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満たされた人類の欲望はどこへ

文章の形を整えながら書くと時間がかかるので雑記メモ程度に。副反応で熱が39度近く出て、どうでもいいことが頭をぐるぐる回って寝れない。書いて発散して寝ます。特に示唆なし。

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人類の文明の歴史はたかが数千年〜1万年。その短期間で、世界中どこに行ってもインフラがあり食事ができてお金や言葉の交換ができるようになった。奇跡のような発展。
もっと過去を振り返っても、アフリカで産声を上げたホモサピエンスは、新天地を求めて猛暑の中や吹き荒ぶ吹雪の中、氷河の上さえも突き進み、世界中に隈なく拠点を作った。
日本の戦後の高度経済成長にも近しい事が言えると思うけど、我々が一つの目的に一致団結したときのパワーは凄まじいものがある。人間の根源にある欲望の矛先が一点に集中していたような。

しかしここ10年、特にここ6年か、人間の欲望は制御不能になり、分散しはじめ、その時間軸が短くなってきているように思う。
要因はおそらくスマホとSNSなのだけど、ここまで欲望が分散した状態は人類史上初めてなんじゃないか。マズロー云々のツッコミはご勘弁を。

今までは、画一的な価値観に基づき、理想とする状態を目指して一定の時間軸の感覚を持って取り組むことを繰り返して前述のような発展を成し遂げてきたのだと思う。
それが、YouTube、インスタ、TikTokなどを通すことで人々の価値観が無数に分散し、組織に属することに対しても、生活の糧である以上の意味は無くなってきている。

大衆の羨望の眼差しは、主にフォロワー数や外見、消費行為に対して向けられている。"バズる"現象に象徴されるように、見つからざる者/持たざる者がひとっ飛びにその位置まで行く事ができる。
「こうしたい」「こうなりたい」という欲望の持続する時間軸は短く、その対象さえも週単位で移り変わるので、人の欲望の総量みたいなものが一気に落ち込んでいるような気がする。
コツコツ積み重ねるような、現在を繰り返した延長線上に未来を見るような感覚はもはや皆無に近い。彼らはスキゾの極みだったはずなのに、いつの間にか数年でパラノ化している。

それは、衣食住がほぼ民主化したタイミングだからシュリンクしているのか、前述のSNSなどに起因する一時的な現象なのか、とても興味深い。

アポロ計画以来、一定数以上の人類のパワーを集結して何かに取り組んだ事例はたぶん見当たらない。
やはり衣食住の充実が関わっているような気もするし、仮想敵の存在が重要なような気もする。誰か答えを持っていたら教えてほしい。

世の中は偶然性が一定数占めていて、その中でどう在るべきか、みたいな話を書きたかったけど熱がきつい。全くまとまりない気がする。また今度。

初めてnote書きました!2018,06,24 よかったら応援お願いします!