見出し画像

イヴ・サンローランのミューズたち:I. カトリーヌ・ドゥヌーヴ

 イヴ・サンローランには、彼の創作に欠かせないミューズたちがいました。今回は、フランスの大女優のひとり、カトリーヌ・ドゥヌーヴについてです。

 カトリーヌ・ドゥヌーヴ(1943ー) は10代より映画に出演しはじめ、1964年のミュージカル映画「シェルブールの雨傘」で主演し世界的なスターになりました。これまで数々の映画賞を受賞してきた人物です。

 サンローランと彼女の交流は1960年代初頭から始まっていましたが、より交流が深まったのはルイス・ブニュエルが映画化した「昼顔」(1966)で彼女の衣装を担当してからのようです。イヴ・サンローランは、

「彼女はまれに見る美貌のフランスを代表する女優で、その美しさは、私に多くのインスピレーションを与えてくれるのです」 (参考:『Yeves Saint Laurent "The Beginning of Legend" 1936-2000』p. 152)

と語っています。彼女の演じた役は、夫を持ちながらも、昼は高級娼婦となる謎めいた魅力が溢れる女性で、シーンが変わるごとに優雅な姿が映されています。イヴ・サンローランは、彼女の妻としての顔と娼婦としての顔の違いを見出しつつ、エレガントに仕上げました。

その後、ドゥヌーヴはフランソワ・サガン原作の「別離」、フランソワ・トリュフォー監督「暗くなるまでこの恋を」などでもサンローランをまといました。

 さらに彼女は、私生活でもイヴ・サンローランのデザインを好むようになり、コレクションが発表される時にはいつも最前列に座っていました。彼女の笑顔と共にショーがスタートすると言われていたそうです。

 “リヴ・ゴーシュ”がオープンした時には、カトリーヌ・ドゥヌーヴがちょっとした事件を起こしました。彼女はオープンの記念にパンタロン のスーツを購入しました。パンタロンはいわゆるパンツのことです。何が事件なのか、私たちには想像もつかないことですが、フランスには1799年から驚くべき事に2013年まで、女性がパンタロンを着用する事を禁止する法律が存在していたのです。イヴ・サンローランはその法律を無視して、オートクチュール1966−67秋冬コレクションで女性用のタキシードを<スモーキング> と名付け発表しました。女性が男性と同じように気軽にパンタロンを着用できるようにすることを目指すと同時に、パンタロンをイヴニングドレスと同格に引き上げる事も意識していたのです。

 パンタロンはシャネルが好んでいたアイテムの一つでしたが、戦後もスポーツウエアや個性的で風変わりな女性が身につけるものとして捉えられていました。しかし、“リヴ・ゴーシュ”で購入したカトリーヌ・ドゥヌーヴをはじめ、イヴ・サンローランのミューズたちが次々とパンタロンをエレガントに着こなし始め、高級フレンチレストランのドレスコードとして認められるようになりました。

 ドゥヌーヴが着こなしたパンタロンは、優雅であり、凛々しく、美しく、イヴ・サンローランが目指したフランス女性の美しさが全て凝縮されていたそうです。彼女の女優としての立ち居振る舞いが、ファッションの自由を勝ち取る一つのきっかけになったのですね。

 次回はダンサーのイヴ・サンローランのミューズの二人目として、ジジ・ジャンメールを紹介します。


いただきましたサポートは、研究や取材に使用させていただきます。演出家や役者への直接取材を行い、記事にすることが目標です。よろしくお願いいたします。