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プチ連載小説「カニが浮く」第4章

「ツグナイ」


 何日か前、大地震がおきて、僕はまた冬眠を中断されることになった。
 けれど、あんまり揺れが激しかったので、どうやら途中で失神していたらしい。

 気がついて目を覚ますと僕の水槽はなんと二倍くらいの広い水槽に変わっていて、水槽の外の部屋は十分の一くらいになっていた。そして窓から見える景色が変わっていることにも気がついた。

 おまけに彼女を含め、何人もの人が毎日やってきて、ドンカンドンカン大きな音をたててさわいでは帰ってゆくので僕の頭はてんてこまいだ。

 最初のうち何人かが僕のことをのぞきにきたけれど、そのうち僕の方がのぞくようになった。
 デコボコ顔やつるつる顔。
 はじめのうちはいろんな顔に思えたけれど、だんだんとみんな罪人のような顔になっていった。

 どんな人でもたくさん人間が集まれば、みんな罪人になってしまうようだ。でも、きっとここにいる何人かはその罪に気づいている。なぜなら彼らは不幸には見えないからだ。どちらかといえば幸せそうにも見える。

(一体何を作っているんだろう。なんのために?)


 彼女があくびをしながら僕をのぞきに来た。まるで何年も空を見ていなかった囚人のようにぼんやり僕を見ている。それから何かをつぐなうように、どこからか持ってくるキレイな小石を水槽に入れてゆく。

 
(彼女はこの石をどこから持ってくるんだろう)


 僕はもう一度窓の方へ向く。窓の下ではおもちゃのような車がズラリと一列に並んでいる。その中にいる人はどんな顔をしているのか。

 罪をつぐなうためにはまずその罪に気づかなければならない。そんな当たり前のことだけど、僕は忘れないように小石に書いた。彼女は眠っている。明日もまた何人かの人と一緒に何かを作るんだろう。

(つぐない)

 僕は考える。もしも、人がみんな罪人ならば、つぐなうということが生きるということなのかもしれない。生きて、何を考え何をしているか。
 僕はいそいで小石に書き足した。スイマがおそってきたからだ。もう外は春だというのに。僕もまたゆっくりと眠りについた。


(1999著)


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