見出し画像

声なき声を聴く

私は看護師生活25年のうち約18年をICU(集中治療室)という場所で働いてきた。
大きいオペをした後の患者さんや病棟で急変して全身管理が必要になった患者さんが入る。救命センターを持っている病院ならセンターのICUに入るけれど、そうでは無い場合は救急外来から直接ICUや救急車から直接ICUに入室という場合もあった。
流石に救急隊員が直接ICUに搬送してくる職場にいた時は「ここは早く辞めないといかん」と思ったけれど。

ICUに入っている患者さんの半数以上は人工呼吸器が着いているので話す事が出来ない。セデーションと言って鎮静剤を持続的に点滴をして眠ってもらう。鎮静剤と鎮痛剤のミックスになった点滴も持続で行う。

皆さんもテレビドラマ等で目にした事はあると思うがICUは全ての患者さんに「モニター」というものが着いている。
心拍数・動脈圧(動脈に針を刺して直接血圧がわかる)・酸素飽和度(体の中の酸素がどのくらいか)・中心静脈圧(心臓への負荷を見たり、脱水か溢水か見たり)←とんでもなく簡単な説明ですみません。
心臓外科の患者さんだとそこに肺動脈圧や中枢体温(血液温や直腸温とか)が加わり、ビジランスモニターというまた別なモニターが着く。
そうして人工呼吸器も一回換気量がどのくらいで、分時換気量が〜気道内圧が〜グラフィックモニターが〜となる。
どんだけ数字ばっかりだよ、おい!と思うし、面会に来られたご家族からも
「あの赤い色は何ですか?」
と訊かれる。
そりゃそうですよね。
液晶画面のTVみたいなものにやたらと数字と波形が色んな色で出ているんだもの。そしてピンコンピンコンとアラームが鳴ったりすれば余計に怖いと思う。

でも、その数字が患者さんの声なき声だと私は思っている。
大きなオペ直後の患者さんは(特に心臓外科)帰ってきてから血管内が脱水になり血圧が変動してくる。もちろんそれに付随して他の数字も変わるから「あ、水が足りないな」
とわかるわけだけど。
だから患者さんとモニターを見ながら、医師に先に指示を出してもらっておく。その時になってからでは遅いから。患者さんの身体に更に大きな負担をかけてしまうから。1歩先読みでは間に合わなくなるから。
3歩先読みくらいでも遅い時もある。

「患者さんに背中を向けない!!」
「あんたは後ろに目があるの?」

ICUで働き始めた頃、何度も何度も注意された。
患者さんに背を向けた(目を離した)一瞬で状態が変わってしまう事も少なく無いからだ。

患者さんの心拍数が上がる、血圧が上がる。

起きてるのかな?
苦しいのかな?
痛いのかな?
熱が上がるのかな?

患者さんのベッドサイドで患者さんの状態をみながら考えていく。
光が当たる場所、1つ1つを手探りするように。
もちろん実際は丁寧に手探りしている時間は無いから、患者さんとモニターの数字をみて、判断していく。

鎮痛剤を投与したら、すっと元の値に戻ったり
動脈採血の結果で人工呼吸器の設定を変更したり
声をかけてみて目は閉じているけれど開眼しようとしていたら鎮静剤を増やしたり

身体を拭く30分くらい前に鎮痛剤を投与したり。
身体を拭く時は左右に身体の向きを変えるでしょう?その時に痛いかもしれない。だから先に鎮痛剤を使って、効いてきた頃にケアをする。

患者さんは声が出せない。
薬で寝かされているから良いのではなくて、だからこそ患者さんの声なき声を看護師は自分の感覚を研ぎ澄まして聴けるようにならなくてはいけない。

そしてもう1つの声、それはご家族の声だ。
もちろんご家族は機械など着いていないので声は出せる、話せる。

少しだけ想像してみて欲しい。
自分の家族が機械だらけで眠らされていて、声をかけても反応が殆ど無くて・・・究極は「今後どうなるかわかりません」と説明されている状態を。

私の想像にしか過ぎないけれど面会に来るのも怖いと思う。不安だと思う。
悪くなっているんじゃないか、いや、もしかしたら目を覚ましているかもしれない・・・だけど・・・怖いし不安だ。でも会いたい。
そんな想いなのではないかなぁとね、勝手な想像で申し訳ありませんが。

明らかに疲弊した表情のご家族、その時に私がかけた言葉は
「眠れていますか?休める時に休んで下さいね」
だった。11年目くらいの頃のこと。この後、先輩にめちゃくちゃ注意されたんだけど・・・今、こうやって書く事で思い返すと本当にバカだったなと思う。
眠れるわけないじゃん!!
電話が鳴るとその度にビクッとするのに。
休める時に休んでっていつよ?

この日、私はお風呂に入りながら泣いた。
先輩に注意されて初めて気が付いた自分の言葉。
その言葉をご家族はどんな想いで耳にしたんだろう。
泣きながらわかったこと。
・自分の為に言った言葉だったんだな
ということ。
私(たち)はあなた方の事も心配してるんですよ・・・というのかな。

それから私は面会の時は最初にご挨拶(今日担当させていただいていますという)と患者さんに「○○さん、ご家族の方がいらっしゃいましたよ」と声掛けだけをして、少し離れた所でご家族の様子を見るようになった。
そうすると色々訊きたいご家族は話しかけてくれる。
患者さんに触れて良いのか戸惑っているご家族、声をかけても大丈夫なのか不安そうなご家族など、色々見えてきた。

触れるのを戸惑っているご家族の時には自分が患者さんに触れてみる。
そうすると「触ってもいいですか?」と訊ねられるので触れても大丈夫な場所を伝えたり、一緒に顔を拭いたり、ヒゲ剃りをしたり。
声をかけるのを戸惑っているご家族には自分が患者さんに声をかけるようにした。
私の対応が正しいとかそんなのはわからないしそんな事を思った事も無い。
看護師の数と患者さんの数とご家族の数だけの対応があると思うから。
ただ、思うのは「声なき声」が無数にあるという事。
ICUだろうが病棟だろうが在宅だろうが、その、「声なき声を聴く」アンテナをしっかりと持っていたいなと思う。

声なき声

そこに大事なものがあるように思うから。

長くなりましたが・・・それではまた
HP

サポートいただけた分は写真の機材や看護師としての勉強に使わせていただきます。