見出し画像

まぁ、そんなもんだ・・・。

<ピンポーン>
今、あるアパートの玄関の前にいる。

母が死ぬ直前に困ったことがあったらこの住所を尋ねろと手紙を渡してきた。
困ったと言えば困った。彼女が妊娠したのだ。まだお互い大学生。ただいずれ結婚しようと思っていたし、もう就職先も決まっている。あとは向こうの両親を説得するだけだ。

その住所は母と僕が住んでいた家の隣の県にあり、電車を乗り継いで2時間掛からなかった。


<ピンポーン>
2回インターホンを鳴らしたが出ない。
まぁ、そんなもんだ・・・。


まさかとは思ったが、確かにその可能性はあった。
迷ったが、とりあえず待つことにした。会ってなにを話すかも考えてなかったし、この時間にでも考えるとしよう。
まずは、挨拶。自己紹介。ここに来た理由、これが一番でかい。要はあなたは誰ですか?ということを聞かなければならない。僕には父親がいない。母にそのことを尋ねたことはない。なんとなく小さい頃から聞いてはいけないような気がしていたから、結局聞かずじまいで、母とは会えなくなってしまった。

その時、部屋の中で物音がした。寝てて起きたのかもしれない。
<ピンポーン>
インターホンを鳴らしたが出ない。
まぁそんなもんだ・・・。気のせいだったようだ。


会えた時の作戦会議の続きをしよう。
父親だった場合・・・。

だめだ。自分がどうしたいのかも分からないし、自分がどんな感情になるのかも分からない。ただ良いほうに考えると、母が困った時に尋ねろと言うぐらいだから、僕のことを嫌っているわけではないのかもしれない。


父親ではなかった場合・・・。
報告、現状の報告。以上だ。もしかしたら飯でも食べるかってなるかもしれないが、断ろう。特に話すことはないし、貸しも作りたくない。

一体僕はなにをしにここまで来たのだ。誰が出てきても良いことはなさそうじゃないか。
妊娠の報告? 
違う、なんとなく思い立ってきた。きょう来ないともう二度と来ない気がしたから。
その時、ガチャッと隣の家の扉が開いた。中からは初老の男性が出てきた。

僕の目の前を静かに通り、どこかに出掛けようとしている。
「あの~。ここの家の人って・・・」
「ん、なに?」
「ここに、住んでる人って・・・」
「ん、その家に住んでる人?見たことある気がするけど、覚えてないな~。男の人だった気がするけど、覚えてないな~」
「あ、ありがとうございます」

まぁ、そんなもんだ・・・。

さらにしばらく待ったが、誰も帰っては来なかった。

まぁ、そんなもんだ・・・。

何の収穫もなく来た道を戻った。

まぁ、そんなもんだ・・・。

最寄り駅に着くと雨が降っていた。
びしょ濡れの状態で家に着いた。

まぁ、そんなもんだ・・・。


この記事が参加している募集

ひとり~の小さな手~♬なにもできないけど~♬それでもみんなの手と手を合わせれば♬何かできる♪何かできる♪