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父と自転車

「お父さーん、自転車気持ちいいねー!」

後ろを振り返ると、とびきりの笑顔なんだけどちょっと必死になって初めての電動自転車を漕ぐ父が見えた。

久しぶりに一緒に自転車で走り、ずっと私を先導してくれていた父のことを私が先導している。自転車好きの歳をとった父が一生懸命、電動自転車を漕ぐ姿が愛らしくて笑いながらポロッと涙が出た。

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小学生の時の私の自転車は父の手作りの真っ赤なドロップハンドルで6段ギアのロードレーサーだった。

運動神経ゼロに近かった私だったが、自転車だけは、どんなスポーツマンの同級生男子にも負けなかった。

当時女の子の自転車は人気のキャラクターのカワイイ自転車で、最初はロードレーサーが恥ずかしかったけど、颯爽と風を切りながらどこまでも行けて、誰よりも早く駆け抜けるのが楽しくて自慢の愛車だった。

そして、ロードレーサーに乗った父とサイクリングするのが大好きだった。

高校生になると、私は普通のママチャリに初めて乗った。朝、私は学校へ父は会社へ向う駅までの道を自転車で二人で走った。

私が大人になり、電動自転車に小さな息子を乗せて出かける時も、ロードレーサーに乗った父と一緒に走った。

そして今はとっくに成人した私の息子の自転車も歴代、父のプレゼントしたタイヤの細いロードレーサーだ。

父は学生時代から自転車が好きで、いろんなパーツを取り寄せ、マイ自転車を作って乗っていた。サイクリングチームに所属し、仕事が休みの日には仲間達といろんな所へサイクリングに行っていた。
「これはね、フランスの○○というメーカーの△△というパーツで…」と説明されても私には全くチンプンカンプンだったし、そのパーツ高いんじゃないの?私のお小遣い上げてよ。なんて文句を言いつつも単純にカッコイイ自転車だなぁと思っていた。


私が高校生だったある日曜日、恋人と自転車デートしていたら、「ツール・ド・フランスに出てる人なの?」と思うくらい物凄く派手で体にピタピタの自転車ウェアを着て、ピカピカのロードレーサーに乗る父が前方に見えた。
ちょっと恥ずかしくて気付かないふりをしようとしたが、父は満面の笑みで「お!デート良いねー!」と言ってすれ違い、颯爽と走って行った。
「カッコイイお父さんだね!」と彼に言われて何だか恥ずかしいし照れくさかった。

父が50歳を過ぎた頃、仕事帰りに何度も駅のホームで倒れ、救急車で病院に運ばれ、私は何度も呼び出された。入退院を繰り返し、突発性難聴で父の右耳は聞こえなくなった。

60歳を過ぎると、左耳も聞こえ辛くなってきた。
それでも父は自転車で3時間かけて海へとサイクリングに出かけていた。
途中のサイクリングロードで出逢った知らない人と話したことや、こんなカワイイ鳥がいたとか、野良猫が寄ってきたとか楽しそうに話してくれた。

70歳を過ぎ、左耳も殆ど聞こえなくなり、聞こえないと車の音が聞こえ辛くて怖いからと、父のロードレーサーは引退し部屋に飾られ、愛車は折りたたみ自転車になり、近所のスーパーに行く程度になった。

人と話すのが大好きだった父は、聞こえ辛いから相手の話を何度も「え?なんだって?」と聞き返したり、自分の声が大きくなってしまうのが嫌で、すっかり引きこもりになってしまった。

私も息子が成長してから移動手段が電動自転車から原付バイクに変わり、父と二人でサイクリングすることはなくなった。

「お父さん、メガネだし、入れ歯だし、補聴器なんてつけたらロボットになっちゃうよ」と訳のわからない理屈で嫌がっていた補聴器を最近やっとつけるようになった。

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長く一人暮らしの父は、片付けが苦手過ぎるくらい苦手だ。

たまに父の家の片付けに通っていた私は、自身の病気と仕事の忙しさで体力も気力もなくて暫く父の家に行けなくなった。

毎朝の生存確認?メールでは、「お父さんは元気です。」としか返ってこない。

緊急事態宣言が出て仕事が休みになった時、抜き打ちで父の家を片付けに行った。

家の中は凄いことになっていて、飾られたロードレーサーもホコリを被ってシュンとしている。
父はベッドの上で丸くなって寝ていた。

痩せて、髪の毛とヒゲは仙人のように伸びている。

私は黙々と部屋を片付け始めた。涙がでた。父は私に気づかず寝ていた。

オシャレで愛嬌があって優しい父は変わり果てていた。
私が入退院を繰り返していた頃は、父は仕事帰りに毎日自転車で我が家まで通い、小さな息子の夕飯を作って食べさせてくれていた。優しいおじいちゃんだ。

長い時間をかけて父の家は、一人暮らしの若くてオシャレなOLの部屋なの?と思うくらい快適になった。

痛いから入れ歯を入れたくないとごねるので、医療用の栄養ドリンクを毎日飲んでもらい、柔らかご飯を食べてもらっていた。

季節が春から真冬になる頃、父はかなり元気になってきた。私が掃除してる間もエンドレスで楽しくおしゃべりできるくらいに。

折りたたみ自転車のサドルが盗まれ、別のサドルを付け替えたけど、不安定で怖いんだよね。と言うので、電動自転車にしてみれば?安定感あるし、カゴも付いてるから買い物も楽だし、私の家にも遊びに来れるよ?と勧めてみた。

父はマスクを忘れて自転車屋さんに行ったら入店出来ませんと言われたとションボリしていた。そりゃそうだ、マスクなしでは生活できない時代だよ…。

ちょうど私も原付バイクを引退し、ママチャリに戻ろうとしていた所だったので、自分の自転車探しと共に、父の電動自転車を探した。

自分の自転車を購入した時の自転車担当の販売員さんがとても親切で丁寧だったので父のことを相談したら、ちょうど良い感じの電動自転車を紹介してくれた。値段もちょうど良い。

その足で父の家に行き、パンフレットを見せながら説明すると父は目を輝かせた。
「お父さん、レッドが良いな!」
早速予約して、晴れて暖かい日の午後二人で自転車屋さんに行った。

駅の自転車屋さんから父の家までは30分かかる。

体力の落ちた父が、久しぶりの遠出だし、初めての電動自転車で家まで無事に辿り着けるのか、私は心配でならなかった。父に聞いても「大丈夫だよー。」の一点張り。

久しぶりにオシャレして、ピカピカに輝く新品の赤い電動自転車に乗った父はとてもイキイキと良い顔している。
髪の毛もヒゲも綺麗にカットして自転車用のカッコイイ帽子も被り、見た目はちょいワルおじいちゃんだ。

「じゃあ帰ろう!」私はママチャリ、父は電動自転車。久しぶりの二人でのサイクリングだ。

私が父を先導し、心配で何度も後ろを振り返りながら走る。私の心配をよそに父はとても嬉しそう。

「お父ーさん、自転車気持ちいいねー!」
「うん、気持ちいいね!」

父の家に着くと、私はゆっくり走っていたつもりだったが、父は「ちょっとスピード早かったね。体力落ちちゃったなぁ。」と言い、息が上がりながらも満面の笑みだった。

「体力つけるために入れ歯も練習しようかな。しっかり美味しいご飯食べないと。」と前向きな発言も出る。

私は我が家への帰り道、お父さんとこれからまたいっぱいいろんな所にサイクリングしよう!とウキウキ鼻歌を歌いながらママチャリを走らせた。

父と自転車の楽しい時間がまたスタートした。

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始めの絵は、ロードレーサーでブイブイ言わせてた頃の父を描いてみました。

(マガジンはじめました。)




読んでくださりありがとうございます! 嬉しくて飛び上がります♪ 私の心の中の言葉や絵を見て何か感じてくださればいいなと願いつつ。