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のうみそくらげ ~幸福なお父様へ~

 今よりもっとちっちゃかった頃、お父様はあたくしに仰いました。

「お前はクラゲのようだね、クラゲちゃんだ」

 そしてニコニコ笑ってあたくしの頭を撫でられました。
 それからというもの、あたくし、お父様の前では存分にクラゲになることを決めました。グニャグニャのクラゲ女。

 それから十年くらい経ちました今。あたくしのことをクラゲと呼ぶ人はもうおりません。
 あたくしの体は人より固い。前のめりしても地面に手が届きません。ですけどあたくしのトーフののうみそは、前よりもっとクラゲのようです。フラフワでグニャグニャで大変心地の良いのうみそクラゲ。

 もちろんお父様はそんなこと知る由もありません。お父様はあたくしの体がクラゲの方が幸福だったんですからね。

 けれどお父様は知っていらっしゃったのでしょうか、お父様は覚えていらしたのでしょうか。随分昔の夏の日、家族で海へ行った時、砂浜で泣いていた男の子とのことを。全身真っ赤にミミズ腫れになって、大声で泣いていた男の子とのことを。

 お父様は知っていらしたのでしょうか。
 クラゲは凶暴だということを。



(1999著)


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