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星の王女様(創元SF短編賞2019年 応募作品)

 2019年に応募した作品です。ご多分に漏れず、第一次選考にも漏れてしまいました。未練がましく、再チャレンジすることにしました。
 改めて読みなおし、応募作品より多少変更しています。好評だったら、続編を書くことにします。ちゃんと考えています。よろしくお願いいたします。ちなみにコメディーです。

あらすじ

 しぶんぎ座流星群が夜空を横切るとき、天文オタクの矢部星一(やべせいいち)と西尾優香の二人は芝生に寝そべって夜空を眺めていた。星一は、優香にプロポーズするつもりだった。流星が横切り始めたとき、流星の一つが二人目掛けて落ちてきた。二人は咄嗟の事でどうする事もなく唖然と眺めているしかなかった。
 それでも難を逃れたのか二人は助かった。が、何かおかしい。そんな想いの二人に、頭の中に変化が起きた。異星人の女王が優香の頭に、召使いが星一の頭の中に入ってきたのだ。
 異星人の王女と召使いは、王女を亡き者にしようとする一団に追われていた。援軍が来るまで逃げ延びるために星一たちを操り? いや、「体まで乗っ取っちゃうぞ!」と、恫喝して追っ手から逃げる旅に連れて行くことにした。王女を助ける事ができれば、御礼をすると言って二人をその気にさせる。二人は女王様たちの援軍が来るまで、追っ手から隠れるため旅を始める。女王が持つ追っ手を察知する特殊能力で難を逃れながら旅を続ける。
 二人は、人気のない林道の少し広くなった場所で静かな数日間を過ごす事ができた。
 援軍が来るという日に食料が尽きた二人は、近くにある無人駅の喫茶店に向かう。が、喫茶店は開店前であった。開店するまで仮眠をとることにした二人は、もうすぐ援軍が来る安心感から熟睡してしまう。近くの漁港で人間たちに乗り移ることに成功した謀反人たちは、二人の乗ったレンタカーを取り囲んだ。
 気が付いた二人と王女それに召し使いは、王女の威光だけを頼りに追っ手達に立ち向かう以外方法はなかった。王女の威光は相当なものであったが、結局謀反人の頭目のために危機を迎える。その時謀反人たちが、互いに争い始めた。援軍が間に合ったのだ。多勢に無勢の謀反人たちは、すぐに鎮圧されてしまう。
 お礼を受ける事にした二人に王女と召し使いは、自分たちの宇宙の知識を与えた。矢部星一は喜んだが、西尾優香には迷惑がられた。その後異星人たちは、二人を天文学者にするきっかけを作ることに成功する。二人はその後天文学者になり、異星人たちの知識で新しい天体発見を目指す事になる。

1 これが何でサプライズなのよお?

 2018年1月4日木曜日午後10時頃しぶんぎ座流星群が夜空を横切るとき、恋人の二人は芝生に寝そべって夜空を眺めていた。流星を見るためである。そこは、近くに明るいネオンや街灯もなく満天の星が良く見える穴場の公園であった。雲は一つもなく、満天の星が二人の視界全体を覆っていた。
「なんか、吸い込まれるような気がする」
 矢部星一は、満天の星空を見ながら呟いた。地球の重力から解き放たれ宇宙に漂っているような錯覚を覚えた。これが醍醐味でもある。都会の喧騒とはかけ離れた静岡県の田舎で、ごく一部の天体オタクしか知らない星一自慢の穴場だ。
「これが、サプライズ?」
 西尾優香は、呆れ果てた。
「しぶんぎ座流星群と、君の誕生日が重なったんだ」
 優香の思いを知る由もない星一は、理由を説明した。
「そんな流星群ってあったの?」
「ああ。天文ファンにとってはけっこう有名だよ。ほら、恋人や家族連れがいるだろう。ここは、流星群を見る穴場なんだ」
 星一は、鼻高々に自慢した。穴場なのだろう。広い公園を見回しても数組のカップルと家族連れが一組だけ。大きな望遠レンズを付けたカメラを空に向けている男が二人だけしか見えなかった。
「こうやって、寝そべって空を見てごらん」
 星一は、言いながら芝生に仰向けに寝そべった。
 優香は、仕方なしに言われたように星一のとなりに寝そべると、「これでいいの?」と、尋ねた。優香にとって今日の誕生日は、最後のテストのようなものだった。星一と別れるかどうかの…。
「どうだい? こうやって寝ていると、星に吸い込まれるような気持になるだろう。自分が宇宙にいるような気分になるだろう」
 そんな優香の気持ちを知らない星一は、一人ご満悦だ。
 そうなのかも知れない。しかし優香にとっては、ロマンチックな星空より三つ星レストランのディナーの方が嬉しかった。まあ、ここに来るまでの新幹線代や交通費とレンタカー代やそれなりに美味しかった駅弁を考えると、それなりの出費には違いない。でも冬よ! 正月の休みよ! 何で好き好んで寒風のなかで星を眺めなきゃならないのお~?
 優香は、思っていることを言葉に出して帰ることも考えた。別れるいいきっかけになりそうだ。しかしバブル期の言葉で星一は、貢くんとアッシーそれにキープくんを全部引き受けてくれている存在と言っても過言ではない。
 財布代わりの星一がいるので、彼女の財布の中には一万円もない。こんな田舎、来るまでコンビニもなかった。お金をおろすことができない。とっくにバスも終わっている。どうすればいいのお??? 優香は、サプライズという星一の言葉を信じてのこのこ付いてきた自分の浅はかさに愕然とした。
「ああっ…!!!」
 星一は、流星群のひとつがまっすぐ自分に向かって落ちていることに気が付き悲鳴をあげた。
「どうした…?」
 優香は、驚いて星一に視線を向けた。星一に何かあったら、帰れなくなるじゃない。
 次の瞬間二人の体に衝撃が走った。
 星一は、芝生に手をついて顔を上げ顔を優香に向けて、「大丈夫か?」と、声を掛けた。
 優香は、「今のは、何? 何かが頭を掠めたような気分」と言いながら立ち上がろうとした。
「何かとは、失礼ね。あなた、自分の立場が解ってるの?」
「あなた、誰?」
 優香は芝生に手をついたまま、きょろきょろと辺りを見回した。
「聞いて驚かないでちょうだい。私は、王女よ」
「王女…?」
 優香は、もう一度辺りを見回した。優香の視界の近くには、人が良いだけが取り柄でそろそろ別れようかと思っている星一だけしかいない。他にも数組のカップルがいることはいるのだが遠すぎる。それに、自分の声にも似ている。
「どうした!? 何をぶつぶつ言っている?」
 星一は、優香の事が気になって声を掛けた。
「王女とかいう声、聞こえなかった?」
「君が言ったんだぞ」
「私が…?」
 優香は、一瞬呆気に取られたが、「そんな…。確かに誰かが言ったのよ」と言い張った。
「王女様…」
 星一は、優香を見ながら声を掛けた。
「私? 王女様みたいに見えるの?」
 優香は、星一の言葉に素直に喜んだ。もう自分で王女と言ったこと―優香は、他の女だと思い込んでいるが…―を忘れていた。
 星一は、少し肩を落として首をゆっくり左右に動かすと、「幾ら咄嗟の事とはいえ、そんな醜い姿の下等動物に宿るなどおいたわしや」と言ってからゆるゆると泣き始めた。
「おい! 星一! 醜い下等動物とは何よ!」
 優香は、いきなり怒り出した。まあ、無理もないが…。
「俺は…、何も…。口と体が、勝手に…」
 星一は、自分の言葉と動作に愕然とした。自分の言葉が、信じられなかった。「誰だ!?」と、他に犯人がいるはずだと勝手に決めつけ、辺りをきょろきょろと見回した。今日二人のこれからの事を話すつもりでいたのに…。うまくすれば二人は結ばれ、結婚できるかも知れない。なのに、全部ぶちこわしじゃないか!
「少しの間厄介をおかけしますが、気にしないでください」
「優香…、いや、優香さん。君だっておかしい。だいじょうぶ?」
 星一は、優香の異変にも気が付いていた。さっきから、一人で変な会話をしている。おかしい。
「私も、なんか変な気分」
 優香は、同意するしかなかった。
「王女様。やはり、下等動物ですね」
 星一が優香に向かって言った。
「そのようね」
 優香も、同意した。
「何なの?」
 優香は、初めての事に戸惑った。
「どうなってるんだ!?」
 星一も初めてのことでさっぱり判らない。
「仕方ない。説明しよう」
 星一は、言った。が、星一本人の言葉ではない。
 得体の知れない恐怖を感じ始めた二人の想いなど、気にしないかのように星一は、「我々は、遙か彼方の星からやって来たのです。訳あって、こんな辺鄙な、下等生物の住む星に降り立たなければならなりませんでしたが…」
「辺鄙な惑星で悪かったな」
 星一は、自分の言葉に自分で突っ込みを入れた。
「下等動物で、悪かったわね。あなた、おかしくなったの?」
 優香は、星一を呆れた顔で睨み付けた。
「その通りです。私たちは、迎えの援軍が来るまでこんな辺鄙な星で隠れていなければならないのです」
 優香は、星一の言葉を補足した。
「君だっておかしい」
 星一は、恐ろしくなり、「まさか、俺たちを乗っ取るつもりか?」と、戦慄した。
「宇宙人が、私たちの体に乗り移った…?」
 優香は、そこまで言ってからゾッとして星一を見た。
「援軍が来るまでの辛抱ですよ。援軍が来れば私たちは、あなたたちの体から出ることができるのです」
 星一は、それが当然のような口ぶりだ。

作者注:異星人が二人の体に入ってきたため、会話は本人か異星人か判断しづらくなりました。今後(本人)(女王)(召し使い)で、分るようにします。

「ほんとにほんと?」
 優香(本人)は、信じ切れていない。
「本当です。私は、王女。嘘はつきません」
 優香(王女)は、断言した。
「援軍は、何時やって来るんだ?」
 星一(本人)は、気になり尋ねた。これが本当のことなら、いつまで逃げなければならないんだ?
「明日の朝には、援軍は到着するはずです」
 優香(王女)は、言った。
「じゃあ、あと七・八時間か…」
 星一(本人)は、ほっとして胸をなでおろした。
「それなら、何とかなるかも」
 優香(本人)も、少しほっとした。
「それが…。実は、申し上げにくい事ですが…」
 星一(召し使い)は、上目遣いで申し訳そうな顔になって優香(本人)を見た。
「違うの?」
 優香(本人)は、驚いた顔になって厳しい視線を星一に向けた。
「そうでした。ここは、母星ではなく、辺境の惑星。自転が早すぎました」
「と、言う事は?」
「はい。我が母なる星は、もっとゆっくりと自転しているのです」
 星一(本人)の問いかけに、星一(召し使い)は、気の毒そうな顔になった。優香(本人)は、「自転が遅いから何だと言うのよ」と、不服な顔になった。学生のときに習った事があっても、興味のなかった優香は忘れていた。
「じゃあ。あさって?」
 星一(本人)は、優香を見て尋ねた。鏡を見ながら自分に尋ねるわけには行かない。
 優香(王女)は、残念そうに首を横に振って、「五日後です」と、告げた。

2 なんで逃げなければならないのお~

「そんな…。仕事始まってる」
 星一(本人)は、途方に暮れた。
「休みが台無し!」
 優香(本人)は、星一を睨みつけて、「こんなど田舎に連れて来たあなたのせいよ!」と、怒鳴り散らした。
「お取り込み中のところ悪いですが、もう時間がありません」
 優香(王女)は、二人に告げた。
「そうよ。悪いのは、あなたじゃない? 王女かなんだか知らないけど、勝手に体の中に入ってきて!」
 優香(本人)は、星一を睨みつけた。
「追っ手が近くまで来ているのです。緊急避難で、こんな辺鄙な惑星に降りなければならなかったのです」
 優香(王女)は、慌て始めた。
「そう言われてもなあ…」
 星一(本人)は、公園を見回してから空を仰ぎ見た。公園は、相も変わらず長閑そのもので空にUFOも見られない。「思い過ごしじゃないのか?」と、懐疑的である。
「王女様のセンサーは、確かです」
 星一(召し使い)は、星一の考えをきっぱり否定した。
「嫌よ! 面倒なことに巻き込まれるのは…」
 優香(本人)は、怒り出した。無理も無い。が、本人の意思とは裏腹に、もう巻き込まれているのだ。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
 星一(本人)は、諦めて尋ねる事にした。これ以上何を言っても無駄だと悟った。
「追っ手から逃げて、援軍が来るまで隠れるしかありません」
 優香(王女)は、事実を告げた。
「援軍が来たら…、まさか追っ手と援軍と戦闘にならないよな」
 星一(本人)は、焦りだした。
「必ず、戦闘になります」
 優香(王女)は、断言した後に、「我が軍隊は、勝利します」と、誇らしげな顔になった。
「そんな…。人の星で、勝手に戦争されちゃかなわない」
 星一(本人)は、怒り出した。が、異星人の姿形さえわからない。
「心配無用です。下等生物に迷惑はかけないから安心してください」
「下等生物で悪かったわね」
 優香(王女)に優香(本人)は、食ってかかった。
「まあ、そんなにお怒りにならないで下さい。現実を受け止めることも必要…」
 星一(召し使い)の言葉を遮り優香は、「他人事のような事を言って、あなたたちのせいでこうなったんだから」と、星一(召し使い)を睨みつけた。
「大変なことになりました!」
 優香(王女)は、立ち上がるといきなり走り出した。「どこ行くのよ~…? UFOもいないじゃない?」優香(本人)は、困惑して尋ねた。
「王女さま」
 星一(召し使い)は、呆気に取られて王女を呼んだ。まさか…、追っ手が迫っているのか!?
「命が惜しいなら、付いてきなさい!」
「仰せのままに」
 星一(召し使い)は、慇懃な言葉づかい。が、咄嗟に星一の体を乗っ取って立ち上がると、一目散に王女の後を追った。
 星一(本人)は、「何やってんだ!?」と、叫ぶのが精一杯。
 近くで天体にカメラを向けていた天文ファンの男性は、カメラを三脚から取り外すとカメラを無造作に放り投げた。カメラは、公園の芝生に転がった。三脚の三本の脚を纏めて握ると、星一たちを追いかけた。天体望遠の大きなレンズを固定するだけあって、頑丈に出来ている三脚は立派な武器となる。転がったカメラをカップルの男が拾うと、女と一緒になって星一たちを追い始めた。超望遠レンズは、それ自体で武器となり得る。
 王女と召し使いは、二人の体を乗っ取って駐車場に止めてあるレンタカーと逆方向に走っていった。
「逆だ! レンタカーとは逆の方向に逃げている」
 星一(本人)は、レンタカーに乗って逃げることを考えた。が、UFOで来られたら、すぐに捕まってしまうと考えを改めた。星一と優香は、三人が異星人に体を乗っ取られて追いかけてくることをまだ知らない。
 なぜか、呆気なく三人の追っ手から逃れる事が出来た二人? いや、二人と二人の中に入ってきた異星人二人は、胸をなで下ろした。
「あいつらも体を乗っ取られたのか?」
 星一(本人)は、念のため尋ねた。
「はい」
 優香(王女)は、答えた。
「何で、こんなに近いんだ? UFOも見なかったのに、どこから現れたんだ?」
 星一(本人)は、疑問をぶつけるしか無かった。
「あなた達と同じです。流星群を利用したのです」
 優香(王女)は、さっきの出来事を思い出させようとした。
「凄い、テクノロジーだ!」
 星一(本人)は、王女たちのテクノロジーの凄さに舌を巻いた。
「そんなに、凄いの? 私には、宇宙船やUFOの方が凄いと思うけど…」
 優香(本人)には、理解できない。星一(本人)は説明しようと思ったが、余裕がないことを思うとこれからのことを相談することにした。「レンタカーで、少しでも遠くに行った方が安心だと思うんだけど…」
 星一(本人)の控え目な提案に、優香(本人)は、「そうね。出来るだけ遠くに逃げないと…」と、納得した。いや、巻き込まれた以上、納得するしか無かった。他に良い方法など思いつかなかった。
「お願いするしかないようですね」
 優香(王女)は、仕方ないような口ぶりだ。
「王女様が仰せなら、私めは従います」
 星一(召し使い)は、恭しく優香(王女)に向かってお辞儀した後に、「ちなみに星一さま。レンタカーとは、何です?」と、星一に尋ねた。さすが召し使いだけのことはある。言葉は、丁寧だ。
「そんな事も…」
 星一(本人)は呆れたが、地球にやって来て間もない宇宙人には理解できないと思い直して、「ガソリンで動く自動車という乗り物だ。レンタカーは、借りた自動車だ」と、説明した。
「いくら下等生物とはいえ、自動車という乗り物も買えないほど貧しいのですね。同情を禁じ得ません」
 星一(召し使い)は、いくら下等生物とはいえ召し使いの性で慇懃な物言いになった。が、慇懃無礼とは思っていない。
「下等生物は、余計だ。それに貧しいから買えないんじゃない。必要が無いだけだ」
 星一(本人)は反論した。が、「そんな事より、早く駐車場に行こう」と言って優香(本人と王女)を促すように立ち上がると、辺りを窺いながら駐車場へ続く道を歩き始めた。優香(本人と王女)は、黙ったまま星一(本人)に従った。
 そこは、砂利が敷き詰められているだけの舗装されていない空間だった。縄で区画が決められていた。それでも三十台ほどは停められる。休日になればそれなりに賑わうのだろう。駐車場の入口には『星空公園無料駐車場』とゴシック体で書かれてある古びた小さな看板があるだけだ。看板の隣には、小さなプレハブトイレの建物があるだけの殺風景な場所だ。トイレの横には、ベンチと、1台の古ぼけた自動販売機。少し離れたところに灰皿と喫煙所の看板。
 駐車場には、星一(本人)たちが乗ってきたレンタカーが一番奥に停められており、手前の左右に青いスポーツセダンと、四輪駆動車か、一台づつ停められていた。計算が合わない気もしたが残りの家族連れたちは、帰ったようだ。それとも地元の人達なのだろうか?
「誰もいないようだ」
 星一(本人)は、ほっとした。
「まだ近くにいます」
 優香(王女)の言葉に、星一(本人と召し使い)は戦慄した。
「何で、分かるのよお?」
 優香(本人)は、納得していない。が、四輪駆動車のドアが開き中から三人が出てくる様子を見て、二人は慌てて駆けだした。こんどは、異星人ではなく本人たちの意識が先だった。

 それから数分後、なぜかまた三人を簡単にまくことに成功した。
 小さな商店と横の自動販売機とベンチを見つけた星一(本人)は、「君は、カフェオレで良かったね」と尋ねた。
「ええ。こんな状況じゃ、ワインをらっぱ飲みしたい心境だけど…」
 優香(本人)は、明らかに不満顔だ。
 星一(本人)はほっとした途端に、「でも、何故だ?」と、不思議に感じた。
「多分、下等生物を乗っ取ったことが原因と考えられます」
 優香(王女)は、決めつけていた。
 優香(本人)は、「まだ、下等生物って言ってる…」と、呆れていた。
「どういう意味です?」
 星一(本人)は、理解に苦しんだ。「あんたたちだって、乗っ取ったくせに」と、優香(王女)に食ってかかった。
「あなたたちの意識は、あったでしょ。理解したあなた達は、逃げようとしたではないですか」
 優香(王女)はそこまで言って、優香(本人)は見られないので星一(本人)を見た。
「だから、なんだというのよ!?」
 優香(本人)は、怒り出した。
「追っ手たちは、新しい辺境の惑星に慣れていないからでしょう」
 優香(王女)の解釈に、優香(本人)は、「あなた達は、高等生物なんでしょ」と、嫌味を言った。
「残念ながら高等生物といっても、万能ではありません」
 優香(王女)は、優香(本人)の言葉に素直な反応をした。
「やってらんない」
 優香(本人)は、呆れて鼻を鳴らした。
「待てよ…?」
 星一(本人)は、腕を組んでなにやら考えていたが、「じゃあ車に乗れば、遠くまで逃げられる…」と言ってから優香(本人と王女)を見た。
「相手も、車を持ってるのよ」
 あきれ顔の優香(本人)。
「そうでも無いかも知れません」
 笑みを浮かべた優香(王女)。
「何で?」
 意味が分からない優香(本人)。
「宇宙人が、運転出来ないとしたら?」
「あ。そっか」
 やっと納得した優香(本人)。
 それから十分後二人は、駐車場の入り口にしか照明がないため駐車場の奥から易々とレンタカーに乗り込む事が出来た。
 エンジンをかけても、ライトをつけても発進させても三人の追っ手は現れなかった。が、入口に差し掛かると、追っ手の三人が何か揉めていた。星一(本人)がゆっくりと車で通りかかっても、興味すら覚えないようだ。
「何で、俺のカメラを持ってるんだよ!?」
「あなたが、カメラを放り投げたんですよ」
 星一(本人)は、無言で三人を横目で見ながら車を十分ほど走らせて大きな通りまで出ると路肩に停めた。まだ全てを知らされていない気がして、全てを聞き出そうとしたからだ。
「ところで、王女様。さっきの追っ手たちは、乗っ取られたままなんですか?」
 星一(本人)は、まじめな顔で尋ねた。
「はい。しかし今は、表に出ないようにしているだけのようです」
「王女様を追うのを、諦めた訳はないでしょうね」
 星一(本人)の質問に優香(王女)は、「あり得ません」と、きっぱりと答えた。
「なぜ、追われているのですか? 追っ手の目的は、あなたを亡き者にすることではありませんか?」
 星一(本人)のさらなる質問に優香(王女)の顔色が変わった。
「お家騒動だったりして」
 優香(本人)は、軽口を叩いた。優香(本人)の軽口を叩いた顔が、すぐに困惑と絶望が入り交じったような王女の顔になった。
「どうしたのよお?」
 王女の顔を見て困惑した星一(本人)の顔に、自分の中にいる王女の事が気になった。「私は、王女の顔が見えないのよ…」と只ならぬ気配を感じ取って心細くなった。
「優香さんの言ったとおりです。私が召し使いと共に宇宙旅行している間に、謀反が起きました。謀反は失敗したのですが、残党百名ほどが脱出して私を追って来ると連絡を受けたのです。そこで、どこかに隠れるより、下等生物に入って追っ手から逃げることを選択せざるを得なかったのです」
 優香(王女)は、そこまで言ってからうな垂れてしまった。
「まだ、下等生物って言ってる」
 優香(本人)は、もう怒っていない。呆れるしかないようだ。「でも、失礼すぎない?」と、バックミラーで自分の顔を見ながら自分(王女)を睨みつけた。この方法で自分の中に入ってきた王女の表情が分るとやっと分った。
「そうでした。失礼すぎました。謝罪します。でも、なんてお呼びしたらいいのでしょうか?」
 優香(王女)は、バックミラーで優香(本人)を見ながら尋ねた。
「私は、西尾優香。ゆうかでいいよ」
「ゆうかさん?」
「そう。あなたは?」
「私? 私は、オーロラ姫です。この星の言葉で、説明できない所からやってきました」
 優香(王女)は名前を名乗ったものの、どこから来たかは言わなかった。いや優香の頭の中に、星の知識がなかったため言えなかったのだ。
「私は、矢部星一。せいいちでいいですよ」
 星一(本人)は、名前を名乗ってから、「召し使いさんだって名前があるんでしょ」と、バックミラーを動かして自分(召し使い)に尋ねた。
「せいいち様。私めは、ジョージと申します」
 さすがに召し使い。下等生物に対してもバカ丁寧な物言い。
「これから、よろしく」
 星一(本人)。
「こちらこそ。ご迷惑をおかけいたします。援軍が来るまでの間よろしくお願いいたします」
 星一(召し使い)は、座ったままではあるが恭しくお辞儀をした。
「ところで、王女様を亡き者にするって、何されるの?」
 優香(本人)の言葉に、「え!?」「え!?」「まさか…?」星一(本人と召し使い)それに優香(王女)は、絶句した。
「王女様を殺そうとしているんだ」
 星一(本人)は、呆れたものの仕方なく説明した。
「なあんだ。亡き者にするなんて言うから分らなかったけど…」
 優香(本人)は、納得したが顔色を変えて、「かわいそうな王女様」と、同情した。王女が殺されるイコール自分も死ぬことをまだ知らない。
「あの、ゆうかさん。私が殺されると言う事は、あなたも死ぬ事になるのですよ」
「何で?」
 優香(本人)は、まだ事実を知らない。
「だから、君とオーロラ姫は、一緒だろ。同じ体にいるんだ」
「そうだった。どうしよう…」
 優香(本人)は、うろたえだした。「何で私が殺されなければならないのよお」と、うな垂れてしまった。
「君を、俺ができるだけ守る」
 星一(本人)は、優香を優しく抱きながら言った。
「できるだけ? って、何よ!?」
「相手は、謀反人だぞ。宇宙人だぞ。テクノロジーも凄いんだぞ。そんな相手と戦って、勝てるわけがないだろう。だから援軍が来るまで、逃げるしかないだろう。絶対君を守るとは残念ながら言えないんだ」
 星一(本人)は、これ以上言えない自分の無力を思い知った。
「そうね。できるだけ守って」
 優香(本人)は、譲歩するしかなかった。
「分った」
 星一(本人)は、他に答える言葉がなかった。不甲斐ない。「でもおかしい」と、あることに気が付いた。
「どうかしました?」
 優香(王女)は、星一(本人)の言葉を見逃さなかった。
「追っては、三人だったんですよ。他の謀反人は、どこにいるんですか?」
「三つの流星に分乗してあの三人の体に入ったのです」
「そうでしたか」
 星一(本人)は、納得したつもりになったが、「あなたたちは…、そんなに小さいのですか?」と、別のことを考えた。100名が三つの流星に分乗したのなら一つの流星に30名以上が乗っている計算になる。自分にも少しの違和感しかなかった事を考えると、相当小さい宇宙人ではないのか?
「分りました。我々の正体を明かすときが来たようです」
 優香(王女)は、そう言ってから沈黙した。
「何? この丸いの」
 優香(本人)は、頭の中に入ってきた映像に驚いていた。
「我々エンテロス星人は、ウイルスが進化したのです」
「ウイルスって…。インフルエンザみたいな?」
 驚愕の優香(本人)は、星一に困惑した顔になり尋ねた。
「俺にも、見えている。召し使いは、ジョージさんは、あなたなんですね」
 星一(本人)は、自分の体の中にいるであろう召使のジョージに尋ねた。
「その通りでございます」
 星一(召し使い)は、星一(本人)の頭の中の映像でお辞儀をしたようだ。地球のどこでも、地球以外でも、召し使いや執事は、言葉が丁寧なようだ。オーロラ姫も優香(本人)とはまるで違う言葉遣いである。姿かたちは別として、それなりの教育を受けている証拠だと星一は思わざるを得なかった。
「何? オーロラ姫って、この丸っこいの?」
 優香(本人)は、呆れ返った。「今まで私たちを下等生物と言っていた宇宙人の正体がこれ? 裸じゃない」と、初めて優越感に浸った。
「そんな畏れ多い。裸のどこが悪いのですか!? 必要じゃないだけです。それに、王女様を侮辱したあなたを許しません」
 星一(召し使い)は、優香(本人)の胸倉を掴もうとして少し躊躇してからやめた。「王女様があなたの体に入っているので、私には何もできません…」と言って泣き崩れた。
「優香言い過ぎだぞ」
 星一(本人)は、控えめに優香(本人)を睨みつけた。
「ありがとうございます」
 優香(王女)は、礼を言って深々と頭を下げた。
「いやあ。優香も驚いただけですよ。悪気があったわけじゃない」
「そうね。言い過ぎたかも」
 優香(本人)は、少し後悔してから、「オーロラ姫、ごめんなさい」と、謝った。
「まあ、そういう事なら私も許します」
 星一(召し使い)は、納得してくれた。
「でも、私が殺されるのよ」
 優香(本人)は、自分の境遇を愚痴り始めた。「あそこに行かなければ、こんな事にはならなかった…。そうだ、オーロラ姫。私の体から出て行ってくれない? そうすれば、私は追っ手から狙われる事はないじゃん」と、オーロラ姫に食って掛かった。
「残念ながら、それはできません」
 優香(王女)は、首を横に振って答えた。
「何故?」
「誰か他の生物の体に入っていないと、私は生きていられないのです」
「じゃあ、星一の体に入って。そうすれば、私は殺される事はない。安全よ」
「あなたは、自分のことだけ考えているのですか? 星一様のことを何にも考えていないのですか?」
 星一(召し使い)は、優香(本人)に詰め寄った。
「あなた? ジョージ? それとも星一?」
 優香(本人)は、言葉遣いからジョージだと考えたが、星一が丁寧な言葉を使って自分を守ろうとしている事も考えた。そうなら、男のくせに情けない。しかし、自分の命を守る事だけに、汲々としている自分のことには気が付かない。
「そんな…。星一様は、そんな事はおっしゃっておりません。私めの発した言葉でございます」
 星一(召し使い)は、優香(本人)を睨みつけた。「こんな自分勝手な女性を愛してしまった星一様に、私めは同情を禁じ得ません」と、言葉を繋いだ。
「そんな…、積りでは…」
 優香(本人)は、やっと気が付いて、「じゃあ、どうすればいいのよお~」と、途方に暮れた。
「分った。俺が二人まとめて面倒見る」
 星一(本人)は、腹をくくった。
「え!?」
 優香(本人)は、驚きの目で星一(本人)を見た。
「オーロラ姫。逃げおおせれば、援軍が来るんでしょ」
 星一(本人)は、オーロラ姫に尋ねた。
「はい」
 優香(王女)は、答えた。
「駄目でございます」
 星一(召し使い)は、拒否した。
「何で?」「何で?」
 星一(本人)と優香(本人)は、同時に尋ねた。
「そんな畏れ多いことを…。私めの様な者と、次の女王となられるオーロラ姫様といくら下等生物とはいえ同じ生物の体に入るわけには行きません。よって、二つの流星を利用して宇宙旅行していたという訳でございます」
「分ったわ。仕方ない。その代わり、出来る限りじゃなくて、絶対に私を守って」
 優香(本人)は、星一(本人)に詰め寄った。
「俺の命に代えも、君を守ると約束する」
 星一(本人)は、真剣な顔で答えた。「オーロラ王女。他の人間に乗り移るのは、どうやるんですか?」と、優香(王女)に尋ねた。百名もの追っ手が全員違う人間に乗り移れば、追っ手に見つかる確立が増えるからだ。
「他の人間に乗り移るときは、くしゃみをさせて外に出て新しい人間に乗り移るんです」
「くしゃみなんかで?」
 優香(本人)は、懐疑的だ。と、いうよりバカにしていた。
「くしゃみをばかにしないほうがいいよ。四~五メートルは簡単に飛ぶんだ。インフルエンザと同じだ」
「ふう~ん。そうなんだ」
「なら、都会に出て人ごみに紛れ込むことは返って危険だな…」
 星一(本人)は、なにやら考えていた。
「もっと、ど田舎に隠れるつもり?」
 優香(本人)は、心細そうな目になった。

3 逃避行「って、惨めじゃない?」

 結局四人(二人と二人の体の中にいる二人の異星人)は、人気のいないところに行く道を選んだ。しかし援軍が来るまで隠れているためには、食料と飲み物それにガソリンが必要だ。
「何か惨め」
 優香(本人)は、ため息をついた。
「仕方ないだろう。援軍が来るまでの辛抱だ。こんな非現実的な事は、二度とないかもしれない。いや、無理だ。せっかくだから、楽しもう。映画の主人公になった気分だ」
 星一(本人)は、前向きに考える事にした。だってそうでしょ。宇宙人ですよ。それも、王女様。助けられるかもしれないと考えると、凄い体験でしょ。まあ、ウイルスですが…。それでも、宇宙を旅行できるほどのテクノロジーを持っているんです。と、この件が解決したら、全世界に向けて叫びたくなった。が、そんなこと言える訳はないと諦める事にした。だってそうでしょ。グレィの宇宙人だって信じない人がいるのに、こっちは進化したとはいえウィルスですよ。誰が信じるんですか!? 証拠の写真さえ取れないんですよ。

 夜明け前にようやくコンビニ程度の小さなスーパーを見つけたが、まだ開店前だった。スーパーの隣は、コーヒーショップだったが、まだやっていない。近くに小さなローカル線の駅が見えた。

 結局少ない下等生物の人数で襲う事は諦めた謀反人たちは、体を乗っ取る下等生物を物色し始めた。が、彼らは、この近辺が人口の少ない過疎地である事を知らない。物色する相手も男に限られしかも大きな男。強そうな男である。謀反人たちも時間との戦いとなった。援軍が来る前にオーロラ姫を亡き者に出来なければ、自分たちに未来がないことも嫌というほど分っていた。が、ことのほか手間取った。土地勘もなくどこへ行けば多くの下等生物が生息しているのかも知らない。どうすれば一箇所に集まれるかも知らない。移動手段もUFOが三機あるだけ。いざとなったら逃げることも考えなければならない。
 とりあえず三班に別れ、ぎりぎりまで男たちを探す事にした。下等生物は、買い物というものをしなければ生きていけないという情報を得て近くのスーパーに監視役を置いた。オーロラ姫に見つからないように、頭ではなく体の奥深くに隠れ神経細胞を通してオーロラ姫の情報を得ることにした。そのスーパーが、まだ開店前の星一たちが訪れたスーパーだった。

「あ~あ。疲れた。眠い」
 星一(本人)は、スーパーの駐車場で開店まで仮眠をとることにした。
「でも、追っ手がいるのよ」
 優香(本人)は、気が気ではない。
「大丈夫です。私が見張っています。近くに謀反人が来れば分ります。そのときは起こしてあげます」
「助かった。悪いが寝させてもらう」
 星一(本人)は、リクライニングを倒すと目を閉じた。
「私も限界。お姫様、本当に大丈夫よね」
「もちろんですとも。私の命も掛かっているのです。小さくても、下等生物いや優香さんのお役に立てます」
「そう? じゃあ、下等生物は、寝させてもらう。追っ手だけじゃなく、スーパーが開店したら起こして」
 優香(本人)は、自分もリクライニングを倒して星一(本人)の隣で目を閉じた。

 何とか食料と燃料を手に入れて、人気のないところに隠れることにした二人。が、スーパーの店員に乗り移った謀反人は、せっかくのチャンスを生かせないことに歯がゆかった。いくら自分たちより大きくて強いオーロラ姫でも数人掛りで戦えば、勝てるはずだ。ここにいると分かっていても、仲間に通信する事すらできない。感づかれれば、もっと遠くに逃げられる恐れがある。今は、隠れているしかない。と、歯がゆかった。

 そこは、林道を奥に入った所の少し切り開かれた場所だった。星一(本人)は、カーナビで現地の人間しか分らないような林道を見つけて車を停める場所をやっと見つけた。星一(本人)は、枯れ枝などを拾って焚き火をした。本来ならやってはいけないことではあるが、この状況では仕方がなかった。車は、いつでも逃げられるように林道に向けて駐車した。それでも、安心はできない。
「何か、林間学校みたい」
 優香(本人)は、満点の星空を眺めながら呟いた。
「だろ。やっと君も、宇宙の素晴らしさが分ったようだね」
 星一(本人)は、優香(本人)の呟きに目を輝かせた。
「ちょっと、センチになっただけ」
 優香(本人)は、星一(本人)の気持ちを知らない。「そんなことより、ここは安全なの?」と、現実に戻った。
「今のところ、だいじょうぶです」
 優香(王女)は、二人のために言った。
「そう。良かった」
 優香(本人)はほっとしたが、「今のところ? って? どういう意味?」と、焦りだした。
「近くに、追っ手はいないということです」
 優香(王女)は、二人のために説明した。が、二人が安心していないようなので、「近くに追っ手が来れば、すぐに知らせます」と、二人の不安を少しでも払拭するように言った。
「そう。少しでも、早く言ってね」
 優香(本人)は、信じていないようだ。「まだ、三日。援軍が来るまで三日もあるのよ!」と、うんざりした顔になった。
「こんな機会めったにないじゃないか」
「え!?」
 優香(本人)は驚いて、星一(本人)の顔をまざまざと見て、「追われているのよ! 命が危ないのよ!」と、怒鳴り散らした。パニック寸前である。
「いまさらじたばたしても、解決しないだろ。援軍が来るまで逃げるしかないんだ」
 星一(本人)は達観しているような口ぶりだが、「俺だって、怖いさ」と、本音を漏らした。
「やっぱ、そうよね。恐ろしい宇宙人より、何も見えない方がかえって怖い」
 優香(本人)は、そう言って星一(本人)に寄り添った。
 星一(本人)は思う。明日をも知れない身とはいえ、優香(本人)とこれから数日間二人っきりで過ごす事ができるのだ。優香と俺の体の中には、別の人格が入っているが・・・、見えない。いないことにして二人っきりでせめてあと三日間過ごそう。そうでしょ。こんな非日常って、ありませんよね!
 それから三日目の朝まで、二人っきり? の星一(本人)には、夢のような時間を過ごす事ができた。まあ、優香が排泄するときには、ひと悶着あったが・・・。トイレなんかないんですから・・・。
 三日目の朝に、食料が尽きた。何もしない? いやできない二人にとって食事は一番の楽しみになったため、余分に食べてしまったからだ。二人は、前に立ち寄った駅前の小さなスーパーの近くにあった喫茶店に向かった。とにかくゆっくりとくつろぎたかった。

4 援軍って、どこにもいないじゃないの!「て言うか、見えないじゃん」

 百名ほどの男達が、ローカル線の新富士見沢という無人駅に始発から集結して来た。
 星一と優香は、駅の片隅にレンタカーを停めて仮眠していた。喫茶店は、朝九時からの営業だった。仕方なしに仮眠して開店するまで待つことにした。もうすぐ援軍が到着することで安心して油断したのか、ぐっすりと眠ってしまった。知らないうちに男達がレンタカーを取り囲んでいた。
 朝七時過ぎに、散歩で駅に通りかかった老夫婦は人数の多さに驚いた。
「凄い人数だこと」
 夫は、妻に語りかけた。
「そうね。こんなにいっぱい人がいるのは、何年振りでしょうか」
「いや、生まれてこのかた見たこともない。まるで都会にいるようだ」
 夫は、珍しそうな顔で男たちを見てから、「さあ帰ろうか」と言った。

 優香(王女)のセンサーは、やっと謀反人の残党を捉えた。
「せいいちさん。起きて下さい」
 優香(王女)は、星一(本人)を起こそうとした。
「もう、援軍が来たんですか?」
 星一(本人)は、吞気に尋ねた。
「違います。追っ手が目の前にいます」
 優香(王女)は、事実を告げた。
 慌てて起きた星一(本人)は、周りを見回して凍り付いた。多くの男達が車を取り囲んでいた。
「オーロラ姫。優香は、まだ眠っているんですか?」
「それが…。優香さんを怖がらせないように、優香さんの体を乗っ取りました。」
「すぐに優香を起こして下さい!」
 星一(本人)は、真剣な顔になり優香(王女)にお願いした。
 優香(王女)は、星一(本人)の有無を言わさぬ気迫のような物を感じた。
「星一、おはよう」
 優香(本人)は、吞気な声をあげた。
「そんな状況じゃないんだ。外を見てみろ」
「人がいっぱい。ここは、無人駅でしょ。何でこんなに人がいるの?」
 優香(本人)は、星一(本人)の真剣な顔を見て、「なあんだ、援軍が来てオーロラ姫を守ってるんだ」と、ほっとした顔になった。
「逆だ!」
 星一(召し使い)は、思わず叫んだ。が、「失礼致しました。残念ですが、逆でございます」と、丁寧な言葉遣いに戻り取り繕った。
「逆って!?」
 優香(本人)は驚き、「全部反乱軍?」と恐ろしい顔になり、星一(本人)を見た。
「残念ながら、全員反乱軍です」
 優香(王女)は、苦渋に満ちた顔になったが、「少し反乱軍と、話をします」と言って沈黙した。
「…」
 星一(本人)と優香(本人)は、何も言えずただじっとお互いの顔を見るしかなかった。反乱軍が銃などを持っているとは思えない。それでも、どうひいき目に考えても、集団で暴行されれば…。
「優香、とんでもないことに巻き込んでごめん」
 星一(本人)は、伏目がちに優香を見た。
「ううん。あなたの責任じゃない」
 優香(本人)は、しおらしい。「と、言いたいところだけど、どうしてくれるのよ!?」と言って星一(本人)を睨み付けた。
「君を守る」
 星一(本人)は、言ってから車の外にいる多くの男達を見回して、「前言撤回。命のある限りにして…」と言ってから、引きつった笑顔になった。
「許してあげる。でも楽しかった」
「え?」
「あなたが言ったように、映画のヒロインになった気分よ」
 優香(本人)の言葉は、真実だった。
「ありがとう。ほんとうは、あの日プロポーズしようとしていたんだ」
「え? そうだったの」
 優香(本人)は予感のようなものは感じてはいたが、その時別れようと思っていたとはさすがに言えない。それにもうすぐ死ぬかも知れない身になってしまった。優香(本人)は、どうすれば良いのかまるで分からない。
 それは当然かも知れない。もしかしたら、いやこの状況では、援軍が早く到着しない限り殺されかねない。優香(本人)は、プロポーズを受けることにした。
「お取り込み中のところ申し訳ありませんが、やっと謀反人のトップとの話が終わりました」
 優香(王女)は、すがすがしい顔で星一(本人)に言った。
「で、相手は、何と?」
 星一(本人)は、身を乗り出して尋ねた。二人にとって生きるか死ぬかの瀬戸際である。
「どうせ、話なんか通じる相手じゃないでしょ」
 優香(本人)は、投げやりだ。
「話は、平行線でした」
「やっぱ…」
 優香(本人)は、最悪の事を考えた。
「でも、どうやって話したの?」
 優香(本人)は、不思議だった。
「我々はテレパシーが発達していて、離れていても会話が出来るのです」
「そうなんだ…」
 感心したような優香(本人)だが、「私たちを襲うつもり?」と、現実にこれからどうなるか気になって尋ねた。
「私が優香さんの体内から出れば、あなた方には危害は加えないとの約束は取り付けました。あと十分で決めろと言っています」
「次は、誰に乗り移るの?」
「誰にも…」
「それって、死ぬって事?」
「はい」
「駄目よ!」
 優香(本人)は、興奮して、「今まで、逃げ回った意味が無いじゃん…」と言ってからうな垂れてしまった。
「ありがとうございます」
 優香(王女)は、頭を下げた。
「何か助かる方法はないの?」
「オーロラ姫。優香(本人)の言うとおりです。まだ諦めないで下さい。あなたが謀反人の言うとおりにしても、我々は秘密を知っているんです。約束を守る保障はないのです」
 星一(本人)も、オーロラ姫を助けることを考えた。が、いい案など浮かぶはずはない。
「秘密って言っても、誰も信じてくれないだろうけど…」
 優香(本人)は、呆れ顔だ。
「ジョージさん。さっきから黙ってますが、何かいい知恵はないんですか?」
 星一(本人)の問いかけに、少し間を置いてから、「悔しゅうございます」と、泣きじゃくる星一(召し使い)の姿が現れた。星一(本人)は、いや優香(本人)もかける言葉もない。
「ジョージ。今までよく仕えてくれました」
 優香(王女)は、ねぎらいの言葉をかけた。
「もったいないお言葉。一対一の対決なら、王女様に勝てる相手ではないのに…。悔しゅうございます」
「オーロラ姫って、そんなに強いの!?」
 驚いて星一(召し使い)に尋ねる優香(本人)。
「もちろんでございます。それだけではございません。人望もあり、我々を見守っていただいております。次のリーダーに相応しいお方なのです」
「ジョージ。あんたも男でしょ。オーロラ姫を助けなさい! そうだ。くしゃみをするから、相手の体に入れば勝てるんじゃないの?」
 優香(本人)のボルテージが最高になった。
「それが…、謀反人のリーダーは一番後ろにいて、くしゃみをしても届きません。何回もくしゃみをして乗り移る間に、あなた方は必ず殺されます」
 優香(王女)は、二人にとって絶望的なことを告げた。
「そんな…」
 優香(本人)は、絶句した。「でも、何か方法はあるはずよ」と、諦めきれない優香(本人)。
「オーロラ姫。他に何か特別な能力はありませんか?」
 星一(本人)は、特権階級なら何か持っているかも知れないと考えた。が、そんな能力を持っているとしたら、ファンタジーを超えてまるでおとぎ話の世界ではないか。それでも何か能力があれば一縷の望みには違いない。
「ありますよ」
 星一(本人)の問いかけに答えたのは、他ならぬ星一(召し使い)だ。
「何よ。もったいぶって、さっさと言いなさい!」
 優香(本人)は、じれったくなった。「生きるか死ぬかの瀬戸際なのよ。時間がないじゃない!」
「それは…」
 優香(本人)の剣幕に圧倒されたのか、星一(召し使い)は、そこまでしか言えなかった。
「それは!?」
 優香(本人)は、星一(召し使い)に
「それは!?」
 星一(本人)も、星一(召し使い)に詰め寄った。
「それは…、王女様のご威光です」
 星一(召し使い)は、答えた。
「そっち?」
 星一(本人)は、肩透かしを食らった気分になった。もっと別な能力を期待した自分が恥ずかしくなった。が、現実とは、そんなものなのだろう。
「そんな…」
 優香(本人)は、意外な答えに力が抜けた。「ご威光って、偉い人がいるだけでへへえっと頭を下げる水戸黄門の印籠みたいなものでしょ」
「みとこうもんが何かは知りませんが…。あっ。テレビの時代劇ドラマというものに出てくる、偉いお方ですね。そんなものではありません。実際にオーロラ姫は、国民のほとんどに慕われております。謀反人とはいえ我が国民。心では王女様をお慕いしている者も多いはずです」
 星一(本人)は、優香の言葉で水戸黄門の時代劇が頭をよぎった。それをジョージは知ったのだろう。凄い能力だ。と、星一(本人)は、舌を巻いた。が、今は、それどころではない。
「ジョージ。礼を言います。これで私の心は決まりました」
 優香(王女)のひと言に星一(本人と召し使い)は、優香(王女)に注目した。優香(本人)は、バックミラーを自分に向けて優香(王女)の次の言葉を待った。
「私の身を国民に委ねます」
 優香(王女)の顔に、迷いはないようだ。国民を信用しているといえば聞こえがいいが、レンタカーを囲んでいるのは謀反人たちなのだ。
「それって、何をやるつもり?」
 優香(本人)には、オーロラ姫の考えが分らない。「国民に委ねるって何よお?」
「この車を出て、ばかな事はやめなさいと国民に訴えかけるのです」
「それって、自殺行為じゃない?」
 優香(本人)は、冷ややかな目で優香(王女)をバックミラー越しに眺めた。
「他には、方法が残されていないのです。優香さんには悪いと思っています。申し訳ありませんでした。今まで、ありがとうございました」
「何で、謝るのよ…」
 優香(本人)は、涙声だ。それでも、もうオーロラ姫をとめる事はできない。こうなったら破れかぶれだ。「もうとめないから。好きにやって」と、腹をくくった。
「及ばずながら、私めも」
 星一(召し使い)は、そこまで言ったところで、「俺だって、お前なんかに負けていない。優香とオーロラ姫を守る」という星一(本人)の言葉に遮られた。
 優香(王女)は、無言でロックを解除してドアを開けた。
「いきなり!?」
 優香(本人)は、優香(王女)の突然の行動に驚いた。
「私だって、怖いのです。恐ろしいのです。しかし、他に方策はありません」
 優香(王女)は、自分に言い聞かせるようにもとれる言い方で優香(本人)に呟いてから車を取り囲んでいる男たちに視線を移した。
 星一(本人と召し使い)は、慌てて優香(王女)の降り立った助手席から慌てて出ようとした。
「皆の者。私は、オーロラ姫です」
 優香(王女)は、物怖じせず全員を見回しながら言った。さすがに王女。堂々とした態度から気品のようなものが漂っていた。やっとのことで助手席から顔だけ出した星一(本人)は、初めて見る優香の顔に高貴ささえ感じた。それが本人ではなくオーロラ姫だとしても…。
 謀反人たちに乗っ取られた男たちの中から、どよめきがおきた。どよめきは、困惑する者。隣の男とひそひそ話しを始める男。何かを考えている者。など様々な態度を、男たちにもたらした。星一(本人)は、いけるかもしれない! と、考えを改めた。
 暫くすると男たちの中から、十人ほどの男たちがあちこちでひざまずいた。
「気が付いてくれて、ありがとう」
 優香(王女)は、ひざまずいた男たちに向かって深々と頭を下げた。
「もったいないお言葉」
 ひざまずく男は更に増えた。
「何をしている。もうすぐ王女を亡き者に出来るのだぞ!」
 後ろの男が、他の男たちを怒鳴り散らした。
「あいつが、謀反人のボスですね」
 星一にも分るほど、いや誰でも分かるような言動である。
 ひざまずかず最前列に立って優香(王女)を睨みつけていた男が、いきなり膝をついて優雅にお辞儀をした。
「遅くなって申し訳ありません。ご無事で良かった」
 男は、言ってから深々とお辞儀をした。男は、中年でドカジャン姿で長靴をはいていて漁師のようだ。
 それを合図にしたかのように男たちが乱闘を始めた。あちらこちらで、くしゃみの音が聞こえた。おそらく援軍がくしゃみをさせて、謀反人が乗っ取っている体に入っているのだろう。しかし、何と言う地味~な戦いなのだ。スターウォーズとはかけ離れすぎている。小ささも関係して、返って現実味がない。
 やっとのことで車から出ることが出来た星一(本人と召し使い)は、援軍が間に合ったとほっとしたものの男たちの乱闘を見てどうする事もできなかった。誰が謀反人で誰が援軍か分からない。それにこんな大人数では、手の出しようがない。もっとも、分っていても手助けなどできるはずはない。相手は、屈強な男たちである。黙って見ているしかないのだ。暫くすると、全員が戦いをやめ一斉に優香(王女)の方を向いて片膝をついて一斉に頭を下げた。まるで中世の騎士のような姿に星一は驚いたものの、何故か普通のおっさんや若者の姿におかしくなった。この場にそぐわない。映画やドラマなら、甲冑を着た騎士が一斉に王女に忠誠を誓うようなシチュエーションであるはずだ。
 先ほどオーロラ姫に詫びたドカジャンの男は、「全ての謀反人を拘束しました。もう安心です」と報告して頭を下げた。
「よくやってくれました。礼を言います」
「ごもったいないお言葉」
 ドカジャンの男は、うれし泣きなのか男泣きした。他の男たちも同じように男泣きしている。知らない誰かがこの光景を見たら、いかれているのか、さもなければ何かのロケと思うに違いない。
「で、後の始末は?」
「全員解放して、後は自由にさせてあげなさい」
「始末しなくても良いのですか?」
 ドカジャンの男は、鋭い目で星一(本人)と優香(本人)を睨みつけた。が、「オーロラ姫様ではなく、姫様が入っている下等生物のことです」と、弁解した。
「お黙りなさい。言葉が過ぎますよ!」
 優香(王女)は、烈火のごとく怒った。
「申し訳ございません」
 ドカジャンの男は、畏まって頭を下げた。
 優香(王女)は、すぐに柔和な顔に戻り、「この下等生物たちは、私を助けてくれた恩人。これから御礼をします。先に帰りなさい」と、ドカジャンの男に命令した。
「まだ、下等生物って言ってる…」
 当然、呆れ顔の優香(本人)。百人の男たちは、我に返って驚く事になった。まるで記憶がないのだから仕方はない。「何で痛いんだ?」「やあ、河浦さん。私は、どうしてここにいるんでしょうか?」「さあ? 俺も、記憶がないんだ」そんな会話がそこかしこで交わされた。が、それでも、帰るしかなかった。

5 やっと終わった…。ご褒美、ご褒美「て言うか、ウイルスに何が出来るのよお~?」

「ありがとうございました。お二人のお陰で、謀反人を全員確保できました」
 優香(王女)は、星一(本人)に向かって深々と頭を下げた。
「ご褒美は? って、言っても、いくら進化したとしてもウイルスじゃ…」
「いいじゃないか。目には見えないけれど、他の星の王女を助けたんだ。それでいいじゃないか」
 優香(本人)の不用意な言葉に星一(本人)は、嗜めた。星一(本人)は、充分満足していた。
「そう見くびらないでください。私たちには、あなたたちが一生涯掛かっても得られない宝を与える事ができます」
 優香(王女)は、言ってから笑った。「ジョージあれを」と、ジョージに命じた。
「かしこまりました」
 星一(召し使い)は、恭しく優香(王女)に対してお辞儀をしてからゆっくりと立ち上がると、「星一様。準備はよろしいでしょうか?」と、星一(本人)に向かって尋ねた。
「準備?」
「少し、お時間を頂戴したいのです」
「いいけど」
 星一(本人)は、同意した。が、何をしようとしているのかまったく見当がつかない。
「優香様も…」
「ここまで来たら、最後まで付き合う」
「ありがとうございます」
 星一(召し使い)は、礼を言ってから沈黙した。
「何? この感覚…」
 優香(本人)は、新しい感覚に戸惑った。星一(本人)も新しい感覚に戸惑ったものの天文学の知識が、星一(本人)も知らない知識が勝手に頭の中に入ってきた。「凄い!」星一(本人)は、自分が知らなかったことが自分の知識として定着していく過程を喜びで迎えた。優香(本人)も、天文学の知識が頭の中に勝手に入ってくることに驚いたが、「別に、こんな知識要らないし~」と迷惑顔になった。
「ありがとうございます」
 星一(本人)は、素直に礼を言ったが、優香(本人)は、「別に欲しいとは思わなかったけど、せっかくだから…」と渋々。
「まだお礼は終わっていません」
「え!?」
 星一(本人)は、驚いた。「いえ。これだけで充分です」と、恐縮した。
「私の命だけではなく、ジョージも。いや、我々の国を助けていただいたのです。もう一つお礼をさせてください」
 優香(王女)は、譲らない。
「これ以上変なもの貰っても有難迷惑よ」
 優香(本人)は、嫌がっていた。
「そんなこと言わずに受け取ってください」
「じゃあ、天文学なんかより、宇宙船の設計図とかくれない」
 優香(本人)は、おねだりした。
「できません」
 優香(王女)は、即座に断った。
「何でよ。UFOを大きくして乗れるようになれば…」
 優香(本人)は、不満だった。宇宙船の設計図で特許を取れば莫大なお金が入ってくると考えたのに…。
「私は、科学者や技術者ではないからです」
「そっち?」
 優香(本人)は、がっかりした。
「当然の事です。テクノロジーを操作することはできても、設計などできるはずはないでしょう」
「じゃあ、他にお礼って?」
「あなた方にインプットした天文学の知識を、この星に生かしてもらいたいと考えたのです。これから国立天文台に行って、あなたと星一さんを天文台のトップに会わせて天文学者になってもらいます」
「そんな、おせっかいな」
 優香(本人)は、勝手に自分の人生を変えられることが嫌だった。
 星一には、夢のような出来事である。優香には、夢には違いないが悪夢である。結局二人は、もう一つの御礼を受ける事にした。しかし、どうするかは分るはずもない。国立天文台の台長の体の中に入った召し使いのジョージが、台長の体を乗っ取り二人と会わせることに成功した。台長は、訝ったものの二人の知識の豊富さに驚き、さっそく大学の編入試験を受けられるように手配をしてくれた。帰り際に天文台近くのカフェに入った二人は窓際の席に座って休む事にした。
「ありがとうございます。何とお礼を言っていいか…」
 星一(本人)は、優香(王女)を見てお礼を言ってから頭を下げた。
「だから~。有難迷惑だって言ってるでしょ」
 優香(本人)は、憮然としていた。「星一が、私を守ると約束したから、少しは見直したけど。また厄介な事に巻き込もうとしている」と、横目で星一を睨みつけた。
「そんなことはありません。あなた方は、これからこの星で分らない事を研究できるのです。すばらしいことではありませんか。もちろん、私たちの知識がなければ、できることではありませんが」
 優香(王女)は、自分たちの知識を自慢する事も忘れてはいなかった。
「仕方ない。天文学者になったら、有名になったら、給料増える?」
 優香(本人)は、あくまで現実的だ。
「今の君の給料より、多くなる事だけは確かだ」
「じゃあ。我慢する」
 星一(本人)の言葉に、優香(本人)は渋々納得した。
「私たちは、これで帰ります。宇宙旅行をしている場合ではありません。国に帰って、今以上に国を良くするよう努めます」
「お別れなんですね」と、星一(本人)。
「はい」頷く優香(王女)。
「ジョージさんも一緒に帰るんですよね」
「はい。お二人とも、お達者で」
 星一(本人)と優香(本人)は、頭の中でオーロラ姫とジョージの姿を見た。オーロラ姫とジョージは、葉巻型の体の何百倍もあるような大きなUFOに乗り込むところだった。丸い体に二つの突起物が現れ、左右に揺れだした。手を振っているのかもしれない。
「こんな大きなUFOが、私の体の中に入っていたの!?」
 優香は、驚いた。
「一ミリ以下の大きさだ。安心しろ」
 それを最後に姿は脳から消え、二人は大きなくしゃみをした。

6 エピローグ「短編小説なのに、何でエピローグがあるのよお~?」

 星一と優香の二人は、大学の三年に編入され天文学を勉強することになった。
「何でいまさら、勉強しなきゃならないのよ!? しかもこんな低次元のレベルよ」
 オーロラ姫から知識をインプットされている優香は、物足りないのだ。
「怪しまれないために、必要なんだ」
 天文学者になるためには、ちゃんと勉強した証がなければ不可能に思えた。それに、いきなり一流学者以上の知識を持っていることが分れば、面倒になる事も考えられたからだ。
「別に、天文学者になる積もりないんだけど…」
 優香は、乗り気ではなかった。しかし、天文オタクの星一は。優香のインプットされた知識を惜しいと思って何とか天文学者にしたかった。召し使いの知識をインプットされた自分より王女の知識をインプットされた優香の方が知識は豊富のはずであった。が、やる気がない。まったく興味を示さないのだ。その結果として、星一は主席で優香は次席で卒業した。
 二人は、講師になったことをきっかけにして結婚した。
「当然よね。だって知識が勝手に頭の中に入ってきたんだもの…」
 優香は電波望遠鏡を操作しながら、有難迷惑だと言いたげな様子。
「君は、自分の置かれている立場が理解できていない」
 星一は、呆れた。
「天文学者ったって、思ったほど給料多くないし~。何でこんなど田舎で仕事しなきゃ駄目なの?」
 一応、東京なのだが国立は、優香にとっては田舎なのだろう。
「それでも、OLしていたときより給料多いじゃないか」
「それは、そうだけど…」
「この前ハワイにも、行ったろ」
 星一は、新しい天体を発見するために口実をつけて行ったハワイ旅行―もっとも、あくまで研修―のことを言った。
「ハワイって、ハワイ島よ。それに、観測しかしてないし~。新しい天体を発見するため、昼夜逆転してつまらなかった。ハワイ行った意味ないじゃん」
「新しい天体を発見したら、名前が付けられるんだぞ」
「それが何よ!?」
 まったく興味を示さない優香。
「名誉なことじゃないか…」 
 星一は、優香の不満げな顔を見て話が尻つぼみになった。
「何で、星を眺めなきゃならないのよ~」
「せっかく教えてくれたんだ。勿体ないだろう」
「そうだけど、もともと星なんか興味ないし~」
「このあたりに、未発見の天体があるんだ」
 星一は、ディスプレイに映されている星の一点を指さした。そこには、星は映ってはいない。
「この辺りにあるのは確実だ。発見したら凄いことになるぞ!」
「何か、宇宙人の受け売りみたいだけど…」
 優香は、複雑な顔になった。「新しい星見つけたって、私の給料増えるわけじゃないし~」と、あまり乗り気ではない。
「そんな事ない。ノーベル賞だってもらえるかも知れない」
「やる。頑張って発見して、ノーベル賞貰う」
 優香は、星一のひと言で俄然とやる気になった。


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