人質流しの話

制限時間:1時間
ランダムお題:人質 魔法使い 希望

 僕の家は祖父の代から、人質屋を営んでいる。
 一般的な質屋と同じシステムで、人を質に入れてもらって、お金を貸す。
 期限までに利息込みのお金を返してくれればこちらも人を返すし、踏み倒されたら人は売りに出す。
 どういう人にどのくらいの値段をつけるのかはお店ごとに異なり、若ければ若いほど高いとか、女子供の場合は返済期間を少し伸ばしてあげるとか、色々だ。
 うちの場合は『自分に身近な人ほど高くする』という方針だ。
 たとえそれが死ぬ間際の高齢の母とかだったとしても――売りに出したところで金銭的価値はなくても――その息子が母のことを大切に思っているなら、高額を貸す。
 これは祖父の人質屋としての矜持だった。
 人を流して金を得るつもりはなく、利息分で儲けが出ればいいから、絶対に取り返しに来るはずの気概のある客に金を貸していけば潰れないのだと……祖父は、人の絆や愛情というものを、深く理解していた。

 祖父が亡くなり、父が店を離れ、きょうから僕がこの人質屋を継ぐことになった。
 プレッシャーはある。なにせ、人命を預かるのだ。
 ただモノを預かるわけじゃないから、人質たちを死なせないよう、世話もしなくちゃいけない。
 その客が本当に人質を取り返しに来るのかも見極めなければならないし。
 たった16歳の僕にそんなことができるのか、とてつもなく自信がなかったけれど、仕方がなかった。
 令和になり、人の絆や血の繋がりが弱々しい個人主義になったこの世界で、この商売自体が機能しなくなりつつあった。
 悪びれもなく家族や恋人を預けて、そのまま金を持って消えるようなひとが増えすぎた。
 そして、不況のあおりをもろに喰らった我が家はもう、父を人質に入れるしかなかった。
 そして僕に託したのだ。店を頼んだ、と。

 商才のある父は高く値段がつき、2000万円にもなった。
 僕は絶対に店を繁盛させて、お父さんを取り返さないといけない。
 それは夢でも輝かしい未来でもなく、ただただあるのは、義務感と責任感と、負い目。
 僕を人質に入れてお金を得て、父が商売を続けたほうがよかったんじゃないかって、いまだに思う。
 店の前をほうきで掃きながら、ますますそんな気持ちになる。
 座敷の裏、格子窓の部屋に詰め込んだ人質たちが、わずかな外気と日光を求めて、ぎゅうぎゅうと窓枠に顔を押し付けている。
 外から見えるようになっているから、物見客も質流れを待つバイヤーも、窓枠の中の人質たちをしげしげと眺めたり、メモをとったりしている。

 地獄みたいな仕事だなと思った。
 父も今頃、どこかのおおだなの座敷牢でおしくらまんじゅうされているのだろうか。
 早く返してほしくて、いま部屋に詰め込んでいる客を全部流しちゃえば、すぐ取り返せるのになとか……そんな破滅的なことまで考えている。
 新装開店初日の開始十五分でこうだ。
 祖父も父も、心が強かったんだと思う。僕に務まるのか。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。お菓子ください」
 幼い声で呼ばれて振り返ると、5歳くらいの女の子が、窓枠から細い腕を伸ばして、手のひらをグーパーと開いたり閉じたりしていた。
 この子はたしか、10万円くらいだった。
 ちっとも子供のことが大事じゃなさそうな若い母親が、気軽に入れてきた子供。
 腹を痛めて産んだ子供のはずだけれど、祖父の算定方法に照らし合わせると、10万円にしかならなかった。
 高くつけすぎたら取り返しに来なくなるから――そんなことが書かれていたっけ。
「お菓子、どんなのがいいの?」
「リリキュア。しってる? 魔法使いのアニメ。それのお菓子」
「うーん、知らない。あと、お菓子は勝手にあげられないんだ。ごめんね」
「けち」
 この子のお母さんは、ちゃんとお金を集めて返しに来るだろうか?
 大きなキャリーケースを後ろ手に転がし、つばの広い帽子とサングラスをかけて、楽しそうに店を去っていった。
 もしその10万円の使い途がただのバカンスだったら。
 元々流すつもりで子供を人質に入れたのなら。
 父はどうして、この子を預かることにしたのだろう?
 もしかして母親は二度と来ないかもしれないことくらい、父にも分かっていただろうに。

 初日の営業が終わり、帳簿をつけ始めた。
 お金を返しに来たひとがひとり。高校時代からの親友を預けて、3日できっちり取り返しに来て、友情を深めていた。
 それから、新たに人質を入れに来たひとがふたり。
 僕は算定どおりに数十万円のお金を渡し、不安そうにする人質を格子窓の部屋に入れた。
 こんな調子で本当に2000万円も返せるのかと、情けなくなった。

 夕食どきになると、格子の間から細い腕がニョキニョキ伸びてくる。
 子供や骨皮になった老人しか隙間に腕を入れられないから、それはそれはひどい光景になる。
 僕はダメだと思いながらコンビニへ行き、298円の無駄遣いをしてリリキュアのお菓子を買った。
 人質みんなに均等にご飯を配りながら、こっそりと子供にお菓子を与える。
 お父さんごめんなさい。298円分、お父さんを取り返す日から遠のいた。

 1ヶ月が過ぎ、とうとうあの子の母親が、子供を迎えにくることはなかった。
 きょう、質流しの業者に子供を引き渡す。
 もうすぐ迎えが来るはずだ。祖父の教えどおり、子供には目一杯のおしゃれをさせる。
「お兄ちゃん。あたしはどこに行くんだろう?」
「多分、いいところだといいね」
「ママがいなければどこでもいい。あと、日曜の朝にリリキュア見せてくれるとこ」
「君はお母さんが嫌いだったの?」
「だってぶつんだもん。きらいだよ」

 迎えの車は馴染みの業者で、この子を含む何人かをライトバンに乗せた。
 去り際、どうしても聞きたくて、聞かないと一生後悔しそうで、業者さんに尋ねた。
「人質はどこへ行くんですか?」
「それを知りたがっちゃ、この商売はやっていけないよ。青いねまだまだ」
「ごめんなさい。でも、どうしても知りたくて」
「君の爺さんも父ちゃんも、いつも気丈な笑顔で人質に手を振ってたけど。なんにも聞かずにね。それが人質屋の矜持ってことじゃないかな」
 僕はなにも言えなくて、うつむいてしまった。
 祖父や父が人でなしなのかとか、そんなわけがないとか、そういうことをぐるぐる考えて。
 業者さんはポンと僕の肩に手を置き、サングラスを少しずらしてほのかに笑った。
「店の旦那が笑顔でなくっちゃ、人質みんな、不安になっちゃうだろ。ほら、笑って、笑顔で手を振れって。頑張れよ〜って」
 僕は胸を張り、無理やり笑顔を作って手を振った。
「どこかで会えたらいいね!」
 思えもしないことを言う自分が猛烈に恥ずかしかったけれど、あの子は真面目な顔で、両手の人差し指を立てて胸の前でクロスし、声を張った。
「あたしたちには希望しかない!」

 それがリリキュアの決めゼリフだったということは、数週間先の日曜朝に、偶然テレビをつけて知ったことだった。
 お父さんを取り戻すまで、あと2年と344日。

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