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自動販売機のお話

毎日通っている道なのに
今まで全く気がつきませんでした。

見てはいたのでしょうが
普通の自動販売機だと思っていたのです。

たまたま喉が渇いたなと、
辺りを見渡したときに近くに見つけたのが
この自動販売機だったのです。

 お茶が欲しいなと思って見てみましたが
お茶がありません。
それどころか知っている飲み物が一つもありません。
コーヒーもお茶もジュースも。
そしてペットボトルすらありませんでした。

あったのは缶のみです。
 「なんなんだ、これは」

缶のラベルを見て思わず声を出してしまいました。
そこには飲み物の名前ではなく、

 “喜び”
 “悲しみ“
 “苦しみ”
 “怒り“
 “嬉しさ”

などと書いてあります。

おかしいと思ってよくよく見てみると
販売機のお金を入れるところに注意書きがありました。

 ---------------------------------
この自動販売機は“感情の自動販売機”です。
人間のさまざまな感情を味わえる飲み物が入っております。

味はそれぞれの感情によって異なります。
こちらの感情は一度ふたを開けると長持ちはしません。
缶のみ販売しております。

ふたを開けましたらすぐにお飲みください。
また長期服用は絶対におやめください。
----------------------------------

私は喉もカラカラだったのと、
話のネタにでもなるのかなと思い、
1本買ってみることにしました。

値段は普通の缶ジュースよりも高く
ちょっと質の良いアルコール飲料くらいでした。

 私はとりあえず
“喜び”を選んでみることに。
もし本当だったとしても害がなさそうだからです。

 ボタンを押すと普通の販売機と全く変わらず、
ガタン と音を立てて取り出し口に
缶が落ちてきました。 

手にとって見ると
それは今ちょうど飲みたいと思っていた
ひんやりとした缶でした。

パッケージは何もなく、
ただプルタブが美しい虹色になっています。

カリッ。と開けて、
まずは一口飲んでみます。

飲んでみるとほとんど普通の紅茶と変わらない味がします。
アールグレイのような、鼻がスッとするような。
良い香りがとても爽やかで、すぐに喉の渇きが取れます。

結局はただのお茶とかに
適当に面白おかしく感情をつけただけなのか。

そう思いましたが、
 「あれ、まてよ。」
と気がつきました。

 なんだか体がふんわりと軽くなり、
この缶を訝しんでいた、
さっきまでの気持ちは全くなくなりました。

むしろこの缶を抱きしめたいというほどの衝動を感じます。
頭もすっきりし、自然と口角が上がり、
頬もほんのり暖かく感じます。

腹の底からふつふつと
まるで炭酸の泡のように、
跳ね上がりたくなるような
抑えきれないワクワクが
こみ上げてきて止まらないのです。

私は試しにもう1本
わかりやすいものを買ってみることにしました。

それはどんよりとした重い灰色のプルタブでした。
ぬるい人肌のような缶です。

 カシュッ。 と開けてみました。

飲んでみると
ほとんど味のしないコンソメスープのような、
若干の塩味が感じるだけで、
口の中にいつまでもへばりついているような
後が悪い味でした。

 さっき感じていてワクワクは
もう思い出せくなり、
身体が冷え切り、頭も重く、
顔を上げていたくありません。
人と話もしたくありません。

 自分が嫌になり、一体何でここにいるのだろう。
何をしているのだろう。と、
何度も自分自身に問いかけたくなります。
動機がし、喉に焼け付くような熱さを感じます。

私はなんとか立ち上がり、もう1本買いました。
もう1本買わなければ
後味が悪くてしょうがなかったからです。

 “悲しみ”の後には少し良いものをと思い、
それを私は選びました。

 それは優しいオレンジ色や、輝くほどの黄色、
そして周りにはほんのりと優しく薄い桃色があるプルタブでした

じんわりと手のひらに響くような
優しい暖かさです。

 その缶は
カクッ。と開きました。

 それはほんのり甘く、
それでいて全く粘りもない。

 サラッとした飲み心地で
一口飲むごとに
喉から腹の底へ、そして足先へと
じんわりと染み込んでいくような
温かさがどんどん広がっていきます。

 心地よくて涙が出てきそうなほど
心がほぐれ、柔らかくなるのを感じます。

 でも許せてしまう。
自分の中に受け入れることができると
強く確信するほど、
わたしの心は満たされていました。

 そうか。これが“幸せ”か。
確かに幸せかもしれない。

 私は目を閉じて
“幸せ”の缶を手で大事に包み、
幸せというものを噛みしめていましたが、

すぐに すっと あっさりと
口角も元のように下がり
肩も少し凝った
いつもの自分の体と心に戻っていました。

 「これはいいものを見つけた。」

 私はその日から毎日通りかかるごとに
色々な感情を試していきました。

 ある時は“幸せ”を3本。
ある時は“嫉妬”と“好き”の2本を。
またある時には“嬉しさ”“楽しさ”“喜び”と3本を。

 1本では満足できずに
次々と欲するようになりました

 その道を通らなくても良い日にも
わざわざ足を運び、感情の缶を買いました。

 

そんなある日。

いつものように販売機へと近づくと、
缶を補充している作業服のようなものを着た
男性の姿を見かけました。

他の販売機と全く同じように
次々と缶を入れていきます。

私は興味で話しかけてみました。

 「すみません」

私が言うとその男性は振り向きもせず
ただ黙々と作業を進めています。

 私は少し「ムッ」として再度言いました。

 「すいません、
 ちょっとこの飲み物を買いたいのですが」


するとその男性は
やはり振り向かずに作業しています。

私はつかつかと近づき
肩を強く握って少し声を荒げて言いました。

 「さっきから一体、何回言ってると思ってるんだ」

 
その男性は深く帽子をかぶりなおし
やっとこちらを見ました。
いや、顔は全く見えないので
見ていると思う というだけなのですが。

  “今あなた怒りましたね。”

 その男性は静かに言いました。
私は少し面食らってしまいましたが、言い返しました。

 「ああ。勿論だとも怒っているさ。
 何度話しかけたと思っているんだ。
 買う。と私が言っているのに。」

  “そう怒りますよね
  こんな飲み物を買わなくても
  あなた怒れますよね。

   あなた最近たくさん買っていただいているようですが。
  注意書き読んでくださいね。ここ。

  長期服用はおやめ下さいなんですよ。“ 


その男性の話し方は抑揚もなく、
全く変化がなく聞いていてどうしようもなく、
落ち着かなくなるものでした。

耳を塞いでこの場にへたり込む、
座り込んでしまいたくなるような声でした。

 私が黙っていると男性は続けました。

 “こんな缶ただの偽物です。
  ハリボテです。

  いや効果は本物ですよ。
  でも偽物なんですよ。
  感情はあなたのものじゃない。

  あなたの本当の感情は
  あなた自身からあなたの中から
  生まれてくるものだ。

  感情は目に見えない心だから。
  そして隠さないと生きていけないことだって多い。
  だからこの缶が生まれたんですよ。

  でもこの缶を飲み続けただけじゃ、
  何も解決しない。
  むしろ取り返しがつかなくなる。

  あなたはまだ間に合う。

  この缶からじゃなくて、
  この広い世界。

  そして限られた中にしかいない、
  あなたの周りの人の中で
  あなたの感情を見つけていかないと。
  感情を上手に出さないと。

  そして周りの感情。
  あなたがしっかり感じないと“

私は呆然と立ち尽くすしかできませんでした。 

胸が「ドクンドクン」と
早鐘のように動き
身体中が脈打つように痛みました。


 “商売あがったりです。失礼。”
 

足早に立ち去る男性の後ろ姿を見送って
自動販売機をじっと眺めました。


 文字にすると
さも当たり前のようにわかると思っている感情が

 “平べったく ずらっと”

並んでいます。

 私は出していた財布をしまい足早に歩きました。
さっきの男性の言葉を、心に何度も何度も繰り返しながら。

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