オトンと夢の落語会へ!珍道中の旅
あの日の朝
オトンの目はキラキラしていた。
そして降り続ける雪もキラキラしていた。
・・・
「お父さんもじゅんみはちゃんと、いつか一緒に落語に行けたらなあ。でも今は無理だろうね。」
ずっと言っていたオトンの夢。
ついに父娘で落語会に行くことが決まった!
そして……
「八つぁん、熊さん」ならぬ
「じゅんつぁん、オトンさん」の珍道中の旅でもあった。
・・・
落語好きのオトン。
「落語はね、子どもの頃はラジオで聴いたんだよ。
噺を聴きに行くのも楽しいし、今はTVでも観れるから良い時代だ。
本当に面白い。あんな噺やこんな噺があってね。」
片耳は完全失調、もう片耳は補聴器を着けていてもほとんど聞こえなくなった今は、TVで字幕を読みながら楽しそうに観ている。
時代劇や時代小説も好き。
そんなオトンに影響されて、時代劇も字幕付きのTVで毎日夕飯時に一緒に観ていたら、すっかりハマり、今では私から「今夜は何の時代劇やるのかな?」と聞くようになりました。
私は落語の超初心者。
学生時代に付き合っていた人に連れて行ってもらった後は、たまにTVで観るくらい。
右も左も分からないけれど、オトンの落語の話を聞いていると楽しい。
私は去年、あることがきっかけで数十年振りに落語を聴きに行きました。
同時に「大好きな着物を自分で着付けて落語会に行く。」そんな普段の日常にはない「粋なことをやってみたい!」という淡い憧れもありました。
実際に行ってみて
「落語とっても面白かった!」と鼻息荒く話すと、オトンはいろんなことを沢山教えてくれる。
そこから話が膨らみ、父娘の会話が弾んで更に楽しくて嬉しい時間になったのです。
・・・
以前から私が
「それなら、お父さんの観ている隣で私が筆談で噺を書くよ!」
言うと
オトンは
「お父さんはね、聞こえなくても、きっと噺家さんの表情や動き、その場の雰囲気で楽しめると思うんだ。
洋画を字幕なしで観ても面白いのと同じだよ。
でもね、もし行ったら噺家さんや他のお客様のご迷惑になるかもしれない。
だからTVで観たり、じゅんみはちゃんの話を聞くだけで嬉しい。」
と言う。
そうだね、たしかにYou Tubeは、聞こえないし字幕もないけど、オトンは楽しそうに観ている。
迷惑をかけたくない気持ちも分かる。
今までのいろんな経験があるから…。
・・・
私は一度、オトンの世界ってどんなだろう?と、わざと耳を塞いで過ごしたことがある。
オトンにとって聞こえないことは、今では当たり前になっているので全く気せず楽しく過ごしているが、
私には初めての経験で、いろいろなことを感じた。
家の中では良いが、一人での外出は楽しいけれど聞こえないことからの大変さや、怖さも。
・・・
私は「落語会で字幕があったらいいのになぁ。」と思っている。
例えばスマホやCDで音楽を聴くのと、コンサートでミュージャンと「同じ空間」で音楽を聴くことの違い。
どちらも楽しいし、その時の環境に合わせて変えられる。
私はですが、コンサートやライブにたまに行くと、ずっと耳だけで聴いていた大好きな曲が、まるで全身で聴こえているような感動がある。
字幕があったならば、オトンもその感動が味わえるかもしれないなぁと。
娘である私だけの気持ちです。
オトンはそんなこと考えていないと思うし、求めていないかもしれない。
でも、小さくつぶやく言葉を聞いたことがある。
オトンの心の奥の声なのかも。
オトンは私の話を聞くだけで楽しいと言う。
でも以前、一度だけポロッと「字幕があったら良いなぁ。」とつふやいていたことがある。
私はその時、上に書いたような字幕があったら、もっと楽しめるかもしれないと思った。
落語だけでなく、演劇やミュージカルとかも。
「オトンと一緒に行きたい!」という気持ちは私の自己満足なのかもしれない。とも思って葛藤していた。
・・・
心臓発作で体調を崩していた我が家のにゃんこ次女ちゃんのために、ずっと父娘同時でのお出掛けは控えて看病していた。
にゃんこ次女ちゃんも、獣医さんから安定のお墨付きが出た。
私の体調もまだ波があるが、やっと落ち着いてきて、家族みんなで元気に過ごしている。
・・・
そんな時、たまたまこのツイートを見かけました。
林家あんこさんは
心をぎゅっと掴まれるようないろんなジャンルの小説を書いたり、とてもアクティブで尊敬する方の奥様。
そのご縁やオトンの話から私も落語に興味が湧いて、何度か「林家あんこさんの独演会」に行きました。
噺を聴きに行ってから、とても面白くてすっかり大ファンになったのです。
やっぱりオトンを連れて行きたい。
一緒に噺を聴きたい。
その想いを、アクティブで尊敬する方に相談していました。
今回は直前だったので、無理だろうと思いつつ「ご迷惑でなければ、父と一緒に行きたいのですが、まだチケットはありますか?」とお問い合わせすると「まだ空きが御座います。お待ちしております!」とお返事をくださった。
オトンは「本当に良いのかな?」と言いつつ、目がキラキラしていました。
ついにオトン念願の落語会に父娘で行けることになった!!
・・・
そして2月10日 落語会当日。
朝起きて玄関を開けて外を見る。
え?
細かい雪がふんわりチラチラ…。
そのうち、大きめの雪が風に乗ってどわーっ!と降ってきたよ?
前日の天気予報通り、雪が降っていた。でも、午後から雪だったような?しかもみぞれ混じりの予報じゃなかった?
雪対策は、服も靴も荷物も入念に準備しておいたので万全である。
オトンが「せっかくならロマンスカーに乗りたい。」と言うのでチケットもネットで予約済。
念のためロマンスカーが運休になった時の別経路も調べてある。
しかし途中で電車が止まったら行けない。
我が家の地域は(東京都山奥)雪が積もっているが、きっと都会では雪すら降っていないだろうと予想する。
一応、小田急電鉄のHPで確認した。
ロマンスカーは通常運転!やったー!
(私達が乗った数時間後にはロマンスカーが終日運休となった。)
・・・
そこからじゅんつぁんとオトンさんの珍道中は始まった。
雪の影響で交通機関がどうなるか分からないので、早めに出発時間を設定していた。そして予定よりスムーズに乗り換えができ、独演会の開場時間の1時間前には目的地の蔵前駅に到着。
開演時間までは1時間半ある。駅から会場までは徒歩約8分。
私は何回か来ているから、道も分かるはずだ。
「まだまだ時間余裕だね。開場時間より早過ぎても申し訳ないから、途中の喫茶店でコーヒーでも飲む?」
美味しいコーヒーを飲み、喫茶店を出て、いよいよ会場へと向かう。
フンフン鼻歌を歌い、落語会もうすぐだね!楽しみでワクワクするよ!とか、このどじょうのお店は美味しそうだね。なんて父娘でニコニコお喋りしながらルンルン歩く。
ん?
なんだかいつもと景色が違うぞ?
雪は降っていないが雨風強くて、スマホでグーグルマップさんも見れない。
何度もいろんなお店の人に道を聞く。
聞いたが、いくら歩いても着かない。
そのうち橋を渡ると、有名なビールビルがすぐ近くに見える。
いつもはビールビルが遠くに見えるのに!この橋じゃない!
しまった、じゅんつぁんは背中に
「私は方向音痴でオッチョコチョイです」
という紙を貼れるくらい方向音痴だった!
時計を見ると開場時間どころか、開演時間まで後15分。
わー!!
右奥に見える橋を目指し、じゅんつぁんは早歩きというよりダッシュ。オトンさんはハァハァついてくる。
「オトンさん大丈夫かい?」振り返って何度も聞くが「大丈夫だよ!じゅんつぁん。」全然大丈夫ではなさそうなオトンさん。
開演時間ピッタリに到着した。
父娘でゼーハーしながら「大変遅くなり申し訳ありません。」受付の方に謝る。丁寧にお席にご案内してくださった。
こっそりお茶を一口ずつ飲んで呼吸を整える。
・・・
独演会が始まった。
ホールに入ったら絶対に声を出さないと約束していた。
オトンは自分の声も聞こえづらいから話すと声が大きくなる。私もオトンに合わせて話すので声が大きくなる。
早速、筆談を始める。
急いで書くから、私の字が汚すぎて自分でも読めない。漢字も出てこなくて間違いだらけ。内容も省略し過ぎ。こりゃまずい。
昔、TVのドキュメンタリーを観ながらノートに全ての内容を書き、レポートを作っていた私はどこへ行った?
ノートに「聞こえる?」と書くと、オトンは指で「ほんの少し。」と返事をした。
オトンは真剣に落語を見ている。
私は目で見ながら、耳で聴きながら必死でノートに書く。
途中でオトンにチョコチョコ見せる。
ウンウンと頷くオトン。
きっと、私の筆談が下手でも、噺を見ているだけでオトンには伝わるのだろう。帰宅してからいろいろ話そう。
でも、頑張って書こう。
「オトンさんのためならエンヤコラ!」だ。
先ずは前座さんの噺
以前、私のnoteのコメントで、あるnoterさんが教えてくださったあの噺に似ている!これはもしや?
ネットの文字で噺を読んだのと、目の前で噺を聴くのとは全然違う!楽しい!
じゅんつぁんのテンション爆上がりだ。
オトンさんはダッシュし過ぎて少し朦朧としている。ごめんオトンさん。
そして、林家あんこさん登場!
わー!
興奮して「お父さん、林家あんこさん!」と書くとニコッとOK!の指文字。じゅんみはちゃんから聞いてたし、写真見てたからね、わかってるよ!という顔。
先ずは林家あんこさんからのお知らせがありました。
その葛飾北斎と娘のお栄の実話を元に、林家あんこさんが創作された素晴らしい噺
『北斎の娘』
一話から三話まであり、どれも時間を忘れるほど夢中になり、三話の時に私は号泣してしまいました。
隣に座っていた、私の息子より若そうなイケメン男子にも「あの、大丈夫ですか?」とハンカチを差し出され、本気で心配されたほど。
その『北斎の娘』の通し噺が聴ける会が、6月に開催決定したというお知らせだった!おおお!
じゅんつぁん興奮。
その時の筆談は自分のメモのために書いた。オトンさんごめん。
(ちゃんと、次の日説明しました。
家でオトンに話したら、逆にオトンはお栄について詳しく知っており、いろいろ教えてくれました。)
高座でお一人で噺を語る。
大きな舞台装置もない。
小道具は扇子と手ぬぐいだけ。
始めて独演会を聴きに行った時私は、
迫力ある林家あんこさんの語りに、葛飾北斎の絵を見た時と同じように感動して震えた。
「噺を聴いて観ていると、表情や体の動き、声の移り変わりで、まるで情景や登場人物の姿や心情、匂いや味、季節や天候まで感じる。そして必ずオチがある。だから『落語』なんだよ。見ているだけでも伝わってきて面白い。」
オトンが教えてくれた通りだ。
今回は、桂夏丸師匠がゲストでした。
相撲大好きオトンが喜びそうな噺で、一生懸命ノートに書く。
ラストの歌は、オトンにも奇跡的に聞こえて、しかも私も好きな懐しい歌だった。
オトンも私も声を出さずに歌っていた。
そして林家あんこさんの噺。
『思わず声を出して笑ってしまいそうになる楽しくて面白い噺』
そして『怪談噺』
怪談噺は凄い怖さと迫力で、鳥肌が立ち、見入ってしまい、ほとんどノートに書いてない。
オトンも聞こえているかのように吸い込まれて観ている。
怪談噺の後の踊りにも、心と体が踊った。
ああ、オトンさんの目がキラキラしている。
夢が叶った瞬間だ。
涙が出そう。こらえろ!じゅんつぁん。
終演後、林家あんこさんとお話ができた。
お伝えしたいことが沢山あるのに、あがり症なじゅんつぁんは上手く言葉が出ない。
オトンさんも感激している。
「一緒にお写真撮らせて頂いても宜しいですか?」
快く了承してくださった。このために持参した手ぬぐいを手に持つ。
林家あんこさん、そして関係者の皆様、誠にありがとうございました。
・・・
そして、その後もオトンさんとじゅんつぁんの珍道中が始まる
「お父さん、どうしても浅草で鰻食べたいの。」
「もうお父さん疲れてるだろうから、近くで何か食べて帰ろうよ。」
「浅草に行く!!」
いつも朝4時半に起きて、夜20時には寝るオトンさん。大丈夫?
でも、生まれも育ちも都会のオトンさんは久しぶりの都会にワクワクしている様子。
我が家では、鰻が食卓に上がることはなく、久しく食べていない。
「わかった!浅草に鰻レッツゴーしよう!」じゅんつぁんも乗り気になる。
オトンさんが、行きに道に迷ってダッシュしたから足が痛いと言うので浅草まで歩くのはやめて、地下鉄に乗る。
またもやじゅんつぁんの方向音痴が炸裂。
逆方向の電車に乗ってしまった!
正しい方向のホームへの階段の上り下り、特に下りが辛そう。さり気なく介助する。
身体介助は、じゅんつぁんに任せて!
ああ、以前介護の仕事をやっていて良かった。
と思ったが、その前に私が会場に行く道と、浅草への地下鉄を間違えなければこんなことにはならなかった!
私のバカぁああ!オッチョコチョイ。
足が痛かろうが、なんだろうがイキイキした顔で進むオトンさん。(介助付き)
落語帰りに浅草で鰻を食べることも、この日のオトンさんの夢だったのだ。
浅草駅に到着し、鰻屋を探す。
念願の鰻を「わああ!」と子どものようにウキウキ食べている。(大袈裟)
食べ終わったら一気に力が抜けたようだ。
さっきよりも片膝に力が入らない。
傘を杖代わりにして、反対の腕をじゅんつぁんがガッチリ支えて電車で帰る。
楽しくて興奮した疲れと、お腹も満たされて眠くなったように見える。
やはり遊園地から帰る疲れた子どものようだ。(いや、私が道を間違えて歩き回ったから足が痛くなったんだよ。オトンさんごめんね。)
・・・
こうして、じゅんつぁんオトンさんの珍道中も終わり、21時過ぎに帰宅した。
庭には、というより道路や街路樹、停車していた車にも雪が積もっていた。
パジャマに着替えたオトンは直ぐに寝るのかと思いきや「楽しかったねぇ!」とずっと話が止まらない。
家なら大きな声でも好きなだけ会話ができるから。
なんだか可愛いし私も嬉しくて、落語会のこと、浅草のこと、道に迷って大変だったこと。
沢山お喋りしてオトンは満足そうに寝た。
夢が叶って、本当に良かったね。
じゅんつぁんオトンさんで、またいろんな所へ珍道中の旅に行こうね!
次の日の朝は晴天。
とても綺麗な景色でしたよ。
あれだけ「膝が痛い、膝が痛い。」と言っていたオトンは、次の日の朝にはピンシャンしていて、また落語と浅草の鰻の話を嬉しそうにしていました。
やっぱり楽しいことって元気になるんだなあ。
オトンの夢が叶って本当に良かった。良かった。
オトンの幸せそうな顔を見ると私も幸せになる。嬉しい。
と思いながら笑顔で私は二度寝しました。
楽しくて幸せな旅のお話でした。
・・・
・余談・
オトンは去年の夏
大人になった息子を連れて親子三代で八年振りに行った、海の旅行で着た
「お気に入りのカーディガンを着る!」
と言うので、冬用にコーディネートして試しに着てみたら……
夏よりお腹が出ていてボタンがパツパツなんですけど!!えー?
もう少し甘い物食べるの減らして、沢山お散歩しないとね、と私に言われて「えへへ」と笑っていました。
・・・
長い長い長〜い記事を最後まで読んでくださり
誠にありがとうございます!!!
じゅんつぁん、オトンさん、三毛猫三姉妹で正座しながらスマホの前でペコリと頭を下げております。
一一一一一一一一一一一一
林家あんこさんの落語会、これから沢山ありますよ!(←じゅんつぁん、アイドルファン並の推し)
そんなオトンの夢が叶った
読んでくださりありがとうございます! 嬉しくて飛び上がります♪ 私の心の中の言葉や絵を見て何か感じてくださればいいなと願いつつ。