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「バビロン・ベルリン」は過去か、現在か

 バビロン・ベルリンのシーズン3を見終えてしまった。
 終わってしまった。
 これほどまでに終わりたくないドラマは久々だった。好きなものを楽しむときの人間のアプローチは食事に現れるというが、自分の場合、そのアプローチの作法は気分によりけり。最初に大好きなものを食べることもあるし、一番最後に残しておく場合もある。どっちがどっち、優れているか否かという話ではなくて、要はその媒体をどういうテンションで楽しむか、自分にどれだけ余裕があるかという客体の問題である気がする。気まぐれなのだ。要は。
 ということで、このドラマを完走するまでに「最高の離婚」を見終えてしまったし、『やんごとなき雑談』も読み終えてしまった。たびたび「見終わらない…」と呟いていたので、どんだけ見るのが苦痛だよと思った人もいるかもしれない。逆だ。まったく逆。なんなら、一話見るので必死だった。体力が必要だった。それでいていつまでも咀嚼していたかったし、噛み締めて最高…ってのたうちまわっていたかった。ドラマを命削って見るな(ちなみにこの2つとも最高に面白かったです)。

 ところでこの「バビロン・ベルリン」、日本ではBSで放映された以外、アマプラに有料レンタルが用意されている他にはHuluで配信されている以外に見る手段がない。読んでいるあなたがアマプラ見放題至上主義だったり、Netflix信者だったりする時点で見られない。惜しい。あまりに惜しい。あなたが悪いのではなく、独占放映権(?)を許している各種サービスが悪い。にっくきリージョナルコードめ。絶対本国だったら各種サブスクで配信してるはずなのに。知らんけど。
 
 よくBRUTUSや&Premium(お世話になっています、ありがとうございます、愛読しています)でやってるような、一冊だけ! 一作だけ! 紹介してくださいというやつ、私が紹介するとしたらこのドラマを選ぶ、ってくらい偏愛しているドラマです。舞台は1920年代のベルリン、ヴァイマル体制下の首都。もうこの時点で最強かつ最高なんだよな。ちなみに書いてる人のベルリンへの偏愛ぶりはこちらの記事をご覧ください。


 主人公ゲレオン・ラートはドイツ西部の司教座都市ケルンからベルリンにやってきた優秀な警部だが、第一次大戦に参加した経験から結構重度のPTSDを抱えており、優秀な仕事ぶりの反面ぬぐいきれない影のある男。
 そんな彼と、刑事を目指す少女シャルロッテ・リッターが何やかんやあってバディとなり、ベルリンに跋扈する犯罪者や秘密組織と影に日向に戦うシリアス・クリミナル・サスペンス。
 なんか魅力を1ミリも伝えられてない気がするけど大丈夫か?

 このドラマの何がすごいって、めっちゃ1920年代、「黄金の20年代」を心血注いで作っているところ。
 服飾や文化もさることながら、キャラクターたちの価値観や行動理念、思想信条に至るまでうわ〜〜〜20年代〜〜〜〜と歓声をあげたくなる。街並みもすっごい拘って作ってるし、何より戦間期の不安定さ、第二次大戦の印象に霞みがちな第一次大戦後のドイツ社会の地獄ぶりを躊躇なく描いている。彼らは帝国時代のあれこれを全開で継承しながらなんとか日常生活を送りつつ、その中で階級による序列や権力への拘泥など捨てきれない部分も当然あり、単なる善悪二元に集約されない様々な思惑を抱えている。何より主人公のゲレオンは今でこそ優秀な大人の男なのに、致命的にダメな立ちきれない女と、兄を見捨てた悔悛を心の底から求め続けている。まあそれが彼を長きにわたって逆に苦しめることになるわけだが……
 前時代的で、排他的で非合理的で非人道的な、当時の空気をそのまま吸える作品。そういうのはこの世の中にそう多くない。

 1・2シーズンはベルリンの勝手を覚えつつある風紀課のゲレオンさんが、何やかんや経ながらソローキン家の金塊をめぐるいざこざにガッツリ巻き込まれてしまう話。
 この金塊をめぐり、謎のロシア人女性スヴェトラーナさん(男装の歌手としても活躍。こういうあたりものすごく20年代ベルリン!)、アルメニア人実業家(シーズン3では大活躍(?))、ソ連の諜報員、黒い国防軍+スポンサー実業家、行政長官とゲレオン、そしてゲレオンの上司ブルーノとシャルロッテ、と複雑で多層的な関係模様が描かれる。そうこうしながら命をかけたやりとりでグッと距離を縮めるゲレオンとシャルロッテは、ついにシーズン3で落ち着くところに落ち着くわけだが、1・2シーズンの付かず離れずなバディ感が大変よろしく素敵だった。まあお互いに、こう、相手がいたのにそれが色々あっていなくなっちゃうっていう悲しいアレもあるんだけど……
 金塊をめぐるあれこれ、出し抜いたり一泡吹かされたり、うまいな……と思う演出のオンパレードで見ててめちゃくちゃ気持ちよかった。あとはゲレオンの過去との絡め方とか大事なところで忍び寄るトラウマとか。一度張った伏線を付箋でも剥がすようにしれっと回収していくので、割と捨て回がないし見逃していられない。すごい。
 あとやっぱりスヴェトラーナの男装と主題歌、Zu Asche, Zu Staubの存在感が全体的に薄暗い風景にケレン味というかスパイスというかアクセント的なものを加えていて大変良い。
 キャラクターが多く群像劇的な展開もあるので、関係図を書きながら整理してみると面白いかも。
 陣営はだいたい各人が二重三重に与しています。あいつとあいつがツレで、あいつはあそこで面識があって、あいつとあいつが寝てて。なんせ20年代なんでまだNSDAPも台頭してきたばかり、躍起になって共産主義者とモメてる生々しさが寧ろその後を予感させてゾワっとすることが多々ありました。その傍ら、それまでの功績が認められて晴れて刑事助手となったシャルロッテの喜びもいかばかりかという華やかなシーンもあり。100年前だけど、今にも通じてしまう、そういうジェンダーの問題を逆説的に提起する存在でもあるシャルロッテは、副業も含めて彼女はこうでなければならないということを納得させるのに十分でした。みんなシャルロッテのことは好きになっちゃうよな…

 3シーズン目は1、2とは間隔開いたのか、それまでと色々一新して、20年代を畳みに来たなって感じです。
 言わずもがな「黄金の20年代」と称された華やかな戦後文化と経済の好調はウォール街の株価大暴落をもって見事に終焉を迎え、世界は絶望のどん底に叩き落とされるわけですが(ソ連を除く)、その前夜たる1929年のベルリンを舞台に、あれだけ人気を博した1・2シーズンとこれだけの隔絶を施しながら、何ならレギュラー準レギュラーの半分近くをごそっと入れ替えながら、よくこれだけの作品を作ったなとそこにまずスタンディングオベーションものです。えーんありがとう。感謝しかない。
 例の事件の後、一行が巻き込まれるのはポツダムのウーファ、映画撮影現場。1928年に電気化されたばっかりのS7乗って行ったのかなあ。そこでの女優の死をきっかけに、様々な思惑がからむ大事件へと巻き込まれる。当然命も危険にさらされる。前回(シーズン2)で池に沈められてあわや溺死となるところだったゲレオンは今回、軽く串刺しに(生きたまま刺さってるの初めて見た)、シャルロッテはインスリン注射で死にかけてましたが、なんとか今回も二人とも無事で本当に良かったです。シリーズが続くよ! 前回ベンダが死んじゃったのは地味にショックだったので今回は死なないで……だれも……とか思ってたんですが、流石にシャルロッテと同じシーンで叫んでしまいました。アレは叫ぶわ。その直後、誰も聞いてないと思って誇らしげにベラベラ喋る行政長官には笑いました。罪悪感があったんだね。誰かに聞いて欲しかったんだね。よしよし。お前は絶対に要職につけないから安心しろ。
 あとヘルガ、ヘルガまじで悪いやつすぎて笑った。ドイツフィクションに頻繁に出てくる「クソほど悪い未亡人」のテンプレ、どっかに王道でもあるのかと思うくらい頻繁かつ効果的に出てくるので笑う。「DARK」のハンナも大概でしたが、アレと全然タメ張れる凶悪さでした。うーん。しかし彼女もゲレオンにめちゃくちゃ傷つけられてるので、命ある限り彼にえげつない仕返しをしそうではある。このドラマ割としたたかな女を描くのが上手だな……というのは思います。絶対最後まで生き残るよねヘルガは。逆にモーリッツが生き残れるか早くも心配になってきました。39年とかの時点で早々に東部へ送られたらどうしよう……
 シーズン3で最も良かったのは国防軍の暗躍とNSDAPの拡大をパラレルに論じていたことで、恐らく故にあそこまでその後のNSDAPの活動が肥大化して制御できないっていうところまでいくんだろうなと思っていたから、さらっとしてたけど欠かせない要素でとてもありがたかった。政治警察のリストにお前も名を連ねると脅されていたゲレオン、そう遠くないんだろうなあ。そういう窮地へ陥れたがる局面では絶対「彼」が暗躍しますよね。場合によっては「彼女」も。近くて遠い魂の片割れ、PTSDの原因。今一つ「彼」の目的はよくわかりませんが、ああいうひっかき回しキャラがいることによってこのドラマがTatortではなくBabylon Berlinでいられるのだろうと思っています。Tatortも好きだけどね。住んでた頃結構見てたし。あと今期のアルメニア人ギャングのすてきな三角関係は対照として語られてる感じで、まあゲレオン周りは三角どころじゃないんですけど、今後このへんの愛憎が根幹に絡んできそうでゾクゾクしています。

 いや〜とにかく面白いドラマでした。
 細かいところも、大局を見据えたシナリオも、選ぶ人も全てが凄まじかったな……余談ですが主演二人は元気にインスタをやっていて、役を離れた姿も拝むことができます。ゲレオン役のフォルカー・ブルッフ氏、やや爬虫類を思わせる顔つきで物憂げでセクシーでたまらん格好よさ。髪を下ろしても可愛い、オールバックでも可愛い。この役を演じてくれてありがとうしかありません。格好いいんだよな……語り口も真摯で、難民問題への言及など社会貢献にも積極的で。素敵な大人だなと感じる。
 場所を特定しながら聖地巡礼するのが楽しみです。まあそのものズバリな撮影場所は滅多に残ってないだろうけど。市街戦と再開発で戦前のベルリンって撮影に耐え得るだけの素材が残っていない気がします。まあとりあえずKaDeWeにはめちゃくちゃ行きたいし、アレクサンダーやポツダム広場では「絶対無理だけど一番それっぽい」角度で写真を撮りたい。お登りさんかよ。そうそう、遥々9000kmくらい上京してきたから。
 
 あの終わり方だと逆にシーズン4やらないと投げっぱなしジャーマン(ギャグじゃない)もええとこですよと釘をさしておきたい。
 続きも楽しみです。でもだんだん、世の中が緊迫してくる様をみることになるので、それはそれで怖い。
 ただこの世界と紛れもなく「ジョジョ・ラビット」のスカーレットヨハンソン演じるママの青春時代は明らかに同質なもので、当時ああして闊歩した若い女性がたくさんいたのだろうな、と思うと謎のときめきがある。時代が単に悪いのだ。時代だけでなく、人々を取り巻く全てのものが、新時代には通じない。
 でもなんだか、そういう「危機的な過去」って別に過去のことだけじゃないよなあ、とぼんやり反省とともに思うなどしました。奇しくも世界は100年ぶりの20年代を迎えていますが、どうなることやら。29年を迎える前に経済が死にそうでこわいですね。

 取り止めのない雑感で感想にもなってないけど、これ本当今から見る人にこそ見て欲しいので、ネタバレ危惧してあんまり書けない……いやいくらでもするんだけど、とりあえず私のバイアスとかかけずに本編を見てほしい……
 是非皆さん見てください。今なら全部観れるから。

 それではまたよろしくどうぞ。では。

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