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『勝手口のスミレちゃん』Ⅰ 幼春

   
 
勝手口と言うと、昔のホームドラマなどで
酒屋さんなんかが御用を聞きに来る
玄関ではないもう一つの家の出入り口を想像するが
この家では表通りに面しては店を構えているから
横丁側の出入り口を勝手口と呼んでいる
でも、ここの家族達が出かける時はいつも勝手口から出かけるし
来客がある時や友達が遊びに来る時も
この勝手口を利用してもらうから実質上の玄関である
だから、くぐり戸のようなものではなく
かがまなくても入れるりっぱな引き戸になっている
 
 さて、その勝手口の向かいにある一棟貸しの借家に
ある時、東京から若い夫婦が引っ越してきた
このあたりでは、その当時あまり見かけない
小洒落た上品な感じのする夫婦だったが
いつも自分たちから挨拶する気さくな二人だったので
ほどなく町内の人達とも馴染んでいった
少したって奥さんの方がややぎこちなく歩く姿を
近所のおばさん連中が目ざとく見つけ
「まあ、おめでた?」
と声をかけて何かと気にかけるようになり
やがて元気な女の子が誕生した
おだやかな春の日差しの中
ちょうど家の前の横丁の道端に咲いていた
小さな花を見付けた若いパパは
生まれた赤ん坊に『スミレ』と名付けた
赤ん坊のスミレちゃんはご近所さん達に
かわるがわる抱っこされても大泣きすることもなく
愛想よく可愛らしい笑顔をふりまくものだから
皆は何かと世話を焼いてくれるのだった
若いママは最初の間は少し戸惑っていたみたいだが
他に頼れる人が近くにいなかったこともあって
思い切ってご近所さんのご厚意に乗っかることにした
『近所同士で助け合う』
そんなことが普通にできる時代だった
若いパパとママは二人ともが地方出身者で
パパは大学の時にママは就職の時に
それぞれ東京に出てきたらしい
それで頼りたい両親はそれぞれ遠い郷里にいるものだから
おいそれとは手を借りるわけにはいかないので
この田舎町のご近所さん達のお節介が
スミレちゃんのパパとママの助けになり
感謝、感謝の日々だった
 
そんな中でスミレちゃんはすくすくと育ち
自分で歩けるようになりお話もできるようになったころ
スミレちゃんの家の向かいに勝手口のある
例のお店屋さんの若夫婦にも赤ん坊が生まれた
こちらは男の子で名前は宗太(そうた)
お店をやっているおじいちゃんの宗次郎から
一文字をもらったようだ
お店に来るお客さんがかまうから
ずいぶんと人慣れをしてしまって
顔を覗くと誰であってもニコッと笑うから
先輩のスミレちゃんとセットで
ご近所のアイドルのような存在だった
とにかく子供を大切にする地域であって
時代もそう言う時代だったのであろう
「こんにちは、宗ちゃんいますか?」
幼稚園がないときスミレちゃんは宗太のお相手にやってくる
ある時は店の奥で積木やおままごと
ある時は勝手口でシャボン玉
ある時は横丁のアスファルトにチョークでお絵描き
それをどちらかの親が近くで見守っている
そんな感じだ
実はこの二人それぞれ一人っ子であったにも関わらず
親密で敷居の低い近所付き合いもあって
本当の姉弟のように接していた
その二人がどちらも小学校に通っていた時のことだ
ちょっとした事件が起きた
 
 スミレちゃんが6年生で宗太が2年生
たまたま下校のタイミングが合って他に友達が居ないときは
時々二人で並んで少しふざけたりしながら一緒に帰っていた
「ふぅ~ん、仲いいんだなお前ら」
と不意に後ろから声がかかった
ちょっとヤンチャな源太とその取り巻き二人
「家が近いから一緒に帰っても別にいいじゃないの」
スミレちゃんが負けずに返した
「天宮(スミレちゃんの苗字)はこんな年下がいいのか?」
と取り巻きの一人が
「あいつは あいつは 可愛い 年下ぃ~たの 男の子」
と茶化すように唄った
スミレちゃんは動じる気配もなく
「なぁ~んだ、ひょっとして羨ましいの?」
「あんたらみたいな陰気でゲスイ奴らは絶対にモテないからねぇー!」
「この子の方が優しいから、あんたらなんて最低よ!ねぇ~皆!」
と近くを通りがかっていたクラスメイトの女の子たちに
同意をうながすように言ったものだから
源太の顔が見る見る真っ赤になってきて
「何ぃ、生意気言いやがって許さねぇーぞ!」
と叫んでスミレちゃんに掴みかかろうとしたその時っ!
「どぉーん」
と小さな影が源太の腰のあたりに飛び込んで突き飛ばした
源太は不意を突かれて尻餅を突き
後ろにあったブロック塀でしたたか頭を打った
「痛ってぇ~!」
打った後頭部に手を当ててさすろうとすると
「んっ?」
何かぬれてる?
手を目の前に持ってくると赤かった
「血だ!」
源太の顔が真っ青になった
「やべぇ、源太の頭から血が流れている!」
源太の取り巻きの子が叫んだものだから
周りにいた小学生が集まって来て騒ぎになった
続いて近くにいた大人が気付いて
「ボク大丈夫?救急車を呼ぼうか?」
と言うことになり
今度は救急車とお巡りさんがやって着て
その次に先生が来て最後には当事者の母親まで迎えに来た
あれよ、あれよ、と言う間に大事(おおごと)になってしまった
 
 その日の夕方に宗太のパパがいつもより早く家に帰ってきた
パパは着替えもそこそこに
「宗太、今から源太君の家に謝りに行くから着いておいで」
「謝りにって、僕はスミレちゃんを助けただけだよ」
「悪いことは何もしてないよ」
「でも、宗太が源太君に体当たりをしたから、
源太君がケガをしたのだろ?」
「でも、源太がすみれちゃんに掴みかかろうとしたのだよ」
「そこは源太君が悪いのかもしれない」
「しかし、宗太が源太君にケガをさせたことには間違いないのだろう?」
「そうだけど・・・」
「じゃあ、それを今から謝りに行くのだよ」
そんなやり取りの後に二人は源太の家をたずねた
あちらの玄関先で宗太と宗太のパパは親子で90度に腰を折って
深々と頭を下げてこちらの非を詫びた
ひとしきり謝った後で宗太のパパが
「おケガの治療にかかったお金はこちらで支払いますので、
ご請求ください」
と言うと、源太のパパが
「いや、それには及びません、子供同士の喧嘩ですから」
「それに事情を聞きますと、どうもウチの方が悪いみたいで」
「こちらこそ、ご迷惑をおかけしました」
と言ってくれた
源太は半分自分の父親の陰に隠れて上目づかいに宗太を見ていた
 
 その帰り道に宗太が肩を落としてトボトボと歩いていると
「宗太、ちゃんと謝れたな、えらかったぞ」
そう言って宗太の肩に手を回してポンポンと軽く叩いた
「パパが宗太をえらいと思ったのは、謝れたことだけではないぞ」
「宗太は自分より大きくて強そうな相手に
怖がらずに立ち向かっただろう?」
「でも、立ち向かって倒したことがえらいわけじゃない」
「宗太は何で向かって行ったんだ?」
「スミレちゃんが危なかったからだよ」
「そう、そういうことが出来る宗太をパパは誇りに思う」
「そう言うことって?」
「大切な人や仲間を危険から守れるってことだよ」
「えへへ、スミレちゃんは大切な友達だからね」
「そうだよな!」
と言ってパパはもう一度宗太の肩を叩いた
「宗太」
「何?」
「お腹減って来たな」
「うん、そうだね」
「早く帰ってご飯食べようぜ!」
「うん!!」
 
 この後大切な友達のスミレちゃんは小学校を卒業すると
父親の転勤で東京に引っ越して行った
しばらくの間、宗太は寂しそうにしていたのだが
ある程度の日にちがたつと
スミレちゃんのいない日常にも少しずつ慣れて行った
 
 「安心しろ宗太、10年後にはまた会えるから」
作者より😊

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