トイレに流すだけの簡単な家事

即興小説トレーニング
制限時間:15分 お題「名前も知らない家事」

 僕は代々受け継がれている神社の跡取り息子で、子供の頃から「お前はいつか宮司になるんだから」と言い聞かされて育ってきた。
 別にそれに対して文句とかはないし、不満を持ったこともない。
 子供の頃は、自分にとっての常識がよその家では違ったりすることがあって、少し生きづらかった。
 だけど、中三になったいまはそれすらもなく、受験戦争や就活に巻き込まれず済む人生なのかな〜なんて、のんきなことを思ったりするくらいだ。

 パタパタと、ほこりを払う。
 教会みたいに、参拝者が来るところが室内の施設だったらよかったけれど、神社が屋外で掃除を怠るとすぐに砂ぼこりだらけになるのは、仕方ない。
 表をはたいて、裏手に回って、勝手口から入って社務所の中からカウンターのものを引っ込め……。
 うんと伸びをして時刻を見ると、四時四十分だった。
 まずいまずい、遅れる。
 基本的にマイペースな手伝いだけど、『これだけは絶対に定刻にやりなさい』と口を酸っぱくして言われているものがある。
 掃除を切り上げて、自宅の台所へ。
 冷蔵庫から半解凍のシャモ肉を取り出す。
 時計をじっと見る。
 四十四分になったので、いつも通り肉の端に包丁を入れた。
 さっくりと、大した手応えもなく、重力に沿って刃先が肉に埋まっていき、切れ端が右側へくたりと倒れる。
 これを数度繰り返して、厚めのスライスをこさえる。
 次にこれを、本殿の脇にある参拝者用トイレに流す。
 皿に乗せてトイレに向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。
「西浜くん」
 振り返ると、クラスメイトの美波さんだった――クラスで人気の女子で、僕もちょっといいなと思っている。
「お参り来てくれたの?」
「うん。ちょっとお願いがあってね。西浜くんは神社のお手伝い? えらいね」
「いや、仕事の手伝いじゃなくて、普通に家事。母親はパートに出てるからさ」
「えーじゃあもっと偉いよ。うちもお母さん仕事してるけど、わたし何にもしてないし」
 へへへと可愛く笑いながら、僕の持つ皿の上を見た。
「家事……?」
「うん、普通の」
 彼女の目が見開かれた。

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