12月22日(金)終業式
「クリスマスクリスマスうるせえなあ。神を信仰してるわけでもないならはしゃぐのやめろ。それかトンマナ合わせろ。お前は4月8日にはしゃいだことがあるのか? クリスマスにはしゃぐなら、釈迦の誕生日にも等しくはしゃげボケナス」
そう言って口の悪い幼馴染みは、僕の考案したクリスマスパーティーへの参加を拒否した。
なんだよ、去年までは全然ノリノリでプレゼント交換とかしてたくせに。高校に上がった途端中二病発作? お子ちゃまかな? 急な知識披露で論破してこようとするのめっちゃ子供っぽいからね!
……という内心はぐっと飲み込み、僕は努めて穏やかな微笑みを浮かべる。
「なあに、イベントじゃない。そんな堅苦しく考えなくてもさ? 口実だって。僕はただ冬休み最初の週末をタツマと過ごしたいだけだよ」
「きっしょくわり」
「もう、なんだよー! 僕すごいの考えたんだから! パーティー!」
計画はこうである。
タツマをクリスマスパーティーに誘う。いい感じでバカ騒ぎをする。
ケーキやらチキンやらピザやらをたらふく食べて、冬休みの始まりを楽しんだところで、切り出すのだ。
まもなく引っ越す、と。
冬休み明けに僕はもうこの町にいない。
半年以上前から決まっていたのにずっと言えなかったことを、謝りたい。
タツマが一番喜びそうなパーティーを必死で考えながら、こんなことに労力を割くならもっと早く切り出せばいいのにと、自分が特大の矛盾を抱えていることにはもちろん気づいていた。
でも、赦してもらえるタイミングを考えたら、クリスマスしかなかったんだ。
「とにかく! 絶対に来て! これ招待状。家に帰ってから開けてね」
二つ折りのグリーティングカード。パカッと開くと、ポップアップになったサンタやもみの木が飛び出し、メロディが流れる仕組みだ。
タツマは後頭部をガリガリ掻きながら片手で雑に受け取り、コートのポケットにしまった。
「へいへい。んじゃ、帰るぞ」
こんなふうにだらだらと一緒に帰り、小さな公園を挟んだ向かい同士の家に帰るのも、終業式の本日が人生最後だ。
*
だらだらと階段を上がり、俺は自室のベッドに倒れ込んだ。
コートのポケットに突っ込んでいたクリスマスカードを取り出す。
微妙に分厚いそれを開くと、でかいもみの木が現れるのと同時に、ヒョロヒョロの電子音のジングルベルが流れてきた。
カードの隅には、見慣れた下手な字でこうあった。
【メリークリスマス! 12/25の朝、僕のうちに来てね!】
あいつはバカだ。俺が引っ越しに気づいていないと思い込んでいる。
クリスマスに満を持して大発表のつもりなのかもしれないが、その計画は夏には破綻していた。
だって、わざわざ言われなくたって、公園を挟んで向かいに住んでいるのだから嫌でも分かる。
公園前のゴミ捨て場の量が、夏くらいから急に増えた。リツ母がせっせと往復して捨てているのを見て、最初は断捨離にでもハマっているのかと思った。
秋のころには、粗大ゴミが出始めて、家財の買い取り業者のトラックが家の前に停まっているのを何度も見ていたから、引っ越すんだろうということは容易に想像がついた。
そしてなにより、リツが俺を家に呼ばなくなった。
中学時代はいつも、部活終わりから飯の時間までリツの家でゲームをしていて、高校に上がってお互い帰宅部になってからも、しばらくはそうだったのに。
夏休みの途中あたりから、急にリツが、俺の家に来たがるようになった。
引っ越しの兆しに勘づかれるのを避けたのだろうけど、やっぱりバカな奴だと思う。
言わなくたって分かるし、言われたところで友情がどうこうなるわけもないのにな。
「ばーか」
カードを閉じると、ヒョロヒョロのジングルベルが止まった。
夕焼けが射し込む部屋に、自分の吐く息の音だけが聞こえる。
*
「メッリークリッスマース!」
……と、笑顔で出迎える練習を、僕は帰宅してから数時間ずっとしている。
当日は玄関を開けたら即、家の中がすっからかんなのがバレてしまうので、まずは第一声で気を逸らそうという作戦だ。
どうせすぐモノが無さすぎることにツッコミが入るけど、五秒くらいは純粋にクリスマスを楽しんでほしい。
その後お通夜のようになるのか、はたまた、お互いそのことには触れず、クリスマスの思い出作りに足掻くのか。
願わくは後者であり、僕が謝罪するターンは最初でも最後でもなく、さりげなく溶け込んでいてほしいと思う。
クリパ! 謝罪! 再びクリパ続行!
こんな感じが最高なんだけど。
「めっりー! ……ちょっと違うな。めり~? くりすまぁ~す! メルィ・クリッスマス。メリー……」
両親はこの土日で転居先の環境を整えるそうで、母は今朝から向こうへ行っているし、父も本日泊まり込みの残業をして、そのまま向こうへ行くという。
つまり僕はいま、この家にひとりなのだ。
クリスマスの練習も、準備の飾り付けも、なにもかもができる。
せっかくモノが少ない居間なので、ガーランドやら風船やらを大量に買い込んだ。
25日の朝までに、ここを完全に僕好みの空間にしちゃう。第一声のメリークリスマスもちゃんと言えて、わくわくケーキ作りタイムも、大スマブラ大会も、完璧なタイミングで届くピザも、なにもかもがこの家で過ごす最後のクリスマスに相応し……
――ピンポーン
インターホンが鳴った。無意識に壁掛け時計を見ると、時刻は22:00。宅配便が来る時間ではない。
誰だと思いながらモニターをつけると。
「げっ!」
タツマが、不機嫌そうな顔でそっぽを向きながら突っ立っていた。
…………居留守。または寝たふり。
とっさにそう思ったのだが、居間の電気が煌々と点いてしまっている現状でそれは無理。
微動だにしないところを見ると、僕が居留守を決め込もうとしていることまで見破られていそうだ。
しかめっ面のタツマが、人差し指を近づけてくる。そしてピンポン連打。青白いカクカクの画面越しでもものすごい速度でカチカチやっているのは腕の動きで分かって、家の中に響く音のほうが間に合っていない。
だめだ。なにもかもおしまいだ。
こんなことなら、きょうのところはクリスマスなんておくびにも出さずに普通に帰って、カードはイブに渡せばよかった。
泣きたくなりながら、せめてサンタの帽子だけかぶって、玄関ドアを開けた。
「…………メリークリスマス」
「お前は釈迦の誕生日の3日前でもはしゃげるタイプか?」
「うるさいな。無宗教・無宗派・葬式仏教だし初詣神道だしミサ抜きクリスマスだよ」
少し広くなった玄関を隠すように、意味もなく両腕を開いた。タツマと一緒にビックリマンシールだらけにした下駄箱は、もう無い。
「……スマブラ、する?」
かろうじて出たのがこれだった。
タツマはひと言「おう」と答えると、勝手知ったる感じで僕の横をすり抜けて二階へ上がっていく。
築40年の階段がギシギシと鳴って、ああ、こういうのも終わりかと、ぼーっとした思考でタツマの背中を見つめる。
タツマは一切の遠慮なく、スパンと音を立てて勢いよく、僕の部屋のふすまを開いた。
四畳半の畳の上で、閉じていない段ボール数箱と、詰めようとしてとりあえず出しただけのモノが、あちこちで小さな塊を成している。
「あ、あのう。……ごめんね、もう見たら分かると思うけど……うち、もうすぐ引っ越す」
「んなもん知ってたわ」
「え!? うそ、なんで!? 親なんか言った!?」
「いや……お前んちから出るゴミ多すぎだから。てか、テストの答案用紙はちゃんと内側に丸めて捨てろよ。お前のフルネームも成績もご近所に丸見えだったぞ」
そう言ってタツマは無表情のまま僕のサンタ帽をすぽっと抜き取り、人差し指に引っ掛けてぐるぐる回しながら、これまた勝手知ったる感じでテレビの電源をつけた。
真っ黒な画面の隅に、なんだか泣き出しそうな僕と、それを見下ろすタツマがぼんやりと映っている。右上にぽつんと、HDMI 2の文字が表示されていた。
「スマブラ。やるんじゃねえの?」
「やる。……いや、やるんだけど。その前に謝りたい。引っ越すこと、ずっと言ってなくてごめん。もう一緒に帰れなくなるし、いままでみたいには遊べない。町内会の新年のお餅つきも行けないな。はは」
無理やり笑ってみると、タツマは胡乱げな目で僕を見たあと、サンタ帽を両手でズボッと被せてきた。
鼻の頭まで覆われて、キツキツのまま視界が赤くなる。
「ちょっ、え……? ご、ごめんって!」
「別に。学校で遊べりゃいいだろ」
*
じたばたして帽子を取ろうとするリツを見下ろしながら、本当にこいつはバカだと思った。
こいつは転居するだけで、転校はしない。
この町からはいなくなるかもしれないが、高校の学区内で済む、近距離の引っ越しだ。
十秒ほどひとりでバトルしたのち、リツは無事サンタ帽をはぎ取ることに成功し、ぷはっと呼吸を取り戻した。
「ぼ、僕にとっては一大事なんだよ! 幼稚園からずっと毎日一緒に帰ってた友達がいなくなるって。そりゃ、学校では会えるかもしれないけど。この家が取り壊されるのも悲しいし。タツマと遊んだ思い出がいっぱい詰まってる。ひとりで朝起きて登校してひとりで帰れるのか自信ない……って、いや。タツマ、なんで僕の引っ越し先まで分かるの?」
「お前、先週から通学定期変えただろ」
「うぇっ!?」
「先週の日曜にゲーセン行ったとき、帰りだけ見たことねえPASMOだったから」
俺たちがいつも遊んでいるのは、うちの最寄り駅から上り線で五駅先、JRのターミナル駅だ。高校はさらに二駅先なので、その七駅間は自由に通学定期で行き来できる。
「先週のお前はなぜか、行きにSuicaを使い、帰りはPASMOを使った。……ってことは、お前の引っ越し先は、うちの最寄りを通り過ぎた下り線方面なんだろうと思った。冬休み前に切り替えるってことは、引っ越しは近所で、既に新居とここを行き来してちょっとずつ荷物を運んでる」
「て、天才……!?」
「んで、PASMOってことは、JRじゃなくて私鉄だな? 終点まで学区内だよバーカ」
*
冴え渡る名推理を繰り広げた口の悪い幼馴染みは、動揺したままの僕を圧倒的力でねじ伏せ、スマブラで全勝した。
そして、宅配ピザのクーポン券と、早めのクリスマスプレゼントとしてポスカを置いていった。
中学の美術で全員買わされた割に、授業では一回しか使われなかったやつ。
『どうせ取り壊される家なら、落書きしまくっても怒られないだろ』
タツマはこの土日を泊まりがけで、家じゅう落書きだらけにし、クリスマスパーティーに臨むという。
ついでにお釈迦様の誕生日分まで書くと言っていた。
(了)
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