僕の大好きな神様

即興小説トレーニング
制限時間:15分 お題「春の神様」

 僕がたんぽぽを摘んで帰ると、神様は少しだけ僕をとがめた。
「いけませんよ、無駄な殺生は」
「ごめんなさい。花だからいいと思いました」
「口のきけない植物でも、神の子と同じ生き物です」
 僕がしょんぼりすると、神様は眉根を寄せてふふっと笑ったあと、僕の頬を片手でそっと包んだ。
「それで、どうしてあなたはそのたんぽぽを私のところへ持ってきたのですか?」
 優しい口ぶり。
 僕はうつむいて、少し言い淀んでから、白状した。
「……か、みさまがご覧になったら、ほめてくれると思ったんです」
「なるほど。私のことを考えて摘んできてくださったのですね。ありがとうございます。お気持ちはうれしいですよ」
 ぱっと顔を上げると、神様はやっぱり困った顔で笑っていた。
 申し訳なくなって、首をすくめる……と神様は、僕のこめかみのあたりにくちびるを寄せて言った。
「頭ごなしに怒ってしまったのは良くなかったと、私も反省しています」
「そんなっ、いや、神様は悪くないです! 悪いわけないです!」
 ぶんぶんと首を振ろうとしたけれど、神様が僕の頭を包み込むように抱えていたから、それは叶わなかった。
「なんだかいい香りがしますね」
「え!? いや、多分、春の陽射しの匂いかと……。野原にいましたし、その、神様が作られた春じゃないですか」
 思い切って言ってみたら、神様はちょっと腕をゆるめて僕の顔を見て、ぱちぱちとまばたきをした。
 ややあって、ふふっと笑う。
「ああ、自分でこさえた季節ですものね。好いように感じるのは当たり前でした」
 なでられてくすぐったい。
 首をすくめながら――僕が言いたかった本当の意味が伝わらなくて、ほっとしたような、少し残念なような気持ちになった。
 神様の銀糸のような毛束が揺れる。
 本格的に暖かくなったら、この滑らかな髪が桃色に色づいて、白い肌に落ちるのだ。
 触ってもいいだろうか。いや、ダメだろうけど。
 僕が思案――軽い妄想かもしれない――にふけっていると、神様は少し不思議そうな顔で僕の目を覗き込んだ。
「どうしました? たんぽぽ、うれしかったですよ。せっかくだから、摘んでもよいようなものをこさえましょうか。命の通っていない、プレゼント用の。ああ、いい案だ。あなたのおかげで」
 何やらふんふんと、機嫌良さそうにうなずいている。
「あの、神様……離していただけると……」
 いよいよ恥ずかしくて、小声でお願いする。
 いや、多分耳まで真っ赤だろうという自覚もあるし。
 神様は僕のつむじに頬を擦り付けてふふふと笑い、僕の視界は長い髪で覆われた。
 美しいすだれに春の陽射しが透けて、きらきらと輝いていた。

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