見出し画像

海外の研究者に「とりあえず会いに行く」ことの重要性:ボストン3大学短期訪問レポート

ちょっと前のことになりますが,2023年9月上旬,樫原 潤 (東洋大学,この記事の筆者) と,共同研究者の国里 愛彦 先生 (専修大学)・菅原 大地 先生 (筑波大学) とで,アメリカのボストンに出張してきました!ボストンは国際的に有名な大学の密集しているエリアのため,5泊6日 (うち,1機中泊) というタイトなスケジュールながら,3つの大学で働く5名の研究者と対面でミーティングすることができました。

筆者にとっては,学会という用務がないなかでの海外出張はこれが初となります。この記事では,その出張の内容をレポートするとともに,「海外の研究者にわざわざ会いに行くことにどのような意義があるのか」「短期の研究室訪問にあたって気を付けておいた方が良いことはあるか」といったことをお伝えしたいと思います。



海外の研究室訪問を思い立った経緯

今回の研究室訪問を振り返るに,「ミーハー根性」と「冒険心」の2つが大きな原動力になっていたかと思います。大学教員にとって,9月上旬の海外出張ってなかなかしんどいものです。長かった春学期の授業が終わり,レポート等の採点と成績評価をなんとか期限までにこなし,お盆休みで一息ついたら秋の国内学会シーズンの準備に大わらわです。

でもそれでも,「僕らの研究分野でよく名前を見ることの人たちって,どんな環境でどんなことを毎日考えているんだろうね」「ボストンってなんかすごい研究者がいっぱいいるけど,一体どんな街なんだろうね」という好奇心は抑えられないわけです!また,自分たちが進めている研究プロジェクトを彼らに知ってもらったときに,どのような反応が返ってくるかも気になります。

そんなこんなで,「去年学会に合わせて来日してくれたボストン大学の先生がいたから,今度は僕らが現地訪問できたら面白いよねー」「あ,そういやボストン近郊にはハーバード大学やノースイースタン大学もあるよね。そしたらこの人たちにも会ってみたいよね」という雑談をするようになりました。そういった,半ば妄想のような雑談が高じて「9月にボストン行くんだけどさあ,会ってくんない?」というメールを有名な先生方にダメもとで送ってみると,意外とみんなすんなりOKしてくれるもんなんですね~! おそらく,英語論文業績があって身元がはっきりしているというのと,「わざわざ来てくれるんなら会ってみようか」という心理が働いたのかなと思います。

以上のような成り行きで,ボストン大学・ハーバード大学・ノースイースタン大学の3大学訪問ツアーが実現してしまいました。本当なら,共同研究計画プランをバシッと整えたうえで訪問できるとかっこいいのですが,2023年度前期はいろいろなことでバタバタしていてゆっくり考える暇もねえ! ということで,ふだん日本で進めているプロジェクトの紹介資料だけ携えて飛行機に乗り込みました。


訪問先①:ボストン大学 (Todd Farchione, Anthony J Rosellini)

アメリカに着いた翌日,まず訪問したのはボストン大学のCenter for Anxiety Related Disordersという施設でした。こちらの機関では「感情障害をターゲットとした統一プロトコル」に基づく認知行動療法の開発・効果評価が実施されています。僕たちの研究グループでは,日本版統一プロトコルの臨床試験データを用いた心理ネットワーク分析を進めており,そのご縁でTodd Farchione先生とAnthony J Rosellini先生ともやり取りするようになりました。具体的に,Todd先生とは2022年度の学会基調講演のため来日された際にお会いすることができ,「ボストン大学のデータを使って何か一緒にやるのも面白いね」ということをちらっと言っていただきました。また,AJ先生とは,彼が開発した質問紙尺度の邦訳版開発のため,メールでたびたびやり取りするようになりました。そういったご縁を生かし,今回「そっちを訪問していいかな?」という希望をぶつけてみたわけです。

実際に訪問してみると,「海外のラボでは,こんな充実した環境で心理療法の開発・実施・評価を行っているのか!」ということに圧倒されました。ずらーっと並んだセラピールームに加え,研究スタッフ用の部屋がこれでもかというぐらいの数確保されています。そして,雰囲気がとてもオープン。一般のクライエントさんも大勢来訪されるはずですが,研究スタッフエリアとの間仕切りは一切ありませんでした。日本だとどうしても「こそこそと心の問題について相談しに来る」といった雰囲気が漂うけれど,これぐらいカジュアルに心の問題を扱えたらいいだろうな・・・としみじみ思いました。

訪問日夜のディナー。右手前がTodd Farchione先生,左奥がAnthony J Rosellini先生。

もうひとつとても印象的だったのが,彼らのホスピタリティーです。ミーティング後は観光名所を案内していただいたり,ボストンらしさあふれるシーフード・レストランでディナーの場を設けていただいたり。時差ボケやら体調不良やらでコンディションが万全でなかったのが悔やまれます。「そんな短いスケジュールで帰っちゃうの? 観光で郊外とか行かないのかい?」ということも言われましたが,アメリカの研究者って決してビジネスライクではなく,一つひとつの機会をエンジョイしようという精神があるんだろうなということを想像しました。


訪問先②:ハーバード大学 (Richard McNally)

ボストン大学訪問の翌日午前は,ハーバード大学を訪問し,Richard McNally先生の研究室ミーティングにお邪魔しました。いやもう,「名門ハーバード大学教授」という肩書やら,精神病理研究の分野を長年リードしてきた実績やら,最初はびくびくしながら訪問希望のメールを出していました。加えて,僕は2015年にアムステルダムで参加した国際学会のフロアでRich先生をお見かけしたことがあり,そのときに「行く先々のシンポになぜか必ずいる,クソデカ咳連発おじさん」というイメージが固まってしまっていたんですよね。それはもうビビり散らしながら研究室を訪問しました。

ところが,いざ個人的に会ってみると,「めっちゃ気さくでパワフルなおじさん」という印象に早変わりしました。もう70歳近くになると思うんですが,とにかく声がデカいし,筋肉もりもりです。僕の方から2015年の国際学会のエピソードに触れてみたところ,「君もあの場にいたんだ! あのときすっかりアムステルダム大学の心理ネットワークアプローチに魅せられてさ! Amsterdam Virusにかかって咳を連発してたんだよね! Show must go onだから気にせずそのまま参加してたよ! ガハハハ」とのお返事が返ってきました。

右から2番目がRichard McNally先生。腕が異様にぶっといのが写真からも明らか…

Rich先生とは,アムステルダム大学の心理ネットワークアプローチに魅せられた者同士という共通項があったわけですが,「あの画期的なアプローチが,いまやこうしてアジアの日本にも広まっているなんて!」ということを率直に喜んでくれていました。日本人が真似したところで俺達には関係ないぜ,みたいな上から目線が一切ないんですよね。こんなに喜ばれるんであれば,日本人も日本人なりにコツコツとネットワーク研究を頑張ろうという気にさせられました。

加えて印象的だったのは,海外の大学の人材交流の活発さです。当日は大学院のラボメンバーも大勢同席していたのですが,その中にはアムステルダム大学のDenny Borsboomラボから来ている学生さんもいました。こうやって早くからいろんな刺激に触れた学生さんのなかから,きっと将来のスターが出てくるのだろうなということをしみじみ実感しました。


訪問先③:ノースイースタン大学 (Joshua Curtiss, Donald Robinaugh)

ハーバード大学を訪問したあと,同じ日の午後にはノースイースタン大学を訪問し,Joshua Curtiss先生とDonald Robinaugh先生という若手の実力者2名と会ってきました。心理ネットワークアプローチや形式理論の分野で実績があり,年齢も近いことから,一番気楽にミーティングできたように思います。お二人が「日本に普通にいそうな体型・雰囲気の気さくな兄ちゃんたち」だったのも,リラックスできた大きな要因だったと思います。アメリカの研究者が全員Richみたいにパワフルだったら,本当もうかなわないやって打ちひしがれてしまうので…。

左から2番目がJoshua Curtiss先生,3番目がDonald Robinaugh先生。親しみやすいお人柄でした。

若手同士で話しやすいということもあってか,研究の中身まで突っ込んだ意見交換ができました。Joshからは,樫原たちが執筆中の展望論文に沿って「ここに書いてあるロードマップのうち,どこに特に力を入れてやっていくかな? そこで一緒にできるといいよね」という声をかけてもらいました。Donからは,国里先生がラボメンバーと動かしている数理シミュレーションの細かい設定についてアドバイスをいただきました。

あと,大学の建物のデザインがとてもおしゃれで,日々生活しているだけでわくわくしそうです! 吹き抜けのガラス張りの建物で,高い階にあったミーティングルームにも自然光がさしてとても明るい。僕自身は「没個性的な研究棟の,日が一切入らない大部屋」で日々暮らしているので,なんともうらやましい限りでした…。


教訓①:「とりあえず」「なんとなく」でも,海外の研究室訪問はやってみたほうがいい

今回のボストン出張は,共同研究プランをガチガチに固めて行ったわけではなく,「この分野のすごい人たちに会ってお話ししてみたいなあ」という思い付きで行ったものでした。そうしたスタンスでも,得られるものは多くありました。研究論文を見ているだけだと,「この先生ってとにかくものすごい人なんだろうな」という漠然としたイメージが出来上がって,「日本のいち若手研究者なんて箸にも棒にもかからないだろう」という謎の劣等感を抱いてしまいがちです。でも,実際に会ってみると,それぞれのベクトルで面白い普通の人たちで,こちらのやっていることも素直に面白がってくれます。

「同じ研究者なのだし,こちらが何か具体的なプランを持って行けば面白い共同研究も普通に実施できそうだ」という素朴な手応えを得られるのは,研究室訪問ならではのメリットと言えそうです。国際学会だと,当然向こうも「どうだ!」というものを仕上げてくるわけで,「うわー,海外の研究すげえ… (ポカーン)」で止まってしまいがちです。大好きな研究者がいても,じっくり話し込むほどの時間もないでしょう。「ふつうの人と人」というセッティングで,トップランナーの研究者を個人的に長時間拘束できたというのは,研究室訪問だからこそ実現できたことだといえます。

個人的に,「有名なこの研究者とコネを持ってる自分すげえええええ」だけで満足してしまうのは,研究者としてダサいことだと思っています。単なるお友達作りだけでは研究にならないので,具体的な共同研究へと発展させられるかどうかが研究者としては問われるところでしょう。ただし,下地としての「人と人との関係」がないことには,共同研究プロジェクトというものも生まれようがありません。共同研究の具体的なプランというのは,いつでも都合よく降ってくるものではないのですし,「定まったプランはないけれど,とりあえず会いに行って関係を構築しよう」というやり方も取り入れた方がいいなということを今回実感しました。


教訓②:出張前後のスケジュールには余裕を持たせよう

今回のボストン出張では大変貴重な体験を積むことができましたが,体調的には本当にもういっぱいいっぱいでした…。日本でB'zの日産スタジアム公演に参加して声を枯らしてから,わずか2日で飛行機に乗り込み,乗継便 (ユナイテッド航空) の強烈なクーラーで盛大にのどをぶっ壊しました。本来なら大人しく寝ておくべき体調のなか,時差ボケも食らいつつ研究室訪問を敢行していたので,途中何度か燃え尽きそうになりました (火事場の馬鹿力か,プレゼンは普段よりもうまくできたのですが)。

帰国後も過密スケジュールで,帰国翌日にはオンライン会議でプレゼンを行い,そこから中2日で京都に出張し研究ミーティング,その次の日からは神戸で日本心理学会に3日間参戦しました。これらと並行して,帰国後は翻訳書の念校作業をせっせと行っていました。休む暇がまともになかったので,当然しわ寄せがやってきます。9月下旬からの秋学期は,体調がなかなか安定しないなか授業を続ける羽目になり,声がカスカスになったまま授業するという週もありました (休講しろ)。

日本の研究者の場合,休暇も兼ねた長期の海外出張というのはなかなか難しいと思います。科研費で出張する場合,用務のない日にお金をつけるのはまず無理だと思いますし,夏休みも学務や学会が細々と入ってくるので,長期間日本を留守にするわけにもいきません。でも,人間の体力は有限です。若さや気合いで乗り切れるというものでもありません。せめて,出張前後だけでも体力的にゆっくりできる日を設けましょう。出張前にB'zのライブに行くなとは言いませんが,「せっかく35周年なんだから,朝から会場に行って,フードエリアや物販ゾーンを遊び尽くすぞ!」という無茶はやめましょう。帰国翌日ぐらいは,多少の不義理を働いてでも完全オフの日を作りましょう。


教訓③:「日本と異なる仕様」への備えはしておこう

教訓②とも重なるのですが,海外出張の場合,食や環境の面で日本人には過酷な仕様がいろいろと待ち受けている可能性があります。僕の場合は,「日本の9月上旬はまだまだ暑いし,向こうも記録的な熱波に見舞われているようだし」ということで半袖で飛行機 (ANA) に乗り込んだのですが,乗継便 (ユナイテッド航空) で唇が真っ青になるぐらいにキンキンに冷やされました (そして,喉がぶっ壊れました)。向こうに着いたあとも,朝食に買ったダンキン・ドーナツが砂糖べちゃ~で気分が悪くなったり,昼食のサンドイッチがやたら重くて半分残したりしていました。日本人が始めたらしいラーメン屋で一息つこうと思ったところ,二郎系ラーメンをアメリカ人仕様に整えたものが出てきたり,食後に大声で夢を語らされたり,なんか散々でした。

そういう旅先での苦労も土産話にはなるのですが,やっぱり人間の体力は有限です (二度目)。わざわざ苦しい思いをする必要はありません。対策できることは対策して楽をしましょう。クーラー寒すぎ問題は,現地空港から市内に出るバスでも発生したので,羽織れるものをいつでもすぐ出せるようにしておきましょう。日本人にとって優しい食べ物はスーパーでいくらでも調達できるし,なんなら日本食レストランも方々にあります。「いかにもアメリカっぽい店で飲食したらどんなの出てくるかな~」はほどほどに。朝食バイキングのあるホテルに泊まると安心だけれど,最近はえげつない円安に加えホテル代も高騰しているので,実現できるかは予算次第かな…。


おわりに

「国際学会でも長期滞在でもないけれど,海外の研究者に会いに行く」という体験談は意外と少ないと思うので,考えたことや感じたことを素朴に文章にしてみました。終盤は苦労話というか,旅慣れしている人にとっては当たり前のHow toみたいになってしまいましたが,「かっちりした共同研究計画がなくても,とりあえずでもやってみればいい」というメッセージの部分が伝わることを祈ります。

記事の最後に差し掛かっての唐突な思い付きですが,「とりあえず海外の研究者に会いに行く」というパターンだけでなくて,「とりあえず海外の研究者を日本に短期で招聘してみる」というのも面白いかもしれません。科研費を使えばそういうこともできますし,招聘のための制度や資金もいろいろとあるはずです。特に今は記録的な円安なので,海外の先生を呼ぶとショッピングやグルメも楽しんでいただけるのではないかと思います。この記事がひとつのきっかけとなって,気軽な研究交流が広がることを祈ります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?