天国に出向する父

即興小説トレーニング
制限時間:15分 お題:急な父

 きょう、父が天国へ行った。
 と言っても亡くなったわけではなく、急に部署替えで、天国に出向になったのだ。
 おそらく、地上での栄転を前に、数年天国を立て直してこい……ということなのだと思う。

 先日、急に天国行きになった父のために親族一同が集まって、宴のようなものが開かれたときには、僕は少しうんざりしてしまった。
 僕は、場所が地上だろうが天国だろうが地獄だろうが、父は職務を十全にまっとうするだろうし、活躍してくれたら誇らしい。
 だけど、田舎の価値観が抜けない年配の親族たちは、『天国』という響きにブランド力のようなものを感じているのだろうか、しきりに「ついに我が一族からも天使が」「やっぱりヤッチャンは、昔から顔つきが違った」などと口にしている。
 当の父は――寡黙なひとである――ちびちびと酒を飲みながら、好き勝手しゃべる親族の話を軽く微笑みながらふんふんと聞いていた。
 僕は父が働く様子を見たことはないけれど、職場のひとたちとのバーベキューに連れて行ってもらったときは、父はみんなの話を平等に聞いて正しく采配を振るう、優しくも冷静なひとだと教えてくれた。
 そんなことを聞かされて、あまり得意げになってもいけないのかなとは思いつつ、やっぱり僕はうれしかった。

 今朝、天国へ旅立つ前、父が僕にあるものを托してくれた。
 小さなブラックダイヤモンドが埋め込まれたフープイヤリングで、「母さんがいないときにこっそりつけて出かけたらいい」と言ってくれた。
 母は僕がおしゃれをしたりすることにあんまり良い感情は持っていないようだけど、父はこんなふうに、僕の『高校生になったらピアスを開けてみたい』という小さな願いを叶えてくれようとしたりする――自分は変なポロシャツしか着ないのに。
 ブラックダイヤモンドがどういう意味なのか、多分宝石言葉みたいなものには興味がなさそうだし、僕が好みそうなものを見繕ってくれただけだと思うけど。
 二年ほど単身赴任する父への一番の親孝行は、父の出向中に自分が死んでしまわないことだと思う。
 嫌だな、仕事中の父と、天国で会うのは。

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