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ブービートラップ 12.自殺か殺人か?

解説

 第26回小説すばる新人賞に応募した作品です。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

目次

プロローグ に戻る
1.鉄槌
2.ハッカー
3.マスコミ

4.サイバー犯罪対策課
5.藤田美奈子/6.中野洋介/7.野村鈴香
8.ジレンマ/9.報道
10.沈黙

11.予期せぬ出来事 に戻る
12.自殺か殺人か?(このページ)
13.死せる孔明/14.巨悪 次の章
15.贖罪/16.様々な想い
エピローグ

12.自殺か殺人か?

  野村鈴香は、下校の途中マンションのエントランスで猪狩と宮下に会った。
 鈴香が無言で会釈すると、猪狩は、「今お帰りですか?」と、声をかけた。が、鈴香が無事な姿を見て自分の心配は杞憂であったと胸をなでおろした。テレビの過剰な報道で野村鈴香の名前は出さなかったものの、鈴香のマンションが特定できるような映像を流したテレビ局があったので心配になり下校時を見計らい確認しに来たところだった。
「はい」
「昨日は大変でしたね」
 猪狩は、少し大げさに首をすくめてみせた。
「テレビを、ご覧になったんですか?」
 鈴香は、複雑な顔になって、「顔は映さない約束で、仕方なしに答えました」と、辟易した顔になった。
「その件で、少しお話を聞かせていただけませんか?」
 猪狩は、尋ねた。が、新しいことが聞けるとは思われなかった。鈴香を心配して訪れたとは言えなかったからだ。
「いいですよ」
 鈴香は快諾して、先頭に立って廊下を歩き始めた。

  二人の捜査一課の刑事も、のこのこと猪狩たちの後を付けるような恰好でマンションから少し離れたところでこちらを窺っていた。
 宮下は、ここまで来る途中で素直じゃないと眉をひそめていた。それは昨日に宮下が、見つけたワイドショーの報道だった。猪狩は、早速松木に伝えたが松木の対応は慎重なものだった。いや、そっけないと言ったほうが、当たっていたかもしれない。「こっちも、色々と忙しい。犯罪になるかならないか分からない事に、人員を割く余裕はない」という、刑事としては至極当然の内容だった。が、今まで後手後手になってどれだけ犯罪を生み出してきたか、守れる命を守れなかったか考えるとゾッとした。
 今日野村鈴香の所に来る途中に、一課の刑事二人が後ろを歩いていることに気がついた。それは、まるで猪狩たちの後をつけているように見受けられた。宮下は、「確認しましょうか?」と、猪狩に聞いてきたが、猪狩には彼らの立場が分かっていた。日本の府省つまり官僚と同じで、ご多分に漏れず縦割りの警察にあって共同捜査が公になっていない以上彼らも表だって活動できないのだろう。

 川田の死が、まだ殺人と決まったわけではない。そんな時に、猪狩からもたらされた情報を彼らなりに考えた結果なのだろう。宮下には、「我々は、まともな合同捜査をしているわけじゃない。彼らの立場も考えてやれ」と言っておいた。
「そうですね」
 宮下は、言葉では納得したものの心の底では下らない建て前に辟易していたのだろう。「こんなんじゃ、いつまで経っても、警察の信頼は回復しませんね」と言って、ため息をついた。
 宮下の言ったとおりだと猪狩も思った。が、「今我々にできる最善の方法は、野村鈴香を危険から守ることしかない。それが杞憂であってもだ。彼らが助っ人に来てくれたと思って、彼らの好きにさせとけ」と、宮下に告げた。彼らにしても、万が一のことを考えた結果なのだろう。と、思うことにした。
 一課の刑事たちは、猪狩たちの立場を尊重しているようでもあるが何かあった場合に非常階段から犯人が逃げることを考えてか、非常階段の近くでしかも野村鈴香の部屋が見通せるところにいた。
 猪狩は、セオリー通りの二人の刑事に呆れたが、彼らも何かが起きる可能性があると考えているのだろう。

  鈴香は、いつものように無人の自宅の前まで来て、「ただいま」と、声をかけてからドアの鍵穴に鍵を差し込んで、「あれっ?」と、ドアに鍵がかかっていないことに気が付いた。またやったな! 鈴香は、幾つになってもどこか天然が抜けない母親がカギをかけ忘れて仕事に出たと思ってそのままドアを開けた。その時、玄関から誰かの腕が伸びて鈴香の腕を掴んだ。
 鈴香は、咄嗟のことに声を上げる時間もなく、「静かにしろ!」という男の小声だが野太い声とともに無理やり部屋の中に引っ張られる格好になった。が、ドアの陰から二人の男がいることに気が付くと男は、何のためらいもなく鈴香を二人にぶつけるように押してから非常階段の方に逃げ出した。
 鈴香の体を支える形になった二人は、簡単に尻餅をついてしまった。
 おかげで鈴香は、怪我ひとつなく無事だった。
 猪狩たちは、立ち上がって服についた埃を払いながら鈴香に手を貸した。
 我に返った鈴香は、二人の刑事に向かって礼を言う前に、「早く犯人を捕まえて!」と、大声を出した。
「我々の出る幕はなさそうです」
 宮下は、言ってから複雑な顔で廊下から下を見た。そこには、二人の刑事に取り押さえられている犯人の姿があった。

「そのようだな」
 猪狩も、同じ光景を複雑な顔で眺めた。あの二人も、俺たちと同じ考えだったのだろうか?
 鈴香は、二人の刑事に取り押さえられている犯人を見てから、「じゃあ~」と言って猪狩に向き直った。自分が何者かに狙われているから、猪狩たちが身辺警護に現れたと思った。
「いえ。単なる偶然です。ワイドショーで、このマンションが特定できそうな映像を見たので念のためにと思いまして…」
 猪狩は、鈴香の想いを察して言い訳のような口ぶりになったが、思わぬ展開にむしろ驚いていた。本当に、大事にならずに済んだと胸をなでおろした。

 もし我々が到着するのが少しでも遅れたら、事態は思わぬ方向に向かっていたことだろう。鈴香は拉致され、遅れてきた我々は犯人と対峙することになっただろう。そうなれば、周囲の住民を巻き込んで籠城事件に発展したことだろう。二人の刑事が来ていなかったら、犯人を易々と逃がす結果になり捜査に時間がかかっただろう。
 鈴香が犯人にどこかへ連れ去られた場合は、最悪の結果になったかもしれない。それを思うと、間に合って良かったと思った。一旦事件になれば、多くの捜査員を動員しなければならない。被害者に至っては、死の危険が伴う。我々の行動の結果で、犯罪を未然に防げた効果は大きいと改めて思い知らされた。
 隣にいる宮下にしても、その時のことを一瞬思ったに違いない。鈴香が、何か知っているというのか? 何か証拠のようなものを、知らずに持っているということなのだろうか? それとも、犯人が何かを知っていると思い込んでの犯行なのだろうか? という疑問が湧いてきた。「犯人は、あなたが何かの証拠を持っていると判断したのかも知れません」と、探る眼を鈴香に向けてきた。

「そんな…」
 鈴香は、困惑した。「私はそんなもの持っていません」と、困惑した顔のままで答えた。
「では、彩乃さんから何か預かっていませんか?」
 猪狩は、別な言い方で尋ねた。知らないうちに預かった何かに、証拠が隠されているということはあり得る。鈴香が知らないだけなのかもしれない。
「預かっているのは、ブログの文章だけです」鈴香はそこまで言ったところで、カバンの中に入れてある物のことに気が付いて何かを考える顔になった。
「何か心当たりでも?」
 猪狩は、鈴香の顔が変わったことを見逃さなかった。
「預かっていて、私の知らないことといったら…」
 鈴香は、今自分が一番大切にしている物に思い当たった。鈴香は、「彩乃ごめん」と、今は亡き親友に小声で謝ってから、カバンの中から『野村鈴香様 薬害法案が成立したときのブログの更新』の封筒を出して猪狩に手渡した。
 猪狩は、封筒に丁寧に書かれた文字を読んで、「これは?」と鈴香に尋ねた。この中に何かの証拠が隠されているのだろうか?
「文面の通りです。薬害法案が可決した時にアップする内容が書かれた文章が入っています」
 訝る猪狩に鈴香は、もし何かの手掛かりがあるとするなら、自分がまだ見ていないこのブログの中にあるような気がした。そんな気持ちが封筒を猪狩に渡す行為となった。
「すいません。こんな所で…」
 鈴香は、玄関先にまだいることに初めて気が付いた。「どうぞ」と言って猪狩たちを部屋の中に招き入れた。
 鈴香は、玄関を入ってもう一度驚くことになった。廊下には、鈴香の部屋にあった服が無造作に置かれていた。さっきの犯人が、投げ捨てたに違いない。リビングのドアは、半分開かれておりリビングの中も荒らされているようだった。

  リビングは鑑識課が、我が物顔で写真を撮ったり証拠を探していた。連絡を受けて戻って来た両親は、自宅のありさまにただ茫然と突っ立って鑑識の仕事を眺めていた。
 猪狩と宮下は、鑑識の作業が終わったソファーに小さくなってテーブルを挿んで鈴香と対峙していた。
 生活安全課の刑事が、両親に事情聴取を始めた。一人の刑事は、鈴香のもとに来て、「後で、事情を聞かせてください」と、控えめに言った。
「はい」
 鈴香は同意すると、猪狩と宮下に向き直って、「他に、私が知らないことはありません。彩乃と見ないという約束だったので、今まで見てはいませんでした」と言って、彩乃の封筒を眺めた。
「そんな約束をしていたんですか」
「はい。彩乃が関係ないものまで見られるのが、辛いと思い今まで見ませんでした。私の宝物と言っていいでしょう」
 猪狩は、鈴香の気持ちが分かるようだった。「中のブログを拝見していいんですね」と、念を押した。鈴香は、無言で頷いた。
 封筒の中には、彩乃の手書きの文章と、一枚の写真が入っていた。
 中野さん? 鈴香は、彩乃と中野が仲良く写っている写真を手に取った。中野さんが、亡くなったと猪狩から聞かされていた鈴香は、複雑な気持ちで二人の写った写真を見た。写真の中の二人は、幸せそうに笑っていた。
 鈴香は、彩乃のブログを読みはじめた猪狩を注視した。

 

薬害法案が成立したときの、彩乃の最後のブログの内容

 『薬害法案は、可決されました。私にとってこんなサプライズはありません。今の政治家って、自分のことしか考えていないと思っていたからです。私と同じ苦しみを味わっている多くの方が救われるかと思うと、飛び上がって喜びたい気分です。が、それもできなくなっているんですね。
 後は、すべての被害者が救済されるよう願うだけです。薬害の基準というハードルで選別されないように願うだけです。
 ところで、薬害法案が廃案になったときは、ある人とささやかな復讐を考えていました。
 ある人に言わせると、ブービートラップを仕掛けるということです。私もある人も、薬害法案を見届けることができません。そこで、法案が廃案になった時のことを考えて、ブービートラップを仕掛けることにしました。廃案のブログをアップしたことを確かめたところで、ブービートラップが自動的にプログラムを起動するということです。私の親友には申し訳ないと思っていますが、私たちには時間が残されていません。私の親友に心より謝るしかありません。しかし、そんなことにならなくって本当に良かった。
 親友のブログアップで法案が廃案になったら、いや廃案ではなくとも経過審議などで、成立しなかったとプログラムが判断したときは、首相の事務所と厚生労働省それに薬害を取りざたされている製薬会社をハッキングすることにしました。が、これで犯罪を犯すこともなくなりました。私はもとより、ハッキングを考えたある人の名誉も保たれます。
 本当に良かった。と、胸をなでおろしています。
 薬害法案を見届けたところで、私のブログを終わりにしたいと思います。今までこのブログをご覧くださった皆さん。ありがとうございます。様々な激励や思いやりに満ちた書き込みに、どれだけ勇気づけられたことか。最後に、改めて感謝いたします。ありがとうございました』

  猪狩はブログを読み終わると、「これで、中野さんが犯人の可能性が出てきました」と驚きを隠せない複雑な顔で、ブログの書かれた紙を鈴香に手渡した。鈴香は、自分の漠然とした考えが当たっていたことに驚きを感じた。中野がハッキングを行ったとなると、川田はなぜ殺されなければならなかったのか? という疑問が湧いてきた。
 鈴香は、ブログを読んではっとした。やはりブログアップが、ハッキングに繋がったんだと初めて理解できた。ということは、この前死んだ人は犯人ではないということになる。
 猪狩は、鈴香が驚いていることに気が付くと、「彩乃さんは、薬害法案が成立した時に笑い話のつもりで書いたのかも知れません。いや、犯罪を犯すかもしれなかった。と、贖罪の気持ちもあったのかも知れません。いずれにしても、薬害法案が廃案になった時にあなたに見てもらいたくなかったのでしょう」と、彩乃の気持ちを代弁するような言い方で鈴香の負担を軽くしようとした。
「そうですよね。そうなるとこの前死んだ人は、犯人ではないということになりますね。でも私が、もっと前にこのブログを読んでいたらと思うと…」
 鈴香は、声を詰まらせた。このブログを読んでいたら…。もっと前に、猪狩に手渡していたら…。川田という人物は死なずに済んだ、と思うと責任を痛感した。

「あなたの、責任ではありません。単なる殺人ではないでしょう。事件の裏には、何か別の理由があるはずです」
 猪狩は、鈴香をおもんばかった。犯人は、そんなものが存在しているとは思っていなかったのだろう。ただ、彩乃の親友だった鈴香が、何か知っていると考えて凶行に及んだのだろう。
「そう、思われますか?」
 鈴香は、猪狩の言葉に救われた想いだった。
「どうぞ」
 鈴香の母は、コーヒーの入ったカップをテーブルに置くと、「薬害だか何だか知らないけど、関係ない私たちを巻き込むなんて迷惑な話よね」と、犯人に荒らされて散らかり放題の部屋を見回しながら言った。
「関係ないとはどういうこと?」
 鈴香は、母親に鋭い目を向けた。
「だって、ハッキングが起きなければこんな騒動にはならなかった。あなたは、殺されたかもしれないのよ」
 母も負けてはいなかった。猪狩と宮下は、『殺されたかもしれないのよ』という母の言葉にドキリとした。改めて、後悔しないで済んだとほっとした。我々は、事件が起きてから捜査に乗り出すことが往々にしてある。今回は半信半疑ながら最悪のことを考えて鈴香に会いに来ることにした。その結果が、吉と出ただけかも知れない。無駄なことでも、日ごろから最悪のことを考えて行動することの重要性を思い知らされた。

「そんな…」
 鈴香は、一瞬驚いた顔になり、「関係ないとは言わせない!」と、厳しい顔になった。
 母は鈴香をちらっと見たが、何も言えないで目を泳がせるだけだった。
「私だって、薬害の被害者になった可能性だってあるじゃない。彩乃のお父さんは、癌で亡くなった。だから、彩乃のお母さんは私より先に彩乃にワクチンを接種させたの。それが、こんなことになるなんて…」
 鈴香は、言ってからうな垂れた。
「そうね。言いすぎたようね。ごめんなさい」
 母は、素直に謝ってから、「あなたが彩乃さんみたいになったら、お母さんだって同じことをしたかも…」と、他人事ではないことを始めて悟った。
「この部屋を荒らした犯人は、逮捕しました。ハッキングの犯人も、おそらく中野という人物でしょう。もう少しで事件は、解決できるでしょう」
 猪狩は、二人に向かって言った。気休めではない。事件の、背景にたどり着くまでにはまだ時間がかかるかもしれない。もうこの家族には、迷惑はかからないという自信はあった。それから猪狩は鈴香に向かって、「このブログを預かってよろしいですか?」と、尋ねた。

「証拠ですか?」
「はい」
「どうぞ」
 鈴香は、彩乃のブログを手渡した。
「とりあえず、コピーは取ってお返しします」
 猪狩は、ハンカチでブログを包むように受け取りながら言った。自分の指紋もしっかりとついていたが、これ以上指紋を付けない配慮だった。
「もう片付けていいそうだ」
 鈴香の父は、そう言いながらリビングに入ってきた。気が付けば鑑識の姿はなかった。「鈴香。この封筒はなんだね」と、彩乃から預かった、『野村鈴香様 薬害法案が廃案ではなくても成立しなかったときのブログの更新』の封筒をテーブルに置いて尋ねた。
 封筒は、無造作に破かれてくしゃくしゃになっていた。
「中は? 中身はどこ!?」
 鈴香は、咄嗟に尋ねた。
「さあ? 便箋のようなものが散らかっているからその中にあるのかも知れない」
 父は、鈴香の剣幕に驚いたのか困惑した顔になった。
「すいません。探してきます」
 鈴香は、言ってからすぐに立ち上がって早足で自分の部屋に向かった。

 父は、鈴香がリビングを出ていくのを確かめてから、「もういいでしょうか?」と、猪狩に尋ねた。その顔は、娘を思いやる親の顔だった。猪狩たちが、邪魔だと言いたいのだろう。
「はい。私たちは、そろそろおいとまします」
 猪狩は、宮下に目配せをして立ち上がった。
 鈴香の父は、ほっとしたようだ。「で、お役にたてたでしょうか?」と、立ち上がった二人に尋ねた。
「はい。御嬢さんを、危険な目にあわせて申し訳ありません。しかし、これで捜査は進展するでしょう」
「そうですか…。娘も、あなた方のおかげで無事でしたし。お役にたてたのなら、これぐらいのことで済んでよかったのかも知れません」
 鈴香の父は、嬉しそうな顔になった。
「あなた。そんなこと言ったら、鈴香が図に乗るでしょ」
 鈴香の母は、軽口をたたいた主人をいなした。

「刑事さん」
 鈴香は、封筒の中身をかき集めてきたのか無造作に破られた紙を持って戻って来た。
 猪狩たちの前に来ると、「捜査の役に立ちますか?」と言って、破られた紙を猪狩の前に差し出した。
 猪狩は、破られた紙を受け取ると一瞥して、「犯人は、この中身を見てイラついたのでしょう。それで、証拠をあなたが持っているかも知れないと、あなたの帰りを待ち構えていたのかも知れません。捜査の役に立つかどうかは別にして、あなたの親友の大事なものですからもとに復元してお返しします」と言って笑った。

  鈴香は、猪狩の配慮に感謝して、「ありがとうございます」と礼を言ってから笑った。
「一応捜査は終わりました」
 生活安全課の、二人の刑事のうちの年かさの刑事が猪狩に声をかけた。きっと、上司か先輩なのだろう。と、猪狩は漠然と考えた。
「そうですか。ご苦労様でした」
「我々は、帰りますがあなた方は?」
 刑事は、もう一人の刑事を一瞥してから尋ねた。
「我々も帰ります」
 猪狩は答えた。
「なら、お送りします。色々と聞きたいこともありますし」
 刑事は、これが単なる空き巣ではないと直感したのだろう。鈴香たちが、いることに配慮した言い方をした。

 その時チャイムが鳴って、「鈴香いる?」と、長谷部みゆきの声が聞こえた。鍵のかかっていない、ドアを勝手に開けたのだろう。いつもの陽気な声ではなく、少し声が震えていた。
「今行く」
 鈴香は、猪狩たちにぺコンと頭を下げると玄関に向かった。
「我々は、これで失礼します」
 猪狩たちは、鈴香の両親に挨拶をして玄関に向かった。生活安全課の刑事も、猪狩たちに従う格好で玄関に向かった。
「刑事さん?」
 みゆきは、四人のスーツ姿の男性を見つけて好奇の目で見つめた。
「そうよ」
 鈴香が答えるとみゆきは、四人の刑事に向かって、「申し訳ありませんでした」と、頭を下げた。みゆきも下校途中なのか、制服姿だった。

「どういうことです?」
 生活安全課の年かさの刑事が、呆気にとられながらも事件に何か関係あるのかと一応尋ねることにした。
「チクッタの私なんです」
「チクッタって?」
 鈴香は、呆気にとられた。
「テレビ局の人から電話があって、彩乃の親友でブログに関係している人物を知らないかと聞かれたんです」
 みゆきは、そこまで言って少し躊躇した後に、「帰りに、鈴香のマンションの前を通ったら、パトカーが停っていて…。鈴香の家から、警察の人が出てくるとこ見たんです。それで慌てて来たんです。こんな事になるなんて…」と、声を落とした。
 生活安全課の年かさの刑事は、何だというような顔になった。興味は失せてしまった。
 猪狩は、おやと思った。テレビ局は、どうしてこの少女の存在を知ったのだろうか? という疑問が頭をよぎった。「どこのテレビ局です?」と、思わず尋ねた。

「え?」
 何で今更? と、思ったがみゆきは、テレビ局の名前を伝えた。
「電話があったのは、いつのことですか?」
「二日前です」
「テレビ局の人は、男性ですか?」
「はい」
 猪狩の質問に、みゆきは頷いた。
「その人の声は、覚えていますか?」
「え?」
 みゆきは、一瞬戸惑った顔になりながらもその時のことを思い出して、「もう一度聞けば分かるとは思いますが…」と、答えた。
「なら、ご協力願えますか?」
 猪狩は、尋ねた。
 生活安全課の年かさの刑事は、その時ハッとした。まさか、さっき逮捕された犯人が電話をかけたというのだろうか? なら、何故テレビ局が取材に訪れたのだろうか? という疑問が頭をよぎった。

「はい。鈴香のかたきを取るためなら協力します」
 みゆきは、嬉しそうな顔になった。

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