当時高校生の火事の日の記憶(1)
母が兄と僕の名前を呼ぶ声が聞こえ、目が覚める。
普段は夜中に起こされることなどまずない。
気のせいかとも一瞬思ったが、母の声はまだ聞こえる。
「起きろー!!早く!火事っ!家が燃えてる!!早く!」
母の言葉の意味を理解し、何かあったのだと気付く。
しかし火事などあるはずはない。
よくわからないが、とにかく母の命令は絶対である。
暗い部屋の電気を点けないまま、自室のドアを開けた。
目の前が真っ白だった。
階段を照らすオレンジ色の照明により、目の前の白は視界いっぱいの煙であるとわかる。
しかしこの状況の意味はわからない。
何が起きているのか。
母が階下で騒ぎ続けている。
火事。
一気に目が覚めた。
現実味はないがどうやら本当に火事らしい。
どこが燃えているのかはわからないが、とにかく逃げたほうがいい。
火事のときは煙を吸わないように壁と床の間の空気を吸う、という知識は浮かんできたが、吸える空気なら今僕が出てきた自室にまだある。
こんなところで這いつくばるよりはさっさと階段を下りて外に出たほうが早い。
兄も自分の部屋から出てきた。
何かを喋っていたが、そのときの言葉なんて覚えていない。
驚きと困惑を表す声だったのは確かだと思う。
10年以上住んでいる家だ。
前が見えなくてもどこからが段差かは感覚でわかる。
もうすぐ階段というところで、何かが足に当たった。大きい。
煙が充満していて数センチ先しか見えないが、父だった。
僕や兄より先に部屋から出ていたようだ。
父が階段の段差に座り込んでおり、道を塞いでいる。
体の丈夫な父のこんな状態など見たことはない。
煙を吸ったのかもしれない。
一酸化炭素中毒というやつか。
兄と協力して父を運ぼうとするが、身長2メートルで元相撲取りの巨体がうずくまっているのを抱え上げることも階段から突き落とすこともできはしない。
母の呼ぶ声が聞こえる。
でも父が…。
「いいから早く下りてこい!!」
兄は父を案じてなんとかしようとしていたが、僕にとっては母の命令が絶対だった。
父を運ぶこともできないと判断していた。
僕は兄を短く説得し一緒に階段を下りた。
階段を中ほどまで下りたあたりで煙は薄くなり、玄関には煙がなくすっきりしていた。
どうやら煙は二階から出ているようだ。
玄関から外へ出るときも、兄はまだ上に父がいると抵抗しており、母は「いいから早く」の一点張り。
兄一人では父を動かすことはできないため、母に従うしかない。
兄も渋々外に出た。
このとき弟が母と一緒にいなかったはずはないのだが、あまり印象にない。
見知ったご近所さんたちが家の前まで来ていた。
心配で来てくれたのだろうが、このときは野次馬が面白がって来ているように見えていた。
ほどなくして父も自力で外に出てきて、玄関口の石段にうずくまる。
体調は心配だけど、生きててよかった。
消防車がいつ来たのかは覚えていない。
外に出たときすでに家の前に停まっていたような気もするが、だったら母に起こされた時点で消防車の音が聞こえていてもおかしくない。
このあたりの記憶はあいまいだが、家の外で途方に暮れている間に消防車が来たのだろう。
気付いたら玄関に「KEEP OUT」と書かれた黄色いテープが張られていた。
何があったのか。今日どこで寝るのか。これからどうするのか。
母はなぜかずっと父を責めている。
その日は近所の新聞屋さんのご厚意で客間に泊めてもらった。
父はそこでもずっとうずくまっていた。
普段の父からとは明らかに様子が違う。体調が悪そうだ。
母はいつまでも父を罵っていた。
完全に目は覚めていたが、疲れてるだろうからいまのうちに寝ておきなさいと新聞屋さんに配慮していただいたので、雑魚寝で寝た。
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2007年1月時点
母:専業主婦、40~50代
父:巨体、40~50代
兄:高3、ガリ勉マッチョ
僕:高2
弟:小2
黒い犬:地元の新聞の犬引き取ってくださいか何かで昔もらってきた
白い犬:黒いのよりは比較的最近引き取ってきた
猫:アメショ、1年前母が唐突に買ってきた
覚えてない部分が多すぎて申し訳ないです。