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【103.水曜映画れびゅ~】『37セカンズ』~日本にもこういう映画が作れる証明~

『37セカンズ』は2019年公開の日本映画で、Netflixでも配信されている作品。

第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門に出品され、観客賞と国際アートシアター連盟賞を受賞しました。

あらすじ

脳性麻痺の貴田ユマは、異常なほどに過保護な母親のもとで車椅子生活を送りながら、漫画家のゴーストライターとして空想の世界を描き続けていた。自立するためアダルト漫画の執筆を望むユマだったが、リアルな性体験がないと良い漫画は描けないと言われてしまう。ユマの新しい友人で障がい者専門の娼婦である舞は、ユマに外の世界を見せる。しかし、それを知ったユマの母親が激怒してしまい……。

映画.comより一部抜粋

新しい世界と、新しい出会い

脳性麻痺で車椅子生活を送るユマは、過剰なほど心配性な母親と二人暮らしをしていた。

仕事は、友人で人気漫画家のサヤカのアシスタントであるが、アシスタントとは名ばかりで、実情はゴーストライターであった。

漫画家として独立したい気持ちのあるユマだが、「サヤカのおかげで仕事ができている」立場であるゆえ、その気持ちをあまり強く出すことができなかった。

そんな時に道に落ちていたエロ雑誌に目を付け、「アダルト漫画であれば自分にも道があるのではないか」とひらめく。

しかし実際に出版社に原稿を持って行くと、女性編集長とこんなやりとりになる。

編集長「あなたなんで車椅子なの?」
マユ 「脳性麻痺がありまして…」
編集長「じゃあ、SEXしたことあるの?」
マユ 「いや…ないです…」
編集長「作家にそういう経験がなかったら、読者は読まないわよ」
マユ 「そうなんですか…」
編集長「ストーリーも絵もいいんだけど、そこがダメね。今度SEXできたらまた漫画を持ってきなさいよ」

そんなめちゃくちゃなアドバイスを、マユは真に受けてしまう。

以降マユは、過保護な母の目を盗んで、SEXを求めて新しい世界へと足を踏み入れる。

そこで待っていたのは、思いもよらない新しい出会いの連続であった。

ふと、『ミッドナイトスワン』のキャスティングを振り返る

『ミッドナイトスワン』(2020)という映画をご存じでしょうか?

2021年日本アカデミー賞にて最優秀作品賞などを受賞し、また草彅剛がトランスジェンダーの役柄を演じたことでも話題となった作品です。

この作品が、論争になりました。

それというのは「トランスジェンダーの役をストレートの俳優が演じている」ことについて。

現在の映画界では世界的には「マイノリティの役にはマイノリティの俳優」という流れがあります。事実、海外ではそういった起用法が進められており、近年では『フィラデルフィア』(1993)でゲイの役を演じてアカデミー主演男優賞を受賞したトム・ハンクスが「ストレートな男性がゲイの男性を演じるという虚偽を、(現代で)みなが受け入れるとは思わない」と発言するなどしています。

そんな世界的流れに逆行するような形となったのが『ミッドナイト・スワン』。そのことに関して監督の内田英治さんは「残念ながら、日本はそのスタート地点にも立ってないという状況」とし、「この映画は、多くの方が観てくれる作品にすることがまず大事だと感じていました。そのためには、演技がちゃんとできて、日本で広く認知されている方ということで、草彅さんにオファーさせていただきました」と述べました。

しかしこの論争、私には引っかかっていました。

確かに『ミッドナイトスワン』での草彅剛の演技力は素晴らしいですが、もったいない気がしてなりませんでした。だって、やっぱりどう考えたって「草彅剛は草彅剛で、トランスジェンダーの人間ではない」からです。

これをもし、本当にトランスジェンダーの方が演じていたらどんなに価値のある映画となっていたか、どんなにストーリーに迫真さが加わっていたかと考えてしまいます。確かに草彅剛の認知度により映画が注目されたことは確かですが、その代償として何か・・が抜け落ちている、そんな消化不良な作品であると思ってしまうのです。

日本にもこういう映画が作れる証明

そんな『ミッドナイトスワン』と比較したいのが、本作『37セカンズ』。

この映画は『ミッドナイトスワン』とは対照的に、マイノリティの役柄にマイノリティの役者が、つまり障害者の役を障害者の人が実際に演じているのです。

この作品で、出生時に37秒間呼吸ができなかったために脳性麻痺の身体である主人公ユマを演じたのは、佳山明。この方自身も、生まれた時に数秒間呼吸が止まったことによる脳性麻痺を抱えています。

このようなキャスティングの背景には、監督のHIKARIさんが「健常者の俳優が障害者役を演じる作品を作っても意味がない」と、身体に障害を持つ女性たちを一般公募してオーディションを行った結果であるとのことでした。

そして演技初挑戦で臨んだ本作。

その演技は、もうフィクションという枠組みを超えたものがありました。

そう、私が『ミッドナイトスワン』に足りないと思ったものはそれなのです。演技ではない、フィクションではない、作り物感のないホンモノ・・・・であること、それこそが真に人の心に刺さるものなのです。

確かに『ミッドナイトスワン』のように、人々に問題を認知してもらうために発信した作品は価値がないとは思いません。しかし、マイノリティを描くのであれば、そしてそれを観る人の心に本当に響かせたいのであれば、私はやはり本作『37セカンズ』のやり方が正しいのではないかと思いました。

・・・

ちなみに本作で監督を務めたHIKARIさんは、昨年アメリカのHBO Maxと日本のWOWOWが共同制作したドラマ『TOKYO VICE』にて、マイケル・マンとともに監督を務めました。

これからの活躍が非常に楽しみな監督です!


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次回の更新では、言語学者とエイリアンの奇妙な交流を描くドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作"ARRIVAL"メッセージ(2016)を考察・・させていただきます。

お楽しみに!