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【ピリカ文庫】Valentine Chocolate

優くんが出ますように!優くんが出ますように!優くんが出ますように!

受話器を耳にあてボタンを押す。やっぱり無理!途中で受話器を戻す。勇気を出してかけてみる。「はい山野です」お母さんだ。「すみません、番号間違えました」少ししてかけ直す。「もしもし」と優くんの声がした。「池崎 真梨子です」

約束の時間の10分前に着いた私は、手や耳が氷のように冷たいのに顔だけ熱い。
待ち合わせのイチョウ公園。空を見上げると、すっかり葉を落としたイチョウの木の枝の隙間から茜色の雲が見える。
夕方5時ぴったり。ゆっくりと歩いて優くんが来た。
私の顔を見ない。
ふたりの距離は3メートル位。

「あの、これ」優くんにそっと近付いて可愛いリボンのついた小さい箱を渡す。
「うん、ありがとう」
「じゃあ」
すっかり暗くなった空の下を走って家に帰る。手も耳も顔も全部熱い。キッチンのテーブルに残った手作りの小さいチョコを食べてみた。甘い。

私は中学校の入学式、隣の席になった山野 優くんに一目惚れした。切れ長で透き通るような目に吸い込まれた。

一ヶ月後、ピンポンとチャイムが鳴る。
「はい」と玄関を開けると優くんが立っていた。え?
「あの、これお返し」可愛くラッピングされた小さい瓶を差し出した。
やっぱり私の顔は見ていない。
「あ、ありがとう」
「じゃあ」
ラッピングを外し、瓶の蓋を開けると色とりどりのキャンディーが入っていた。一粒口に入れる。甘い。

中学校の3年間、毎年このバレンタインの待ち合わせをした。学校では、喋ることも、付き合うこともなくて別々の高校に進学し、私の初恋は終わった。

25歳。仕事でいつもならやらないようなミスをしてしまった。ビルに挟まれた駅までの帰り道。悔しくて今にも泣きそうになるから、いつもとは違う道をとぼとぼ歩いていた。前から歩いてきたスーツ姿の男性が私の目の前に立ち止まる。
「池崎 真梨子、だろ」え?
「山野 優。覚えてる?」もしかして、初恋の優くんなのかな。面影が残っている。切れ長で透き通るような目。

「なんだか暗い顔してるな。ちょっとご飯でも食べに行こうよ」
ご飯を食べながらお互いのこれまでのことや、今日の仕事のミスの話をする。しっかりと私の顔を見ながら時々笑って話す山野くんが不思議。

その後、カウンターだけのbarに行った。アンティークの家具が置かれ、少し薄暗く、緩やかな音楽が流れている。
私は端の席に、隣に山野くんが座る。
「俺、ウイスキーロック。池崎は?」「へえー山野くん、なんだか大人っぽいね。私はハイボールがいい」
乾杯をして、二人でお酒を飲み始める。楽しくて仕事のミスのことも忘れて飲んでいた。
ガラスの器に薄くて小さいチョコとクルミが可愛く盛り付けられ、ふたりの前に置かれる。
「ビターチョコ、お酒に合うよ」
「そうなんだ」
山野くんがウイスキーを飲みながらチョコを一枚口に入れた。
他のお客様に見えないように、私の頬を
両手で包んだ。唇が近付く。ほんのりウイスキーの香りがするビターチョコが私の口の中に移る。山野くんが「美味しいだろ?」と言う。
私は山野くんの顔が見れない。
顔が熱い。
真鍮のランプを見ながら口の中のチョコを食べた。
「俺、中学の頃、池崎のことが好きだったんだよね。初恋」じっと目を見つめられる。

静かにお酒を飲み、店を出る。
「あ、ありがとう」
「じゃあ」

連絡先も交換せず別れた。

帰り道、今日は2月14日だと気付く。大人になってからのバレンタイン。

ほろ苦くて、でも甘い、二度目の初恋だった。


優くんから初めてもらったバレンタインのチョコ。

一ヶ月後に、今日出会ったあの道でキャンディーを持って歩いてみたら面白いかもな。なんてちょっと笑った。


・・・・・

憧れの【ピリカ文庫】

ピリカさんからお声掛けいただき、「わ、私が小説?ですか?」と椅子から飛び上がるくらいビックリしましたが書いてみました。
生まれてからニ作目の小説です。

「バレンタイン」というテーマ。

中学生の純粋なふたり。十年後、大人になったふたりがバレンタインに偶然再会する。

その先はどうなるのかな?というのはみなさんにご想像していただいて。

拙い文章ですが、読んでくださりありがとうございます。
お声掛けしてくださったピリカさん、ありがとうございます。

とても楽しい時間でした。

憧れの「ピリカ文庫」ステキな作品がつまっています。

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バレンタインの絵を描きました。




読んでくださりありがとうございます! 嬉しくて飛び上がります♪ 私の心の中の言葉や絵を見て何か感じてくださればいいなと願いつつ。