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きりしまの雑記。2020/10/17

最近、涙を流せるようになり、過去のことを思い出すようになってから、少しずつ自分の中に変化が見られてきた。
それを忘れないようにまとめておきたい。

高校の時は、確かにうつになってたくさんしんどいことがあった。
しかし、しんどさや苦しさを身体表現できていた。
リストカット、過呼吸、失神、嘔吐、涙など、とにかく表には出せていた。

しかし大学に入って実家を出てから、そういった身体症状がぴったりやんだ、涙も見せなくなった。
その分発散できなくなった辛い感情は押し込めて、自分で無意識に記憶をぼんやりさせて守っていたのではないかと思う。
記憶は、私を守っていた。
日ごろ、辛いことを思い出してしんどくならないように、いろんな場面で私を守っていた。

最近、自己理解や自分の感情を思い出し、自分を深めていったことで、過去の自分への共感性が高まっていくような感覚がしている。
大学に入ってから、過去の自分の感情を、どこか他人事のように俯瞰していた。
それが少しずつ、過去の自分と今の自分が繋がろうとしているのだと思う。

きっかけはよく書いていた、自分しか見ない手記を見返したことだった。
最近友人に自分のことを話す機会が少しあり、その中でたくさん発見があったつもりだった。
しかし、それは以前に何度も手記に書いていた内容だった。
「自分のことをだれもわかってもらえない」という、どうしようもない傷つき。
手記を書くときは夜一人で自室にいる時。
その時だけ、フラットな視点で、素の自分で書けていたのかもしれない。

毎日のコーヒー代に。