑い出した。
「違う。オレはヤルクっちゅうんだ。年寄りだが亡霊じゃーない」
「いくつですか?」
ヤルクはまた豪快な笑い声をあげ、言った。
「そうだな、3642歳だったかな」
「じゃあ、やっぱり亡霊じゃないですか!それとも幽霊なんですか!」
「亡霊でも幽霊でもないが、オレはニンゲンでもない」
え?
今、人間じゃないって言った?このおじさん、何言ってんの?
「メゾン 光草はな、人間が泊まるホテルじゃない。
ある種のもんたちが泊まるところなんだ、オレみたいなよ」
「ある種のものたちって」
「かくれてる奴らさ」
ヤルクはそういうと木に立てかけていたモップを持って中庭を後にした。

もしかして、あの女の人も『ある種』なのかな?
そういえば、お化けしか泊まれないホテルのアニメがあったけ。
ここもそうなのかな…。
夏帆は空を見上げた。
空は『ニンゲンの空』と変わらないように見えた。

明るい日が差し、夏帆は目を覚ました。
「もう朝か…」
起き上がると、中庭にヤルクの姿が見えた。
「あっ!」
夏帆はベランダで靴を履き、中庭に飛び出す。けれど、ヤルクの姿は見えない。
「ねぇ、お姉ちゃん!」
「わ!」
女の子が夏帆を見上げている。6歳ぐらいだろうか。
「あんた、誰?」
「アミコ。あ、アミコはお化けじゃないよ!」
アミコはそう言ってにっこりと笑った。
「お姉ちゃん、帰れないんでしょ!アミコが返してあげる!」
「ホント?」夏帆は帰りたくて仕方がないところだった。
こんな怪しいところ、さっさとおさらばしたかった。
「だけど、一つだけヤクソクして!」
夏帆は頷いた。
「ここのことは誰にも言っちゃだめ。ヤクソクしてね。
あと、ここの人たちはお化けじゃないよ。みんなはタマなんだよ」
タマ?言霊みたいなものかな?
夏帆はもう一度頷いた。とにかく、今は帰ることが先だ。
「じゃあ、行くよ!」
アミコがあのカナリア色の花の花弁を一枚、夏帆の方に投げてよこした。
そして、中庭とアミコはすっかり見えなくなった。

夏帆は再び、地図をなくした場所に立っていた。
今度は地図を持っていたが。
夏帆は歩き出した。
雨が降りそうな空だった。



次は光草の花弁はどこへ飛んで行くのでしょう。
もしかすると、あなたのところかもしれません。
「メゾン 光草」にて、お待ちしておりますよ。
あら、本日は閉店のお時間。
それでは、また。


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