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ひらいて

最近になって知り合った人から、小説を紹介してもらった。綿矢りさ『ひらいて』。山田杏奈さん主演の映画の評判がすごくいいことだけ聞いていて、原作も映画も触れたことがない作品だった。

現在進行形で働いていない私は、いつも先に駅につく。待ち合わせの前に入った喫茶店で、『ひらいて』を何度も読み返す。そして昨日、ついに読み終えた。読み終えることにした。

感極まって、そのあとのご飯ではうまく話せなかった。それは、この本について話すことは、まるまる自分を全部さらけ出すようなことだったからだし、きっと自分を受け入れ、赦し、私をまた愛してくれる相手だとわかっていても、今はそれが怖かったからだと思う。

主人公の女子高生、愛は、その名前に反して、「誰からも愛されない」と深く思い込んでいる少女だった。愛は、だれが見ても美人で、頭もよくモテるのに、「いつか美しさを失い、見放され、捨てられる」ことをずっと恐れていた。恐れるあまり、常に物事から冷笑的に距離をとり、淡々と日々をこなすことで居場所を守っていた。その要領の良さがある少女だった。

しかし、彼女は恋をする。西村たとえ君への片想い。暴力的で、彼女をむしばみ、眠っていた奥底の力をぜんぶ引き出せるような恋。そして、決してかなわない恋。

恋は、彼女の不安と恐怖とさびしさと手を結ぶ。

鶴の折り紙のように内側にとじ込めていた感情は、”ひらいて”ゆく。そして彼女の恋は止まらない。心と同じスピードで走る恋を、彼女も、だれも、止められない。

 苦しみ。手に入らない苦しみ。手に入れればまた別の苦しみが始まると分かっているが、飢えている今、どうやって求めるのをやめればいいのか。けど手に入っていないときの不安を楽しむなんて、私にはできない。
 伝わる、共振する、増幅してゆく、親しみに似た好意。満たされなくても、分かり合えなくても、どこか癒される、心が救われる。毎日、切実に生きてる。みんなそう。みんなそうという事実に心を慰める作用が少しでもあれば、ここまで孤独にはならないのに。
 助けて。とても小さな声でつぶやく。自分にしか聞こえないささやかな、きれぎれの叫びを、何度も何度も、つぶやく。
 助けて、私を観て、手を差し伸べて。
 私を拾ってください。
 彼とまた会う機会ができれば、私はきっと文字通り飛んでいく。心と同じスピードで走れたら、どんなに気持ちがいいだろう。

『ほつれる』P127より

そして、愛は失恋を受け入れられないまま、もうひとりの人間と出会う。片想いしている男性の彼女、美雪。愛は、美雪に心と身体を”ひらく”。そして、いつのまにか、美雪にも恋をする。この恋も、決してかなわない恋。

 私が清潔な洗い立てのタオルケットを鎖骨の下までかぶって寝転び瞳を閉じると、美雪がゆっくりと私の髪をなでた。救いに似たなにかが私の髪を梳く美雪の指から降りかかってくる。指の先の丸みが額の生え際に触れる軽く優しい瞬間、激しくなにかを欲して、指が髪に分け入り通り過ぎていくときに、その渇望が淡く満たされる。

『ほつれる』P121より

 外へ出て後ろ手でドアを閉めると、嗚咽はないのに涙だけがあふれて、外気にさらされてたちまち冷たくなる。この涙を見せれば、本当の気持ちだと信じてもらえたか。それとも私はすでに、涙さえ嘘っぽいのだろうか。美雪を悲しませたのが悲しい。私にむかってあんなにも開かれていた、信頼を寄せていた心が、閉じてしまったのが、悲しい。

『ほつれる』P152より


愛は、二つの失恋をする。『ひらいて』は、その失恋を経ることで、やっと自分を世界に向けて”ひらく”ことができるようになる物語だ。きっと、このふたつの恋愛のどちらが成就してしまっていたとしても、愛は永遠に苦しむことになる。

愛がしたふたつの恋は、「誰からも愛されない」「いつか美しさを失い、全員から見放され、捨てられる」という彼女の心の奥底の小さな叫びからはじまった。

その叫びは、恋という形で思春期の主人公の外へ飛び出す。しかし、その恋はかたく内側に閉じたまま。愛が作中で何度も折っている鶴のように、愛はその美しい外見の内側に、吹き荒れる嵐を閉じ込めている。

その閉塞感が、たとえ君や美雪と関わるなかで、解放されていく。ラストシーンに、本当に美しい、彼女の心が”ひらいて”いく描写がある。

 ふいに満たされた。いつも心を急き立てていた焦りが、消え失せて、身体がらくになる。一瞬ののちにはまた渇いて、いまの充足は霧散するかもしれない。でも確かにいま、私は椅子からはらりとこぼれた薄い美しい薄紫色のショールを、床に落ちる寸前でつかんだ。さらさらした絹の、優しく涼しい肌触り。床に直に座り込み、私はショールを透かして新しい景色を見る。緻密な折り目を通してみた世界は、朝の山脈に立ち込める、粒子の細かい霧に包まれている。いつか飽きる、いつか終わる、しかし今つかんでいる。 
 私を満たすのは、車内に差す陽。私を満たすのは、眠たげな静寂。私を満たすのは、規則正しく脈打つ、自らの鼓動。

『ほつれる』P180より

愛が、”ひらいて”ゆく。この美しい文章に包まれながら、自分も”ひらいて”ゆくのを感じた。30になる歳に、自分は愛とそっくりだ。

 途中から私は声を出さずに泣いた。母は湿っていく気配に気づきながらも、淡々と読み続けた。
 私は神様なんか信じない。存在しない存在にすがるなんて、みじめだとさえ思う。でも、信じられないのに、何かを信じなければ、やっていけない。”なにも心配することはない。あなたは生きているだけで美しい”と丁寧に言い聞かせてくれる存在を渇望し、信じきりたいと望んでいる。
 自分もだれかの存在になりたい。その人が苦しんでいれば、さりげなく、でも迷わずに手を差し伸べて、一緒に静かに涙を流せるようになりたい。呼びかけ、囁きささやかけ、髪を指で軽く梳いて眠りにつかせる。
 ささやかなつながりを、いつもいつも求めている。そんな存在が無ければ、本当に困ったとき、一体なにがつっかえ棒になって、もう一度やり直そうと奮起させてくれるのだろう?

『ほつれる』P173より


目をつぶると、かつて、”なにも心配することはない。あなたは生きているだけで美しい”と丁寧に言い聞かせてくれた人たちがいたことを思い出す。

彼女たちは、私の顔をまっすぐ見つめ、頬をなでながら、嬉しそうに私を支配した。私を、様々な声音と呼び方で呼ぶ音が、頭の中を乱反射する。肌をあわせると、自分ではぜったい温められない位置にある冷え切った臓器が少しだけ息を吹き返す。

僕は、そうやって生きてきてしまった。

でも、僕の冷え切った心の底は、最後までひらかなかった。ずっと、愛されていないことが怖かった。欲望されることでしか、自分が保てないから、支配しようとした。そういうことが、どんどん得意になっていった。

助けて、僕を観て、手を差し伸べて。
僕を拾ってください。

いつしか一人称は私に代わって、もっと巧妙に、もっと醜く変わった。
助けてほしい、と叫んでいる女の子を見つけると、そっと近寄った。自分を好いてくれると、すかさず内側に入り込んで、論理で支配した。


こんなのはもういやだ、と、心にしみた一ヵ月だった。
もう周りの人を傷つけるのは嫌だ。
自分の心を、恋愛という支配の快楽物質でだまし続けることも、限界だった。

なにより、大人として、いつか自分が本当に尊敬し、心から好きになる人に対して、恥ずかしくない人間になりたいと強く思った。


きちんと、自分を”ひらいて”ゆきたい。
僕が人を傷つけたことを認めて、それでも世界に開きたい。
人を支配せずに、人と関わりたい。

「折る」ことは「祈る」ことに似ている。
「ひらいて」いくことは、何に似ているだろう。


ひらいて


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