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「平家物語」はじめから決まっていたとしても。

 それを予定調和と呼ぶ人がいる。
 お約束、ともいう。
 人間の有史以来、数千年の積み重ねの中でフィクションは絶えず形作られ、しばしば予定調和は否定的なニュアンスでもって語られる。ありきたりなストーリー、そうなるとわかっている話。なんだかんだで人は刺激を求め、それは「どんでん返し」を求める潮流にも現れる。必ず二度見たくなるストーリー。そういう触れ込みもたくさん見た。2周目で意味がわかる話は確かに知的好奇心をくすぐられる。商業戦略としてもうまい。
 私は自他ともに認めるフィクション愛好家であり、なんなら日々の労働すら世の中の良質なフィクションを余すところなく潤沢に享受したいから……と公言して憚らない始末だが、刺激を求めると同時にど真ん中のスタンダードを大事にするエンタメ信者でありたいとは常々思っていて、それはともすれば伝統芸能だったり、古典だったりを愛好する側面に現れているのかもしれない。定番は強い。なんやかんや言ってゲーテを読まずしてドイツ文学は語れないし、シェイクスピアを欠いてヨーロッパ的価値観を論ずるには値しないのである(批判的な視座も当然必要になってくるだろう)。
 少し前、炭酸飲料でその名を知られるサンガリアというメーカーが「国破れて山河在り」からその社名を抜粋していると聞いた。言わずもがなこれは杜甫の「春望」という漢詩からの引用であり、おそらく日本中の中学2年生が大体今くらいの時期に学校で習ってかぶれ、似非中国語を会得する機会に恵まれている。松尾芭蕉の「おくの細道」においても平泉の章で「城春にして草青みたり…(中略)…兵どもが夢のあと」と続く。これらの古典は学校教育で原文を学び、その解説の恩恵にまで与る機会がある。少なくとも日本で公教育を受けていれば、義務教育課程でそこまでの知見が得られるということである。やばい。世界に名だたる気合の入った古典教育。日本の義務教育水準の高さたるや。多分、諸外国ではここまでの教育は大学進学を検討しなければやらないだろう。何が言いたいかというと、「国破れてサンガリア」で一般の、別に古典研究者でもない人間が元ネタを理解できるこの国の水準はまあまあやばいし、それくらい古典が浸透しているという現れでもあるかもしれない。
 余談だが、日本人はおそらく文化的にこういう格言めいたやつが大好きなので、「賽は投げられた」だの「来た、見た、勝った」だの、遠くローマの名言までもが日本語で広く浸透しているが、これはヨーロッパの知識人に披露してやるとめちゃくちゃ喜ばれる。普通そんな言語はない。原典のvini, vidi, viciは言わずもがなだが、日本語のそれは原典に最も近く原語のニュアンスを再現しているとして絶賛されたことがある。おそらくその辺の文化を輸入し翻訳した際の明治人たちの言語センスが神がかってたんだと思う。後世の我々は黙ってそれを受け取るしかない。ありがとう先人。サンキュー日本語。自分のなけなしの愛国心はこういう時にのみ最大限発揮される。

 本筋に話を戻すと、先週あるアニメが最終回を迎え、しかもそれが地上波でなく配信限定だったのだが、次の1月から地上波で放映が始まるので今のうちにダイレクトマーケティングをかましておきたいと思ってモニタに向かっている。
 全然関係ない日本の教育水準の話をしたのは、この潤沢な教育環境を生かしてこの国の偉い人に言いたいからだ。
「このアニメを正課のカリキュラムとして中学校の国語の学習指導要領に組み込まない?」

 平家物語、良かった。もう良かったという語彙力が消失するくらい何もかもが良くて冒頭でどうでもいい話しちゃった。マジ神。

 元から自分が山田尚子監督のシンパであることはもう疑う余地もなく、このTLの人向けにわかりやすくいうなら「『不思議』を書いた星野さんが己の中のキュンを高めるために見ていた京アニの『たまこラブストーリー』の監督」というので十二分に伝わりまくると思う。神である。「リズと青い鳥」という超絶名作号泣必至この世に生まれてありがとう映画でもうこの監督には一生ついて行きてえよ……と膝をついたオタク、この度も膝から崩れ落ち、東を拝み西を拝み波の下にも都があるんだ……と泣きながら仕事に行く羽目になりました。朝見る最終回じゃなかった。
 あのね〜〜〜もうこういう言い方はしたくないんですが、「平家物語」っていう、もうこの国に生きてる全員が全員名前聞いたことあるくらいの名作をこんなに正面から描いて、しかもなんならめっちゃ読んでて推しまでいるような(平重衡です)オタクにここまで感じ入らせるのは本当に凄いと思うんですよ。つい先日も原作の雰囲気を損ねているとやや延焼している実写化の話がありましたけど、普通はそうなんですよ。全員が全員納得する実写化なんてないと思うのね。それはもう当たり前なんですよ。メディアミックスするなら、切り捨てる要素も削るべき要素も当然存在する。その中で何を残し、何を補完して新しい展開を見せるかというところが見たくて、自分なんかは映像作品を見ている節がある。もちろん原作が映像というパターンもあるし、映像にしかできない表現はたくさんある。ただそれを、平家物語というもう800年近くの歴史が語り継いできている媒体でやってのけた最適解がこれというのが凄すぎる。
 まず脚本がいい。脚本が悪いとどうにもならない。脚本も吉田玲子という神による奇跡。原典の名言を多量に踏襲しつつ、それらの不自然なつなぎをしないんですよね。人の立ち位置と陣営、思惑、行動原理を一言で表現するのがうまい。この複雑極まりない姻戚関係と主従の入り乱れる状況をキャラクターの台詞で表現しきる引き算の美学。これはものを書く人間としても大いに学ぶところがありました。
 続いてキャラクターデザイン。これも「輪るピングドラム」や「君と波に乗れたら」などで有名な小島崇史という神が、高野文子というこれまた神のキャラクター原案を滑らかに、まさに人間としてアニメーションに生かし、資盛こういう笑い方するわ……維盛が怒るとしたらこういう顔するわ……知盛こういう歩き方するわ……と全てに説得力を持たせる造形をしていました。直接的な表現になりますが、このアニメのキャラクターはアニメっぽくないのです。絵的表現としてややデフォルメはあるものの、いわゆる記号的で安易な萌え絵の表象が殆どない。言うなれば主人公(?)の時折見せる妖艶さ、この世のものではない艶たる佇まいにある種のエロスを感じ取ることは可能であるが(美人画を見た時に読み取れるものに近いかもしれない)、こういうのが作れるから日本のアニメってやっぱ凄いんだよなあと改めて思いました。視聴者のレベルを決して見下げない。安易で記号的な表象に満足しない。美醜の諦念にとどまらない、そこに「いる」人間の描写。実写ドラマを見慣れた人にこそ見てほしい、絶えず変化し続ける生きた人間の姿の描出が非常に巧みでした。萌えアニメを見慣れた人にも、アニメーションを普段見ない人にも、普遍的な一種の表現として伝わる力があったように思います。文脈を無視した記号的なダサ表現が全然なかったですね。そこは本当にいろんな人に見て欲しい魅力の一つ。今あらためてアニメを作る意義と矜恃のようなものを感じました。いつだってここが一番先を走ってくれるから、長いオタクは安心して存分に心酔できるというものです。素晴らしい仕事ぶりでした。
 忘れてはいけない声優陣の名演。これもうキャスト見た瞬間「声優界の大河ドラマか?」ってなったくらいやばいキャスト。オタクはよく「この●●さんは裏切る●●さん」とか「この◉◉さんは死なない◉◉さん」とか言うんですが、そういう前提を加味しても、逆に全く前知識がなくても、この配役とこの声とこの演技がいかに奇跡的なディレクションでもって完成されているか、一人ひとりのパフォーマンスがいかに優れているかを作品を通して知ることになると思います。月並みな言い方をするなら全員が大河ドラマで主演を務めるクラスの名優で、その主演揃いの中で一人一人の演じる=生きる人物を最大限に表現してくれている。これ以上の幸福はない。おそらく私の中で今後しばらく早見沙織さんの徳子が徳子として根を張る気がする。出会えてよかった。

 平家物語の話をしてネタバレと怒る人は世界中のどこを探してもいないと思うが、ただこのアニメ、FODで限定配信され、1月から放映ということで、クール的には今クールの作品と数えていいのかすこぶる微妙である。だが間接的とはいえ課金できたのは幸福と言わざるを得ない。「最高の離婚」とフィギュアスケートのオタクはどうせFODプレミアム加入してますよね。見てください。今なら全話見れます。見よう。なんなら今日見よう。平家の栄華がたったの6時間弱で見れるぞ。見よう。何事も見るべきほどのことを見てからでも遅くない。

 ちょっとずつ世の中が回復してきつつあるので感染症対策は取りながらですが、自分も浮かれて放映中の週末を使い、祇王寺やら雪見御所跡やら須磨浦やらにふらふら出かけてきました。平家物語はどこまで事実なのだろうか。いやこんな物語に似た歴史が本当にあったことの方が遥かに驚嘆できてしまう。結末が歴史に裏付けられているからと言って、その過程がなんでもいいわけはないんだよなあ。解釈は何通りでもあるんだよなあ。そういう思いをしみじみと強くしました。まだ大原には行けてないので大原に行きたい。
 そう思って今日も見返して泣いています。本当に良いアニメでした。長々と書いてきましたが最後に一つ言えるとするならば、

 アニメ「平家物語」、見てください。よろしくお願いします。

 公式サイトのリンク貼っときます。
 https://heike-anime.asmik-ace.co.jp

 あとこのアニメ見た後で前よりもっと資盛のことが好きになります。資盛の描き方はこれまでで一番好きかもしれません。
 OPとEDもめちゃくちゃいいです。早く、早く配信を……!

 いつも以上に頭のおかしい感想でした。
 またよろしくどうぞ。では。
 

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