一生暮らせるお金
朝起きて、スーツを着て、仕事に行って、夜帰ってくる。
この男はそれを繰り返している。
ときどき同僚と夕飯を食べに行ったりする。
でも夜になると帰ってくる。
そして次の日、朝起きて、スーツを着て、仕事に行って、夜には帰ってくる。
ときどき休日にいきつけのスナックに行ったりする。
でも夜には帰ってくる。
そして次の日、朝起きて、スーツを着て、仕事に行って、夜には帰ってくる。それをひたすら繰り返している。
そして今日も朝起きて、スーツを着て、出勤の準備をしている。
「あぁ~あぁ~、一生暮らしていけるお金が欲しいなぁ~」
自分でも恥ずかしい夢みたいな発言をしたと思うが、それぐらい毎日同じことの繰り返しで、頭がおかしくなりそうだった。
「ピンポーン」
こんな朝早く誰だよ。心の中で訝しがりながら、玄関のドアを開けた。
「はいコレ」
いきなり茶色い紙袋を手渡してきたのは、60歳ぐらいのスーツのおじさん。
笑顔だが、拒否できない威圧感を放っている。
「なんですか、急に?」
「今、一生暮らしていけるお金が欲しいって言いましたよね。その紙袋の中に、一生暮らしていけるお金入れといたから」
紙袋の中をチラッと見ると、確かにお札が見えた。
「そんな知らない人に急にお金もらえませんよ~」
驚き、心を揺さぶられながらも、一応まっとうな返答をした。
「でも言いましたよね、一生暮らしていけるお金が欲しいって」
「言いましたけど、そんな外にまで聞こえるような大きい声じゃなかったと思うんだけどなぁ」
「大丈夫。このお金は別に怪しいお金じゃないから。一生やっていけるお金がちゃんと入ってる。無駄使いしちゃダメだよ、それじゃあ」
スーツのおじさんはドアを閉めて、そそくさと帰っていってしまった。
慌ててドアを開けて、おじさんを追いかけようと外に出るが、もうおじさんはいない。
夢かと思いつつも、手元には紙袋が残っていた。
部屋の中へ戻り、テーブルの上に紙袋を置いて、一旦紙袋を見つめる。
いよいよ頭がおかしくなったのかと思いつつも、実際に目の前に紙袋が。
ゆっくり紙袋の中に手を入れ、中に入っているお札をテーブルの上に出した。
さっきはチラッとしか見なかったが、中には10万円が入っていた。
「おい、一生暮らしていける金額じゃねーだろ。俺の毎月の給料より少ねーじゃねーか」
タダで貰っていながら文句は止まらない。
「10万円を少額とは思わないが、すぐに無くなるよな、これ。一生暮らしていけるお金の感覚がさっきのおじさんとは違うのかな。1カ月分の生活費払ったらほぼ無くなっちゃうよな・・・。食事に使えば結構良いものが食べられるかもしらないけど。スナックのママになんかプレゼントしようかな」
色々なんだかんだ思案していたら、出勤時刻になっていた。慌てて男は家を出た。
「まぁ週末にパァ~と使っちゃうかぁ~」
男は今日も、仕事に行って、夜には帰ってくる。
予定だったが、帰ってくることはなかった。
まもなく、正確にいうと、夕方に男の一生が終わるからだ。一生暮らしていけるお金を男は手に入れたが、使うことはなかった。
ひとり~の小さな手~♬なにもできないけど~♬それでもみんなの手と手を合わせれば♬何かできる♪何かできる♪