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『エリア88』を今すぐよんでほしい


 数日前にネットでバズってたけど、どうやらどっかの電子書籍コンテンツで無料公開してるらしい。
 DMMで全巻買った直後にそんな出血大サービスしないで欲しい。
 しかも電子書籍配信4月16日からとかで、予約扱いで購入したのに。
 早まったな。まあいいか。この作品に関してはなんぼ払っても惜しくない。そういう作品である。

 この作品に関しては読んだのが割と早くて、中2くらいの時に通して読んだのが最初だった気がする。うちの実家にはスーパーファミコンがあって、父親がシューティングゲームも買ってたし、漫画本も揃えていた(今はどっかに行ってしまった)。なのでうすぼんやりと幼少期の記憶の中にあるキャラクターと原作のキャラクターに乖離を覚えつつ、出てくる用語や話の展開の半分くらいがようわからんまま読み終えて、ああ結局そういう…悲しい…という感想が残った。鮮烈な印象と言葉にし難い悲劇感。考えれば、この作品は自分が通して触れた初めての冷戦期フィクションであり、唯一のミリタリものでもある(ガルパンはミリタリに入らない)。
 
 主人公の風間真は親友の裏切りにあって外人傭兵部隊へ送り込まれ、中東で戦闘機のパイロットとして戦果を挙げていた。いつか日本へ帰る日を夢見て賞金を稼ぐが、その中で指揮官サキや元海兵隊のミッキーらと親交を深めていく…

 いうまでもないがこの作品、歴史的名作である。知る人ぞ知るアレだが、キャラクターの心情の掘り下げや事情の奥行き、魅力的な描写と挙げればキリがない、ロマンとロマンスに満ちている。戦争をしている最中でありながら、愛と平和が話題にあがる。当たり前のことすぎて誰も口にしない、「後の世の愛と平和のために今俺たちは戦争をしているんだ」というのっぴきならない事情を丁寧に描写していく。実際の戦争は背景的にしか語られず、西でも東でもない架空の中東が舞台だ。尤も、ゼロ年代には「中東が舞台の戦争」というのが最も真実味を帯びてしまう皮肉もあるのだけど。
 主人公は紛れもなくシンであり、涼子との愛や神崎との因縁がその主軸に据えられるのだけど、一方で個人の枠組みを超えた国家レベルの思惑も密接に絡んで架空戦記としても興味深い。まさに時流に翻弄される、如何ともし難い大いなる力すら感じてしまう。そんな中でも個人の尊厳と誇りを失わない気高い姿は、いち兵士の立ち姿として立派だし、生きるとは死ぬとは、ということも考えさせられる。冷戦末期の複雑な世界事情をエッセンスとして感じ取りもしつつ、次の揉め事がどこで起こるのかピリピリしてるあの感じ、こういう切迫した空気感はその時代のフィクションにしか出せない、特有の緊張感に満ちていて今でも古ぼけない。むしろ今の方が闇は深いのではないだろうか。直接絡んでいる機会が多くなったからか、はたまたインターネットの発達によっていろんな意味で筒抜けになってるからか、なんとなく現代こういう意味で鋭い作品を世に出すのはリスキーな気もする。

 すきなエピソードは無限にあるが、やはり最も打ちのめされたのはグエンの散り際、それからマックの最後、ミッキーとセラ。もちろんサキやラウンデルの運命も悲しかった。作戦として最も激ったのはアフリカ編。空戦じゃなくてすまん。でも民族自決と独立の困難は、やはり何度目の当たりにしてもその不条理ぶりに心が痛くなる。独立して終わり、成し遂げて終わりではない。その途方もない未来に、ハゲタカが如く群がるグロテスクさ。象徴的な一編だ。パリ編は概してとても良かった。非常事態慣れしてしまった己の怪物ぶりに、この上なく傷つくシンが痛ましかった。

 物語は7人の信頼する仲間の魂とともにサキが冥府へ旅立つというお告げを忠実に再現している。
 思うに、シンの記憶はサキが一緒に冥府へ連れて行ったんじゃないだろうか。
 過酷な現実に向き合わずとも幸せに生きられるように、88での記憶はサキが。
 これから生きていく世界の幸福に、間違いなく血みどろの日々はいらない。その粋な計らいを、他ならぬ真だけがこれからもそれを知らない。エモい。

 いい漫画でした。通しで読んだのはもう数年ぶりでほとんど覚えてなかったし、中二には難しかった用語も、冷戦オタクを経てすっかり理解できるようになり、解像度高く読めた。この漫画が連載されたのは1979年から86年、オイルショックから日航機墜落事故の時代である。ベルリンの壁が壊れるなどと誰も想定すらしていなかった時代。東西ドイツが厳然と存在した時代。日本がバブルに湧いていた時代。ユーゴスラビアがまだ地獄を見る前の時代。
 現代史はデリケートだが面白い。知り尽くすということがない。そして入り口は無限にあり、この作品もまたそうした入口の一つだ。私はおそらく今後何年経ってもこの漫画を読み返し、死ぬまでずっとすきでいると思う。
 だから無料期間に読むだけじゃ満足できない。DMMで全巻購入して良かったと、今後も言い続ける所存である。負け惜しみじゃねーから!

 さて、これは別件だが残念なことに、映画館の閉館がほぼ確定してしまった。
 楽しみにしていた「くれなずめ」は公開延期。「水を抱く女」は場所によっては公開指定ただけに、宣言明けも地元で上映してくれるのを祈るばかり。つっら。
 GWは引きこもって本を読み映画を見ることになりそうだが、この期間次に何を見て、何に心動かされるか不明瞭でソワソワする。連ドラも見逃せないけど、一話ずつレビュー上げるのは難しい。わからないことがまだまだ多いからだ。感想まとめて、全部見終わってから言いたい。多分6月頃の私は忙しいんだろうなあ。いらんことを不安がる私であった。

 いつもご覧くださってありがとうございます。
 これからも元気に世迷言を吐き散らかしていきます。
 またよろしくどうぞ。では。

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