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陶器のタイル装飾が美しいストラスブールの美術学校

4月のストラスブールは桜、水仙、薄ピンクの木蓮など、たくさんのお花に囲まれて、文字通り華やかな春を迎えています。
お花の見ごろに合わせて散策するのも春のストラスブールの楽しみの一つです。今回ご紹介する、ストラスブールの高等美術学校の庭の木蓮もとても綺麗なんですよ。



ストラスブール高等装飾美術学校(現ラン高等美術学校 (La Haute école des arts du Rhin))
ラン高等美術学校は、アルザスの南の都市ミュールーズの美術学校とストラスブールの高等装飾美術学校、それに音楽学校が2011年に組織統合されて出来た学校の総称で、ランとはフランス語読みのライン川の事で、ライン流域のアルザスにある組織や機構の名称にしばしば使われます。今回ご紹介するこの美しい建物は、19世紀後半に建てられたストラスブールの通称アール・デコと呼ばれている高等装飾美術学校の建物です。
もともとストラスブールに高等教育機関としての美術学校というものは無く、内装やテキスタイル、陶器などこうした様々な工芸技術はどちらかというと、見習いで実践で学ぶのが主で、その他に職業訓練の夜間学校などがあるのみでした。
最初に美術学校の計画が持ち上がったのは普仏戦争後のことで、この教育機関の設立によって、当時の革新的な技術、モダン芸術、アールヌーヴォーの創作の場がストラスブールに出来ることになります。

卒業生には、ジャン・アルプやレオ・シュヌクなどアルザス出身の有名芸術家のほかに、例えば、イラン出身のイラストレーター/漫画家のマルジャン・サトラピ氏はご存知でしょうか。イラン革命の激動の時を過ごした自身の少女時代、青春時代を漫画にした『ペルセポリス』は特に有名で、2巻に集約された形で日本語でも出版されています(オススメです!👍)。(ご興味ある方はAmazonご参照下さい)

校舎の建設場所
1880年代後半に別の場所で運営されて始まったこの高等装飾美術学校、“アール・デコ”の校舎の建設場所として決まったのは、もともと17世紀に造られた植物園のあった場所で、フランスではモンペリエに続いて2番目に古い歴史ある植物園だったそうです。ストラスブール大聖堂のある、いわゆる歴史地区、旧市街に隣接するクルトノー地区にあります。フランス革命の時には、当時の植物園の責任者で、医学・博物学者のジャン・エルマンがストラスブール大聖堂の彫像をこの植物園に避難させて、破壊行為から守ったと言われていす。ちなみに、このジャン・エルマンの収集が今日のストラスブール動物学博物館のコレクションの元となっています。(※只今改装工事中。2023年再オープン予定)
下の写真はジャン・エルマンの研究室を再現したもの。(改装前のストラスブール動物学博物館内)


また、普仏戦争の時にはストラスブール包囲網の際の犠牲者を一時的に埋葬する地としても利用され、今では校庭に慰霊碑が建てられています。



普仏戦争後、植物園は1884年に新たに建てられた大学宮殿裏のより広い場所に移されます。アール・デコのレンガ造りの校舎が建てられたのは、1892年の事です。過去の歴史的な建築様式にとらわれない、ストラスブール最初の現代建築の一つです。

アール・デコの学生による美しいタイル装飾
建物正面の装飾に当時の学校のディレクター、アントン・セダーが白羽の矢を立てたのが、当時学生だったレオン・エルシンガー(エルシャンジェールとも)です。焼き物で有名なスフレンハイム村の18世紀から続く工房の跡取りで、学生と言っても既に有名な陶磁器メーカーのビレロイ&ボッホで研修したり、コブレンツやナンシーの学校で勉強してきた経験のある学生です。
陶芸家であり、彫刻家、画家でもある彼が作ったのがこの美しいタイルの装飾です。

考古学・建築・幾何学・絵画・科学・彫刻など、ここで学ぶ要素が女性の姿を借りて表現されています。


また、芸術にかかわる様々な職業を表すシンボルもデザインされています。

卒業すると、レオン・エルシンガーはスフレンハイム村の工房に戻り、焼き物だけで無く彫刻なども含めた創作活動を続けつつ、その後も国の奨学金でイギリスのミントンやウェジウッドに学んだり、ハンガリー、イタリアを訪れて勉強も続けます。

18世紀に彼の曽祖父が興した小さな屋根瓦の工房は、のちに装飾品の焼き物など美術工芸品を生み出す工房として、最盛期には80人もの従業員を抱えるアトリエに成長しました。アルザスを代表する画家アンシの描く可愛らしいイラストの付いた食器類はこのエルシンガーの工房で製造され、アルザスの郷土料理のお店でも使われていますし、お土産として今も人気の商品です。
しかし、アジア製の安価な模造品に押され、最終的には従業員5人にまで縮小されていきました。そして残念ながら8代続いた工房はとうとう2016年に廃業となりました。
(現在アンシのイラストの付いた食器類の製造はロレーヌ地方の陶器の工房に引き継がれています。)

21世紀の未来のアーティスト:コロナ禍でも忘れない創作意欲
さて、ただいまフランスは外出制限がしかれています。居住地から半径10㎞以上の移動は許可書が無いと違反になりますし、19時から翌朝6時は夜間外出禁止です。
アール・デコの美しいお庭は、普段は学生が芝生やベンチに腰を下ろして語らう憩いの場ですが、今はアクセスが出来ません。学校自体はやっていますが、なるべく集わないようにと、庭の芝生のスペースはテープが張られて立ち入り禁止になり、ベンチは倒されて座れないようにしてあります。

見ごろの木蓮を見に何度か通いましたが、外出制限開始後のこの措置にびっくり。半ば呆気にとられた形で通路部分を進んで校舎に近づいていくと、思わずニヤリとしてしまう光景に出会いました。


立ち入り禁止のテープを利用して、殺人現場のような演出!こんな時もユーモアと創作意欲を忘れない学生さんたちに感心しました。

ストラスブールは大聖堂のある「グランディル」と呼ばれる旧市街だけではありません。ちょっとその外を出たところにもまだ歴史地区は続いているし、面白いところもたくさんあります。ストラスブールにいらした時には是非、時間をゆっくりとって旧市街の外も散策に出てみてください。
普段はこんな風に校舎の前で人々がくつろいでいる光景が見られます。


Haute école des arts du Rhin (Strasbourg) ; 1 rue de l'Académie





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